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20250825 テーマ:花火
1)
打ち上がり儚く散って夏花火 大輪咲いて恋は実らず
浮かぶ雲流れ流され西の空 上るハナビに隠れる火照り
星の間に瞬く花火彼岸花 もういない彼思い涙す
橙の火花弾けて夜灯り 暗くて怖いと肩を寄せる
繋ぐ火を右へ左へ渡し舟 一番右のあの子へ届け
強く咲き儚く消えて月の花 照れ臭そうに俯く視線
透き通る川の冷や水せらせらと 浮かぶ花首くるくる廻る
夜になり遠くで響く花火の音 思う雑踏祭の囃子
とんとんと過ぎる季節に陰鬱に ああ無常と嘆く呻くか
火をつけて消えるものだと知ってなお 何度も灯す花火の光
2)
空気が籠っている気がして、すこし窓を開けてみた。すると、どこか遠くの方で、ドンッやらパンッやらの音が鳴っているのに気が付いた。どこかで花火でもやっているのだろうか、窓から見える景色を右から左へと見渡してみる。ふと、山向こうが光った気がした。ささやかだが、どうやら山向こう町では花火大会があっているらしい。八月も終わり、まるで夏の葬式でもあるように、人々が夏を惜しんでいる。あれほど、暑いなど、虫などと騒いでいたのに、さあ終わるぞと言ったら、まだ行かないでと、女々しく縋りついている。なんて自己中心的で身勝手なのだろうか。自宅は町から少し離れた場所にあるので、夜にもなると虫や蛙の鳴き声であたりは五月蠅くなる。こうして、窓を開けると一気に部屋中に音がなだれ込んでくる。もういいか、と窓を閉め、ソファへ腰かける。ハの字に置かれた読みかけの小説を手に取り、また読み始める。パラパラとページが捲れていく、内容はよくある青春系のものだ。SNSで紹介されていたので読んでみたが、まぁ聞いたことあるような内容である。つい、大きなあくびが出てしまった。もういいか、と本を閉じて適当に放りやる。ごろんと、唸りながらソファで寝転がる。どうにも、気が落ち着かない、体調が悪いのか、なんなのかも分からず、ここ最近は時折こうしてただ唸って何もしていない時がある。理由さえ分かれば多少はましになるのだろうが、どうにも之と言った理由が思い浮かばない。まだ顔も髪も寝起きのまんまなので、一旦顔を洗いに洗面所まで行く。鏡の中には陰鬱とした、幸の薄そうな顔がこちらを睨みつけていた。誰だこいつは、と思ったが自分か、とまだ冷え切らない水道の水でばしゃばしゃと顔を洗う。適当に乾燥が終わってままに置いてあるタオルをとり、顔を拭く。先程よりは0,001%程はましになっただろう。以前宿泊したホテルのアメニティーであった櫛で髪を梳かし、軽く整える。まぁ、外に出てもいいくらいにはなったか、下はスウェットのズボン、上は友人から貰ったふざけた柄のシャツだが、煙草がきれていたので、空腹ついでにコンビニに行くことにした。着替え、いいかと少し欠けているスリッパへ足を入れ、家を出る。コンビニまでは15分ほど歩くが、まぁ散歩だと思えばちょうどいいくらいの距離だろう。この時期は夜になると涼しくは無いが、暑さはなくなるのでまだましだ。あのしつこい湿度もましになっているので、夜歩きには丁度良いくらいだろう。道の両端からは夏虫や蛙の鳴き声が聞こえてくる。時折、道路を走る車やバイクの音も混ざって夏の終わりを演出している。そういえば、と課題が出ていたことを思い出す。嫌なことを思い出したと、つい眉間の皺が寄ってしまう。いかんいかんと指で皺をほぐす。目が悪い上に、光に弱い、偏頭痛持ちで、短気、そんな自分の眉間にはいつも皺が寄っている。この前友人から、眉間の皺を指摘されてから、どうも気になってしまっている。以前まではどの隅にも居なかった皺がさも最初からありましたと言わんばかりに、思考の中に居座っている。あぁ、うざったい。あぁあぁ、本当にうざったい。気が付けば、進む足の音が強くなっていた。自分は何に対してこうも苛立ちを覚えているのか、これからコンビニへ行くような気分では無い気がする。少し遠回りでもしよう、その頃にはもう少し晴れやかになっているだろう。丁度、廃れた公園があった。少子化の進んだこの田舎では、子供も遊びに来るには不便だろう、駐車場もない中途半端な公園がある。遊具もブランコと砂場くらいしかない、質素な公園だ。ブランコも吊り部が錆、きいきいと耳障りな音を立てる。砂場にも長細い、枯れているのかどうかも分からない雑草が生えている。砂場には砂以外にも色々と混ざっている。干からびたプラスチックのスコップに、本来の用途を得ないバケツ、どこにあったか孤立したネジ、雨風にさらされた青年誌やら、色んなモノが砂場に溶けていた。それをブランコを軋ませながら眺める。あれらはいつからそこにいるのだろうか、持ち主に忘れ去られ、また別の新しい物で埋められたその隙間は、なんて悲しい気持ちになってくる。きっと、このブランコの軋む、きいきいとした音のせいもあるだろう。気分をあげようと遠回りをしてみたが、結局は気分は上がらず、さらに落ちるような結果になってしまった。もういいかと、公園を後にする。ここからコンビニまでは10分程かかる。先程よりは虫の声も耳障りには聞こえなくなった。ざりざりとアスファルトの上に乗った砂利が音を出す。ただただ無心で足を前に進める。周りから聞こえる音だけに集中して、脳みそを空っぽにする。肌をつつむ暖かさを時折過ぎ去る風が涼しくしてくれる。ふっと、身体が軽くなったのを感じた。あぁ、なんだったのだろな本当に、進む足もいくらか軽く感じる。ぴょこんと、自分の歩く先に小さい蛙が飛び出してきた。危うく踏みそうになり、身体が揺れる。こっちの気を知ってか知らずか、ケロケロと軽やかな鳴き声を響かせ、道を横切って見えなくなってしまった。鳴き声の主を見て、なぜか笑えて来て、ふっと山を見ると山を超えるほどの花火が打ちあがっていた。それで最後だったようで、山の間に花火の音がこだましている。まるで山が生きているように感じた。どうだろうか、自然は生きてるというし、実際には山も生き物なのかもしれない。つい、笑いが声に乗ってしまった。周りに人がいないか確認して安心した。こんなひとりで笑っているところを見られては変な人だと思われてしまうかも、最悪変質者として通報されるかもしれない。なんとも言えない世の中になったものだ。少し先に、煌々と輝いているコンビニが見えてきた。遠目から見ても存在が分かるのはこの田舎ではありがたい。いつもの入店音のあと、身体に冷たい風がまとわりつく。すこししっとりとした冷気を纏いながら店内をうろうろとする。空腹なのを思い出して、手軽に食べられそうなパンのコーナーへ行く、これは良いものだ。と黒糖味の蒸しパンを手に取る。ずっしりとした重みがとても好ましい。お腹にも溜まりそうだ。グッドチョイス。そうすると喉が乾くわけだが、飲み物コーナーへと足を運ぶ。左から右へと見ていく、2周ほどして少し砂糖が入った紅茶を選んだ。蒸しパンに合いそうだ、自分のチョイスに拍手をしてみる。心の中で、だが。もう少し何かほしいな、とまた店内をぶらぶらとしてみる。うんうん、と上から下へと流れるように見てみる。グミが丁度いいかもしれない、味も何種類か入ってる物がいいな、自分は割と飽き性なもので、一種類だけをずっと食べる、まぁ他の事もだが、一つのものだけを追いかけるのは飽きてしまうのだ。結局、四種類ほど味が入ってるグミを選んだ。すでに開けて食べたい。と思っている。支払いを済ませて、コンビニを後にする。左手にずっしりとした重みがある。ただ、ここまで来るときほどのだるさは感じなくなってる。やはり散歩というのは良いものだ。うんうん、と静かに頷く。空を見上げると月がぽかんと浮き上がっていた。雲は一つもなく、月までの距離感がわからない。なんなら手に届きそうだと勘違いしそうだ。部屋に戻り、紅茶を飲んで乾いた喉を潤してみる。グミをいくつか口に放り込み、咀嚼する。放っていた本を手に取り、ソファへ腰を下ろす。そうだな、一旦最後まで読んでみる事にしよう。
3)
https://scrapbox.io/files/68b002c00fc661e343b4f3e8.png
20250818 テーマ:お盆
1)
夏休み家族と向かう墓参り 焼ける石見てビビンバ思う
スーパーに並ぶスイカが美味しそう 滴るうま味冷える体内
どこまでか誰が一番飛ばせたか スイカの種に寂しさがある
夏休みお盆の時期に集まって あの夜見たの祖父の思い出
スピーカー流れるラジオ虫の音と ゴロンと布団で目を瞑る日
なにもせずただただ過ごすお盆の日 耳を澄ますと聴こえる音ら
ヒグラシの鳴き声聴こえ耳澄ます 夏の終わりか気持ちざわめく
お盆の日特に何かをするとなく ただただ畳満喫してた
画面越し海を眺めて息漏れる ああ今年から一人のお盆
気付いたら誰も家から居なくなり 動画を見ては時間流れる
2)
たしか、記憶に残ってる中で一番昔のお盆の記憶は小学生の時だ。その日、墓参りをするために両親と妹とで母の実家である祖父母の家に泊まりに行った時だ。その時の僕は我儘放題で、妹とも絶えずケンカをしていた。そんな僕は、祖父母の家に着いた瞬間に、持ってきたリュックを引っ掴んで、冒険に出かけた。両親にはバレない様に、そっと車の影から家の外へ出た。家の周りは田んぼや畑ばかりで、隣家でさえ遠くに見える程度だ。あぜ道には赤い花がいっぱい咲いている。まるで自分専用のレッドカーペットみたいだ、とカッコつけて歩いてみたりした。これは中々に上々であると、さて次の道を曲がってみようと十字路の中心に立ち、来た道を背にして、左と右の道を見てみる。左の道は、バス停と年寄り2人、右の道は山へと続いている。うん、右の道にしよう。もし、左の道へ言ったとき声をかけられたらなんて答えたらいいのかわからないし、ぐんと右へと身体を向けて前進する。道は生えた木々によって、どんどんと暗くなっていく。それに伴い、鼓動は早く打ち、進む速さも早くなっていく。コンクリートで舗装された道に、まるでここから先はアブナイぞと言わんばかりに自分の身の丈ほどの枝が道を塞いでいた。ごくり、と生唾を飲み込み、跨ぎ、超えていく。前を見ると森の中に続く道は、奥に行くほど、暗く、闇の様であった。つい、きょろきょろとあたりを見渡してみる。続く道は、まだコンクリートで作られている。足元が固くしっかりとしていたおかげか、気持ちはまだ萎えずに済んでいた。大きく深呼吸をして、リュックの肩ひもを強く握り、前へと足を進めて行く。森の中は、思ったよりも騒がしかった。虫や鳥、木々のざわめく音が聞こえる。暗いだろうと思った道は、生える木の間から木漏れ日が差し、暖かであった。思ったよりも明るい印象で、安堵しつつ、なにかないかと周りを見回す。道の少し先に手頃の棒が落ちていた。拾ってみるが、まるで自分用に作られたようなフィット感だ。ぶん、ぶん、と振りながら前へと進む。それから少し進んだ所で、開けた場所があった。石で綺麗に丸く整えられた場所の中央には、自分の背程の石が立てられていた。なんだろうと近づいてみる。その石にはどうやら文字が書いてあるようだ。読もうと思ったけど、漢字が難しくて読めない。唯一読めたのは、”神”という字だけだ。きっと何か神様を祀っているのだろう。冒険が楽しくなりますように、とリュックに入ってたお菓子を一つとってお供えした。さて、これでもう安心だ。とまた道へと戻りさらに森の奥へ入って行く。コンクリートで舗装されていた道は、徐々に砂利やら土やらが混ざり、とうとう土だけになってしまった。ただ、日頃から誰か通っているのか、踏み固められた道がまだ続いていた。まだお宝となるモノを何もゲットしていない、何かないかと探しつつも前へ進む。ふと、大きな木が目の前に現れた。大人が何人も手を繋いでやっと囲めるほどの大きい木だ。ついつい、すげーと声が漏れる。ぐるぐると木の周りを回ってみる。すると、木に開いた穴の奥にキラッと光る何かを見つけた。恐る恐る手を伸ばしてみるけれど、どうにも届かない。そういえば、と先程拾った棒でどうにか手繰り寄せる。何分か奮闘して漸くとれたのは、綺麗な石だった。まるで宝石と石が合体したみたいなそれは、今までに見たことない程に綺麗だった。木の隙間から漏れる日にかざしてみる。少し緑がかった透明の部分が太陽の日を受けてキラキラと輝いている。これはいい宝ものをゲットしたと、リュックに入れておいた、小さな袋へ石を入れた。その袋は首からかけられるようになっていたので、袋を首にかけ、今日の所は帰ってやるか、と来た道を戻っていくことにした。すごいものをゲットしたぞ、帰ったら妹に自慢してやろうとずんずんと道を進んで行くと、あの神様の石が見えてきた。出口までもう少し、と足に力が入る。ずんずんと進んで行く、心なしかざわざわと森が騒がしい気がする。なんだろう、と少し不安になり少し足を早める。ドキドキとしながら、進んで行くと、神様の石が見えた。え?なんで、道は一本道、出口へ出るはずが、いつのまにか戻ってきてしまった。怖くなって、また足が早くなる。先程よりも、強く木々がざわついている。なんなんだ、なにが起こってる。いつのまにか、走っていたようで息が苦しくなってきた。つい、足を止めてしまう。目の前には、神様の石がある。とうとう、我慢していた涙が溢れてきてしまった。何か悪いことでもしたのだろうか、もしかしたら、あの綺麗な石はとっちゃいけなかったのかもしれない、そうだ、きっと神様のモノだったんだ。道を引き返し、あの大きな木まで戻ってきた。ごめんなさいごめんなさい、と謝りながら石を木の穴へ戻す。これできっと帰ることができる。駆け足で家を目指す。神様の石を超え、走る。そして、また目の前には神様の石が。なんで、つい座り込んでしまった。神様の石へ向かって、ひたすら謝った。勝手に石を持って行ってごめんなさい、もうわがままも言いません、それに妹もいじめません。さあ、と風が吹いた気がした。目を開けると、見慣れない部屋にいた。ここは、どこだろう。畳の上で寝ていたのか、座布団を二つ折りにした枕があって、かけられていたであろうタオルケットが横にぐしゃっと丸まっていた。夢、、、だったのだろうか。ちりんちりんと、どこからか風鈴の音がする。起き上がって、風鈴の音がする方の襖を開ける。そこではテーブルでスイカを食べている妹がいた。妹はこちらを一瞥すると、「お兄ちゃんのはないよっ」と言ってそっぽを向いた。ムカついて、妹を叩いてしまった。すると何か強い風が吹いて、つい目を閉じてしまった。すると、また目の前には神様の石があった。どうしよう、きっと約束を破ったから戻ってきちゃったんだ。そう思って、ごめんなさい、本当にもうしませんとリュックの中にあったお菓子を全部神様の石の前に供えた。すると、ゴッとげんこつか何かで頭を叩かれたような痛みが走り、また畳の上で目を覚ました。なにが起こってるんだ。襖を開けると、妹がスイカを食べている。「お兄ちゃんのはないよっ」と言われ、ムカついて、つい叩きそうになったが、また戻されるかもしれないと思い。ふんっ、と無視をした。すると、おばあちゃんが来て、「スイカはいっぱいあるからね」とキッチンまで連れて行ってくれて、冷えたスイカを切ってくれた。キッチンにもテーブルと椅子があったので、そこでおばあちゃんと二人でスイカ食べた。シャクシャクとした冷えたスイカがとてもおいしく感じた。どうやら両親はおじいちゃんと晩御飯の買い物に行ってるらしい、もう冒険する気はしなかったので、持ってきた図鑑やおもちゃで遊んでその日は過ごした。お母さんにお風呂に入りなさいと言われ、洋服を脱いでいると、ズボンのポケットから何かがころっと転がり出した。拾ってみるとそれは、あの綺麗な石だった。わ、夢じゃなかったんだ。でも、この石は戻さなくてもいいのかな。くれたってことかな、あとでおばあちゃんに相談しようと、裸のままリュックの所へ行ってその石をしまい込んだ。よしっ!とまたお風呂へ行く。途中、母に見つかって裸で走り回らないと怒られたが、おじいちゃんは元気坊主!と笑っていた。
20250804 テーマ:よだち
1)
朝起きて窓の外から雨の音 目を覚ましてとノックされてる
濡れぬよう自分の体犠牲にし 守るものとは貴方の思い
傘つたいツっと垂れてた雨粒に そっと指先触れてみようか
2)
朝、雨の音で目を覚ました。この時期は太陽の日差しのせいで、朝早い時間に目が覚めるのだが、今日は目覚ましのアラームで目を覚ました。いつもだったら、部屋中に太陽の光が入り、眩しいほどなのに、今日はほのかに暗い。自分的にはこれくらいの方が目に優しくて好きなのだが、窓の外を見ると案の定雨が降っている。雨が降ると出勤ルートが渋滞するのでいつもより早く家を出ないといけない。ただ、月曜日ということもあり、そんな元気はなかった。目を覚ましただけでも偉い!と褒めてほしいところだ。しゃー、と雨でぬれたアスファルトを車が走る音がする。ただ、お盆休みも近いので、なんとか身体を起こして出勤の準備をする。流れに身体を任せて、いつものルーティンをこなす。準備を終えて、会社へ向かうため車に乗り込む。渋滞の中、ぼーっと遠くの山並みを見る。細かい雨が段々となって山をグラデーションしている。綺麗だなぁ、と朝から優れない体調がすこし楽になった気がした。雨自体は嫌いではない、どちらかと言うと好きな方だ。ただ、この暑い時期の雨が嫌いだ。湿度を持った空気が肌にべったりと纏わりついてくる。どうにか払おうとするが、冷房だと寒くなりすぎて、身体が冷えて逆に具合が悪くてなってしまう。もっとカラッとした雨だったらと何度も思った。春終わりの、あの涼しい雨がすでに待ち遠しく思う。朝ごはん用に持ってきたおにぎりを食べる。混ぜ込みわかめのおにぎり、山椒じゃこのおにぎり、味わうようにしてゆっくりと食べる。おにぎりの塩味がこの湿度を少し、やわらげてくれた気がした。なんとか職場に着くが、どうにも体調が優れない、別に暑いとかそういうのではない、なんなら冷房が直撃して寒いくらいなのだが、持病のせいもあって、息苦しさがある。天気が悪いのも一つの要因だろう。どうにかだましだまし仕事をしながら、なんとか仕事をこなす。体調が悪いことに慣れてきたのか、ある程度苦しさはどこかへ行った。帰り際、傘を持って職場を出ると、雨は上がっていた。空は雨が降っていたことを忘れたかのように晴れ渡っている。それはそれで、朝の雨が蒸気に変わり、また湿度となって肌に纏わりついている。降るなら一日中降ってくれた方が、と思った。これからが夏本番なのだろう、蝉が五月蠅く鳴いている。出来れば月曜日以外で頼む、と雨乞いをしてみる。雨の音や匂いが大好きだ。ただ、それに伴う湿度は好きになれない。人間というのは、我儘な生き物だ。
20250728 テーマ:ラムネ
1)
川底に沈むラムネの瓶の様 始まり終わる四季の移ろい
月の夜に流れる川のそこの方 キラキラ光るラムネの死骸
金盥氷と水とが入ってる そこに光ってるラムネが一つ
炭酸を受けてコロコロ動いてる 可愛いラムネのビー玉あり
自分でと開けたいぐずるお年頃 力が足りず吹き出るラムネ
朝起きて公園に行き体操を スタンプ集めラムネを貰う
口内に弾ける泡が沢山と ほのかな甘み抜ける炭酸
友人と変わりばんこに飲んでみた あの時の事未だ忘れず
縁側で祖父と飲んでたラムネをさ 未だキラキラ思い出してる
青空と入道雲ラムネ瓶 透かして見てはほうと溜息
2)
小さい頃、親は厳しく、エゴの塊だった。お菓子は手作りの物じゃないとダメ、ジュースなんてもってのほか、砂糖未使用の手搾りのジュースのみ、飲むのを許されていた。そんなある日、近所の駄菓子屋の店頭で、金盥に入れられた、氷と水の中に浮いてキラキラと太陽の日差しを受け光り輝くラムネなんて、そんな綺麗な物、母が飲ませてくれるはずなかった。僕以外の子供たちが店頭に供えつけられたベンチでそれを美味しそうに飲むのを見て、とても憎らしく思った。なぜ僕はダメなのか、他の子は飲んでいるのに、お菓子だって好きなのを買っては食べてをしている。なぜ、なぜ、がひたすらに積み重なっていく。母に言っても、よそはよそ、うちはうちとしか言わない、あまりにもしつこく食い下がると母はヒステリックを起こし、暴言を吐き、物を投げてくる。そうなるとこちらは何も言えなくなる。そんな時は、そっと母から離れて、母の気持ちが落ち着いたらそっと抱きしめて、ごめんなさいと謝る。すると母は、わかってくれたらいいのと言いながら抱きしめ返してくれる。父はそんな母に何も言わないし、僕とも目を合わせようともしない、後になってわかったが、その頃父は会社の後輩と浮気をしていたらしい、僕の生きる環境は歪んでいた。所謂、一般家庭と言われる環境からは遠く、貧乏ではなかったが、心はいつまでも空っぽのままであった。そんな中、唯一僕の存在を肯定してくれていたのは祖父母であった。家と学校の間に祖父母宅はあったので、学校の帰りによく寄った。祖父母は僕をよく可愛がってくれて、内緒だよ、とお菓子もくれた。どれもこれも年寄りくさいお菓子だったけれど、それでも僕はとても嬉しかった。以前に一度、家に持って帰ってから食べようとそっとポケットに入れて、忘れてそのまま洗濯に出してしまったとき、母にバレてとても怒られたので、それからは絶対に持って帰らないようにした。お菓子はどうしたのか、と聞かれたので咄嗟にお小遣いで買ったと嘘をついてしまった。祖父母に貰ったことを言ったら、もう祖父母の家に行けなくなると思ったからだ。元々そのお小遣いも足りなくなった文房具を買うように貰っていた物だったので、余計に怒られた。鞄の中で子袋に入れられたいくつかの小銭をどうにかバレない様に机の奥の方へとしまい込んだ。
ある日、両親が土曜の朝から日曜の昼間まで居ないということで、その間祖父母の家に泊まることになった。いつもは長くても数時間しか居られない祖父母の家に、今日は何時間でも居ることができる。それだけ、僕が母から解放される時間が出来るという事だった。土曜日の昼間、昼食を終えて祖父にどこか散歩にでも行こうと誘われた。特にすることもなかったので、その誘いに乗ることにした。まだ、夏真っただ中だったので、日差しが強い、祖父とお揃いの麦わら帽子をかぶって、散歩に出かける。蝉が大声で鳴いている中、じりじりと肌を刺す日差しが痛い。どれくらい歩いたかは覚えてないけど、祖父が立ち止まった。太陽が眩しくて、下ばかり見ていたので、軽く祖父の背中にぶつかる。ぶつかった拍子にすこしよろけて転げそうになる。なんとか踏ん張って前を見ると、そこには駄菓子屋があった。駄菓子屋の軒に吊るされている風鈴がちりんちりんと風に鳴っている。祖父は、こちらを見てにやっと笑い、「好きなだけ買ってやろう、もちろん母ちゃんには内緒だ。」その瞬間、心に大量の血液が流れてきた気がした。ぎゅんぎゅんとなる血流に、駄菓子屋を見た後、もう一度祖父を見る。祖父はうんうんと頷くと手を引いて駄菓子屋に入っていく。いくつかの駄菓子とそれから、金盥で輝くラムネを買ってもらった。それらを袋に入れてもらい、祖父母の家に帰る。祖父にラムネを開けてもらい、眺める。しゅわしゅわと弾けている。縁側で駄菓子とラムネを並べて眺める。炭酸を受けて、ラムネの中にあるビー玉がキラキラと輝いている。ビー玉が詰まらないようにゆっくりとラムネの瓶を傾ける。一口飲む毎にビー玉がコロッと転がる。口の中に広がる慣れない炭酸に、鼻を痛めながら、涙が出そうになる。これが炭酸によるものなのか、嬉しさによるものなのかわからなかったが、とても嬉しかったのは覚えている。買ってもらった駄菓子をひとつひとつ丁寧に包装を開きながら口へ運ぶ、慣れない味に、また脳がぎゅっと締まる。食べた後の駄菓子の包装も並べて眺める。祖父母はそんな僕をみて、にこにこと笑っていた。夜も、普段食べないような料理がいっぱい出てきて、それに寝る前にジュースも飲ませてくれた。まるで死んでしまったのではと思うくらいの幸福感だった。あっという間にお迎えの時間になってしまった。お迎えにきた母の顔を見た瞬間、もうこの幸せな時間が終わってしまうのかと、つい涙が出てしまった。そんな僕を見て母は、寂しかったのかと思ったらしく、ぎゅっと抱きしめてくれた。僕はポケットに入ったラムネのビー玉をぎゅっと握りしめた。
20250721 テーマ:風鈴
1)
風に乗りちりんと鳴いた窓際の 君に似た声鈴の様かな
窓開けて風招き入れ鳴らそうと 冷房儘に響く風鈴
鉄製の風鈴ちりん鳴り響き 涼をくれる冷房の中
ガラス製夏の模様が入ってる これが風情か思い浮かべる
カラコロと崩れる氷グラス中 夏に響いてガラスの音色
汗流れ強い日差しを浴びせられ どこかの軒で歌う鉄鈴
ラムネ瓶蝉の鳴き声海と川 入道雲そして風鈴
日差し浴び透けるシャツに焼けた肌 ビニール製のプールのバッグ
シュワっと弾けて夏の微炭酸 喉を刺激し気持ちも跳ねる
キラキラと日差しを受けて窓際に 吊るされガラス夏の空色
2)
蝉の鳴く、窓の縁で風に当てられ、ちりりんと鳴いている。午前中のまだ暑くなりすぎない時間、部屋の中ではパラと本を捲る音だけが聞こえている。物持ちの良い祖母から譲ってもらった半透明の緑色の羽の扇風機が右に左にと首を動かしている。風が当たって乱れた髪を耳にかけながら、また一頁捲る。それから何度か髪を耳にかけなおした頃、厚手の表紙がパタンと音を立てて閉じた。まさか一気に読んでしまうとは、本に付いていた栞紐は使われることなく、最後のページに挟まれたままだった。本棚の空いている場所へ本を入れる為に椅子から立ち上がる。本を本棚へ入れ、ふと喉が渇いていることに気が付いた。そういえば、読み始めてから何も飲んでいないな、と冷蔵庫へ足を向ける。冷蔵庫を開くと、中には黒豆麦茶が白葡萄の模様が入ったガラスピッチャーの中で冷えていた。グラスへ氷をいくつか入れ、そこに麦茶を注ぐ。カラカラとなる氷の音が涼しげだ。砂漠の砂が水を吸うように、渇き切った身体へ、冷えた麦茶が食道を通ってがらんどうの胃に、ふわっと広がり染み渡っていくのがわかった。ほう、と冷たい息が漏れる。残りを一気に飲んでしまい、また麦茶を注ぎ、結露し始めたグラスを持って部屋へと戻る。部屋の中は思ったよりも暑く、扇風機ではしのげない程の温度であった。諦めて窓を閉めて、クーラーを点ける。近年は物価高の波に乗って電気代も高くなっている。出来るだけ、安く済ませようとエアコンは使わないようにしているが、熱中症になって病院に行かないといけなくなった場合の方がお金がかかることに気付いて、あまり無理の無い程度で、と自分を甘やかしている。そんな中、ふと思いついたのは飲み物のことだった。先程読んだ本の中で”檸檬”が出てきたのだが、それがどうにも美味しそうに思った。今日は特に予定も無いし、とクーラーをそのままに近所のコンビニへ行くことにした。出かけようと玄関のドアを開けた瞬間、熱気にやられ部屋に引き返しそうになったが、なんとか思い留め外へ出ることに成功した。帽子を被ってくれば良かったと、脳天に差す日差しに苦しめられながらもなんとかコンビニへ到着した。自動ドアが開き、身体を涼しい風が通り抜けていく。その温度差に気持ちよさを覚えながら、ドリンクコーナーへと足を向ける。500mlの炭酸を2本、それから700ml入ってるジンを1本、そして冷凍コーナーで冷凍されたレモンを一袋取る。それから、お菓子コーナーとおつまみコーナーでいくつか見繕った後、氷を忘れてたことを思い出して、また冷凍コーナーへ行き、ようやっとレジへ向かう。会計を済ませて、コンビニを出る。一瞬熱気にたじろいだが、勇気を出して帰路に着く。帰ったらすぐにでも飲むぞ、と少し早足になる。玄関を開け、早々にキッチンへ向かう。大き目のグラスを取り、そこに氷と冷凍レモン、そしてジンと炭酸水を注ぐ。しゅわしゅわと弾ける中にレモンが一層輝きを持っている。炭酸の泡を纏うレモンはこの部屋のお気に入りの何よりも鮮明に見えた。注いですぐ、グラスを口へ運ぶ、炭酸がはじけ顔に当たる。はじけた炭酸からはジンやレモンの香りを包んでいた。くっくっと熱気で温まっている身体へキンッと冷えたお酒を注ぎ込む。炭酸が鼻をいじめたあと、アルコールが広がっていく。残りの氷とレモンを冷凍庫へしまいこんだ後、炭酸とジンをまたコンビニの袋へ入れ、部屋へ戻る。部屋はつけっぱなしになっていた冷房でいい感じに冷えていた。寒暖差で少し具合を悪く感じたので、冷房を切り、また扇風機を着けて、窓を開ける。窓を開けたことで風が通り、ちりんと大きな音で風鈴が鳴った。暖かい風が肌を撫ぜていく。そんな中、また一口酒を飲む。心地よく広がるアルコールに、ゆっくりと微睡んで行く。机に出しっぱなしにしてあった、麦茶を飲んでチェイサーとする。麦茶の氷は角がとれ、大分小さめな丸みを帯びた氷になっていた。結露した水分が落ちて、机に線を残している。それらをタオルでふき取り、ついでに麦茶の入ったグラスとお酒の入ったグラスの結露もふき取る。外から来る風は、降り注ぐ太陽の日差しを受けて焼けるアスファルトの匂いが混ざっている。そんな匂いの中に、少し土の香りも混ざっていた。遠くでは灰色の雲が昇り、今にも雨が降りそうであった。カラカラとグラスのお酒が底に付きそうな頃、ぽつぽつと雨がアスファルトの色を濃ゆくしていく。グラスの氷も小さくなって、口に入るほどだったので、1つひょいと口に入れてみる。透き通った綺麗な氷が冷たくコロコロと口内にある。雨宿りする蝉の声が雨の音に紛れて小さくなっていく、豪雨かと思うくらいの雨が降る。角度的に窓から入って来なさそうなので、開けたまま夏の音に耳を澄ませる。濡れたアスファルトを走る車の音や、蝉の声、風鈴、ざあと降る夏の雨。雨雲で暗くなった室内で、目を閉じて夏を感じている。
20250714 テーマ:祭
1)
どんひゃら太鼓や笛の音聴こえ 脚が勝手に踊り狂って
アマテラス貴方の顔がまた見たく 楽し気にする心は涙
七月の半ばの頃の夏祭り 雨降りの日の夜は涼やか
星光彼の空見上げ星見酒 祭りのようだと心が踊る
傘さして水をはじいて下駄の先 ドンと鳴る闇打ち上げ花火
何の神?どこの誰だかわからない 何を祀って祭をするの
幼子の記憶朧げ夏祭り 迷子の自分手を繋ぐ君
ヨーヨーやスーパーボール綿菓子と 思うばかりの贅の限りを
スクい上げガラスの中でゆらゆらと 残り何日その場限りか
その時はキラキラ見える祭り場に 後日参ると灰色の道
2)
家の前の道から、ざわざわと騒がしい声たちが聞こえる。窓を開けて、見てみると、小さい子供や、その両親、カップルなどが列をなして歩いている。夜と言えど、気温は高い、窓から侵入してくる空気もじっとりと湿度を帯びている。そんな中、浴衣や仁平を着た人々が楽しそうに歩いている。積読消化の為に読んでいた本を閉じ、にぎやかに騒ぐ人々の声に耳を澄ませる。人々の声の合間に、小さく太鼓の音やどこかで聞いたことある音楽も流れている。祭と聞くと、大体は夏場を想像する。なぜ、人はわざわざ暑い時期に祭をするのか、暑い中汗を流しながら外へ出ていくのか、不思議でならない、まず祭はいつから始まって、なぜ行われるのか、視線を目の前に戻してカタカタとパソコンで調べてみる。へぇ、「天岩戸隠れ」から始まったのか、機嫌を損ねてしまったアマテラスさんを扉開けてをするために開催したお祭りか。なるほど。この雑踏の行きつく先のアマテラスは誰なのか、近隣で今日開催されている祭りを調べる。どうやら、家の近所にある神社で祭りが開催されているようだ。クニタツノカミとヒメミコノカミという神様がいる神社だ。ただ、あの雑踏たちは神様なんてどうでもよくて、祭りというにぎやかな雰囲気が好きなのだろう。そんな光に導かれた蛾の様な人間たちを見下ろしながら、冷房の効いた部屋であったかいコーヒーを飲む。うま、と頬の筋肉が緩まる。虫が入ってきそうなので、窓を閉め、外に流れていた冷気がまた部屋を循環し始めて、部屋を涼しくしてくれる。少し寒く感じたので冷房の温度を少し上げた。満足したのでキーボードから手を離し、また読書へと戻る。今、読んでいる本は友人から無理やり渡された本だ。面白いから、貸すのではなくあげると言われた。内容はある探検家の手記を読みやすく小説にしたものらしい。まだ、数ページしか読んでいないが、今のところは面白いと思う。主人公が世界を旅して周って、その土地土地で出会った人達との交流で思った事や出来事を物語風に書いてあるのだが、無駄に臨場感があって面白い。例えば、アメリカの中にある小さな村での話。主人公である探検家”ヒロノブ”が小さな村で老人に出会う。老人の家は山の中にあり、周りは森に囲まれている。近くにはいくつかの洞窟があり、そのどれかの洞窟に宝がある。と口伝されている。と老人が語っていた。その話しを聞いたヒロノブは老人の家を拠点に合計12もある洞窟を探索していく、昼間は探索し夜は老人と酒を飲みながら語り合う。昼間のターンでは、ヒロノブは怪我をしながらも洞窟内で宝を探すがなかなか見つけることが出来ない。老人は口伝だから本当かどうかは定かではないと言うがヒロノブはそれでも探すことに意味があると言う。ある時、ヒロノブと老人が酒を飲んでいる。麓の方がやけに明るいことに気付く、老人が言うには今日は麓の村が信仰している神様の祭りがあるらしい、その祭りは夜通し行われるらしく、今日は朝まで明るいのが続くという。行ってみるか?と老人に誘われたので、行こう行こうと食い気味に誘いに乗った。道中、ランタンで足元を照らしながら歩く、麓に近づいていくと人がちらほらとほろ酔いで楽し気に騒いでいる。会う人、会う人が酒を薦めてきたり、料理や踊り、色々と巻き込まれていく。老人もヒロノブも元からほろ酔いであったため、すぐに溶け込むことが出来た。なんとか中央広場のような所に着くと、高く積まれた木材へ火を放つところだった。現地の言葉で「一緒に!一緒に!」と言われ、小さい松明みたいな火がついた物を渡され、合図とともに積まれた木々へと投げ込む、油がまかれていたのかあっという間に炎が天高く伸びあがった。歓声があがり、散り散りで楽しんでいた人々が集まってくる。人々がなにかを楽し気に歌いながら手を繋ぎ、炎の周りをくるくると周る。地元でも見たことあるな、と思いながら、その輪に加わる。気付いたら朝になっていた。老人とヒロノブは知らない人の家のソファで寝ており、家主から食事をもらい、家路につく。
ここまで読み、感想としては楽しそうだなぁとまた外の景色をみて、自分も特に深く考えずに参加してみるか、とうだうだと考えていた。いつもの自分だったらなんだかんだ考えるが結局は行動に移さないのだが、今日は違った。友人から電話がかかってきたのだ。電話に出てみる。「外を見てみろ」と言われたので、窓を開け、あたりを見渡してみる。すると、ちょうど家の下の方に友人の姿が見えた。友人は手を振っている。「祭りだ祭り!」とだけ言うと、電話が切れてしまった。しかたないと、重い腰をあげる。部屋着を着替え、財布とスマホだけを持って外へ出る。友人は甚平まで着てやる気満々のようだ。友人は今日は散財する為にいく。と宣言しており、しょうがない付き合ってやる。と、呆れながらも、内心どきどきやらわくわくやら、楽しみにしている自分に気付いた。こういう日も良いなと、また雑踏の輪に入っていくのだった。
20250707 テーマ:蝉
1)
窓を開け蝉の鳴き声あえて聴き 夏を感じてまた窓閉める
蝉の声聞き分けられる日本人 どの蝉なのか場面が変わる
太陽と木陰の狭間蝉時雨 耳を塞いで雨宿りする
太陽の日差し照る墓カンカンと 遠く聞こえる蝉の鳴き声
脚広げじっとしている蝉の君 凝視しデッドオアアライブ
地に落ちてあがけよ蝉の残り火よ これが所謂セミファイナル
強い日に目線を逸らし影法師 一休みする蝉の亡骸
梅雨が過ぎ7月入り蝉時雨 夏に溺れて沈んで眠る
ごぽごぽと夏に溺れて夢現 夏の中から聞く蝉の声
束の間で過ぎてく七日日を捲り 夏の終わりも鳴く蝉たちよ
2)
ふと、いつもより音が多いことに気が付いた。運転中、運転席側の窓を開けてみる。途端に、元気に鳴く蝉たちの声が聞こえてきた。まだ7月のはじめ、梅雨は早々に終わり、すでに日本では気温が30度を超える場所がほとんどだ。毎年のように最高気温を更新し、室内でも熱中症になることがあるやらと騒がれている。車内の温度も冷めきらないそんな季節、自分は久しぶりに祖父母の家へと向かっていた。どうやら祖父が熱中症で倒れたらしく、男手が必要と、パシられに行っているのだ。祖父は今年で80歳になるが、まだまだ元気で、今年のお祭りでも神輿を担いだり、神楽を踊ったりする役目があったらしく、その穴を埋めるべく、自分は呼ばれた。さすがに神楽は踊れないので、せめて神輿でもということらしい。祖父の神楽は村人たちに人気で、今年は見れないととても残念そうにしていた。なので、今年は神楽は別の村人がやることになったらしい、誰かはわからないが、やはり祖父以上に上手い人は居ないと言われているので、どうしても祖父と比べられると思うと可哀そうな感じがする。そう思いながら、明日のお祭りに向けて最終チェックをする。自分は他の人に合わせて神輿を担ぐだけなので、前日入りして、会議という名の飲み会に参加する。少しでも溶け込んでおいたほうが、より祭を楽しめるだろうということだ。次の日は、きっと死んでいるだろうということで、有休も勝ち取ってある。家から祖父母の家までは車で大体2時間の所にある。だんだんと自然が多くなってきて、家と家の間が離れてくるあたりでやっと目的地になる。自分はこの長閑な田舎の風景が大好きだ。山と山の間、程よく舗装された道と肩を並べる田畑、未だに瓦の家、なんだったら蔵がある家だってある。これが”エモ”さというものなのだろうか、普段見ないからこそ感じるエモさがある。そうこう考えながら運転をしていると祖父母の家が見えてきた。昔ながらの日本家屋で二階建て、家の前には祖父が乗る軽トラックと祖母が乗り回している原付バイクがある。空いているスペースに車を停めて一応チャイムを鳴らす。何回か押すが誰も出てこない、大きめな声で祖父母を呼ぶと庭の方から返事が聞こえてきた。庭の方へ行くと、祖母がガーデニングをしていた。祖母はお帰りと言うと、土で汚れていた手を洗って、家へと入って行った。後を付いていくと、手を洗って居間で待っててと言われ、おとなしく居間へ行く。居間では祖父が座布団を折りたたんだものを枕にして眠っていた。案外、元気そうで安心して居間から見える祖母の庭を眺める。なんというか、祖母の性格が出ているというか、植えられているものはバラバラだけれど、どれも元気そうだ。どれも大切に育てられてるのがわかる。空は青く澄みわたっていて、ラムネが飲みたくなる色をしている。蝉や夏虫の鳴き声に時折祖父の寝息が混ざる。平和だなぁ、と自分も横になる。寝転がると、ふわっと暖まった畳の香りがしてきた。縁側につけられた鉄風鈴がちりりんと風に当たり、音を出している。あまりにも心地よくなり、ついうとうととしてしまう。すると、祖母がおぼんをもって居間に来た。お盆には素麺やつゆ、いくつかの総菜が乗せられていた。祖母はそれらを机に並べていく、そんな物音で気付いたのか、のそっと祖父が目を覚ました。祖父は自分に気付いて「来てたのか」と言うと、座布団を手に持ち並べられた食事の前に座る。祖父は喉が渇いていたのか、置かれていたお茶を一口で全部飲んでしまった。机にお茶と氷が入ったピッチャーが置いてあったので、祖父のコップにおかわりのお茶を注ぐ。祖母が戻ってきて、食事をたべる事に、そういえば食べてなかったなと気付き、箸をとり、素麺を啜る。冷えた麺がつるんと入ってくる。添えられた大葉や茗荷なども一緒に食べる。思った以上にお腹がすいていたのか、あっという間にボウルに入った素麺が無くなってしまった。祖母はあらあらと嬉しそうに笑うと、また追加で湯がいてくるとキッチンへ行ってしまった。その間、祖父と自分は無言で総菜を食べる。特に大葉の天ぷらがおいしい、祖母が素麺を持って帰ってきたので、大葉がおいしいと伝えると、さっき庭で収穫してきたばかりだと言う。だからか、と謎に納得してさくさくと食べる。そんな嬉しそうな祖母の横で、なぜか祖父も満足げであった。夕方になり、祖父と一緒に村の集会場に行くことになった。集会場へ着くともうすでに皆集まっていて、飲み会が始まっていた。祖父は医者からお酒を止められているらしいので、お茶で乾杯していた。祖父はお酒が大好きなので、可哀そうだと思ったが、飲んでいるうちにそのことは忘れてしまった。最初は久しぶりに会う人ばかりで緊張していたが、お酒のおかげかすぐに意気投合することができた。明日のお祭りも大丈夫そうだ、と思えた。21時頃には明日もあるということで解散となり、祖父の軽トラックで揺られながら帰った。シャワーだけ浴びて、お酒で火照った身体を冷ます。布団に入るとあっという間に寝入ってしまった。
20250630 テーマ:夏バテ
1)
扇風機貴方の視線独り占め もう離さない秋口までは
冷房と外気の暑さ比にかけて 自律神経終わりに向かう
夏風を感じて袖をまくるけど 吹く風すべてぬるくていやだ
クーラーの効いた部屋から出られない 数分出たら削れる命
日差し浴び身体の芯まで温まる もう戻れないゆで卵かな
溶けきって全て流れてどろどろと 戻れぬ夢よ冷めてくれるな
クーラーと貴方の合間行き来して その寒暖差具合が悪い
部屋の中冷たい空気それに慣れ もう戻れない空の下には
寒暖差自律神経乱されて やる気が起きずきゅうくらりん
人の気が夏バテ気味の心へと 入って刺して殴ってきてる
2)
夏バテとは、夏の暑さや高湿度によって引き起こされる体調不良の総称である。季語と言っても過言ではないのではないだろうか。それについて、間違いがあってはいけないので改めて調べてみることにした。そうすると意外な事実が判明した。どうやら「夏バテ」は”秋”の季語らしい、夏の暑さによって体力が弱り、秋口の気温差についていけず体調を崩してしまうものが本来の『夏バテ』というらしい、なるほど、となると結構間違って使ってそうな人もいるな、と自分の中でも気を付けようと思った。そしてそんな夏バテと思っていた症状だが、どうやら「冷房病」と言うらしい。冷房の効いた室内と屋外の気温差によって、自律神経のバランスが崩れることで起こる様々な体調不良の総称らしい、もうドンピシャだった。会社や家では常に冷房が当たっており、身体が冷え切っている。一応、長袖を着て、直接肌に冷風が当たらない様にはしているが、涼しさが貫通して身体を冷たくしている。こうも寒いとやはり、体調も悪くなる。それに拍車をかけているのは、地球温暖化だ。暑すぎる、暑すぎるのだ。梅雨も早々に終わり、日差し照るアスファルトが熱を持ち、襲い掛かってくる。上からも下からも熱を浴び、上手に焼けました!とこんがりお肉になってしまうのではと心配になるほどの熱である。最近の夏は、毎年のように最高気温を更新していっている。地球の今後が心配になってしまう、人間は地上で暮らせなくなるのではないだろうか。なんて、個人が心配するには規模が大きいことを考えていたりした。そんな中、グラスに入っていた氷が崩れて、からかららんと鳴った。ハッとして、時間を確認すると18時を過ぎていた。19時から約束があったのを思い出して急いで準備をする。すっきりしようとシャワーを浴びる、幾分かだるさもすっきりして、忘れずに水分も摂る。ぱたぱたと集合の場所まで急ぐ。家からはそう、遠くない場所だったからまだよかった。小走りで集合場所に着くとすでに友人が居た。時計を見ると時間丁度だった。ギリギリ間に合った!と少し息を切らしながら謎のハイタッチをした。友人は笑いながらもそんなに急がなくても良かったのに、言ってくれたが、自分は遅刻はするのもされるのも好きではないので、いやいやと言って謝罪した。今日は共通の友人のサプライズバースデーパーティーの打合せで集まった。友人と、もう一人の友人、自分含め3人はもう10年以上の付き合いになるが、こうして今でも高校の頃から続いてる誰かの誕生日の時にサプライズをする。という恒例行事が続いている。今年はどうしようかとカフェでコーヒーを飲みながら話し合う。あーでもないやらこーでもないと言ってはどうしようかとなんとか頭を捻り、これで行こうというのを思いついた。このサプライズバースデーパーティーの一番の条件としては出来るだけお金をかけずにする!ということ、お金はかけようと思えばいくらでも制限なくかけることが出来るので3人で企画した時に出した案だ。そういうことで、百円均一のお店に買い出しに出かけることにした。今回は自分の家でパーティーをすることになった。前年などの飾りもある程度残してあるので、それを踏まえて色々と購入する。ついつい、楽しくなって余計な物も買ってしまった。ついでに、日用品もいくつか買ってそのまま自分の家に行く、家に着き、玄関を開けると足元に冷気が漂ってきた。あ、クーラーつけっぱなしだった。友人に言い訳のように「気を効かせてクーラーつけておいたぜ」と言うと笑いながら「嘘つくな」と言われてしまった。見え見えだったか、途中買ってきたお菓子やジュースやらを出して、作戦会議の続きをする。プレゼントは各々用意するとして、飾り付けはどうしようか、どこにどういう風に飾ろうか、どういう演出にするか、自分事のようにわくわくとする。友人の驚いたり喜んだ顔を思い浮かべながら、ない頭を捻って考える。今年は風船を割ると、誕生日の友人の良い所が書いてある紙が出てくるという案が採用された。日頃は面と向かっては言えないので、照れながらも何個も書いていく、風船に入れるのは当日にしようと決めて、買ってきている風船の分、良いところを書いた。途中ふざけて書いたものもあるが、きっと喜んでくれるだろう、自分もされたら嬉しいと思いながら一生懸命に書いた。
なんとか事前の準備は終わり、今日は2人で居酒屋に行くことにした。家から歩いていけるところにあるのだが、安い上においしいのだ!そんなチェーン系の居酒屋ではなく、個人でしかも渋いおじいさんとやさしそうなおばあさんがやっている居酒屋だ。カウンターに並べられた料理はどれもおいしくて、いつもついつい食べ過ぎてしまう。そんな行きつけの居酒屋でなんの内容も無い話を永遠につづけるのが一番心地よい、なんなら一人でも来るし、こうして友人と来ることもある。結果週1は絶対に来ている。もう冷房病だったことも忘れて、永遠のこの時間を過ごしたいと思った。
20250622 テーマ:夏至
1)
梅雨上がり傘を閉じては空見上げ まだまだ降り続けてと思う
強がりと思うのならばそうしてよ あなたが消えたあの梅雨上がり
からんやらきんとなるのは手の中に あるこのグラスいくらか溶ける
急激梅雨が終わって夏が来た ついていけない身体と心
もういやだあっつい夏がやってきた ほんときれそうあついのきらい
暑さだけ嫌いだからと冷房を つけて窓開け耳を澄ませる
ほかほかにアスファルトが燃えている 鼻腔に届くその夏香り
夏ポテトあぁまた来たかこの季節 お前は好きだが夏は嫌いだ
暑さをね抑えてくれと願うけど 毎年記録上がるばかりか
冷房で身体を冷やし風邪をひく ただただ暑いこの星の夏
2)
課題部 テーマ:夏至
あぁ、あついドロドロと溶けてしまいそうだ。梅雨が明けかけているこの時期、暑さが身体の芯まで届くようになった。芯まで暖まった身体はなかなか冷めそうにない。故障して、ぬるい風しか吹かなくなったエアコンを睨みながら、そこらへんに放ってあった封筒でぱたぱたと扇ぐ。気休め程度の涼に、諦めてエアコンを修理するか悩んでいると、スマホから通知音が鳴った。軽快な音を鳴らした主を見てやろうとスマホを手に取り、画面を見る。連絡をしてきた主は、どうやら母の様だった。大学の夏休みすることもないだろうから帰ってきて実家の稼業の手伝いをしろ、という内容だった。面倒にも思ったが、この暑い中だらだらと過ごすだけってのも、それに少しではあるが給料も貰えるという事なのでしょうがないなと帰って仕事を手伝ってあげることにした。早速、家を出る準備をしてこの蒸し暑い部屋から脱出する。実家までは新幹線で大体1時間程度だ。大学に入り、1年、2年となんとなく実家には帰ってなかった。最初こそ長年暮らしていた実家を離れ、寂しくもあったが、楽しい大学生活を過ごしていく中で、そんな寂しさはすぐにどこかへ飛んで行ってしまっていた。飛んでいくように過ぎていく日々に、両親や兄弟の事は忘れ去っていた。一応、季節毎くらいには母から連絡が入ってはいたが、また今度、また今度と伸ばしに伸ばしていた。実家ならクーラーが効いているだろうとか、さすがに何年も帰らないのはとか、色んな言い訳を探しながら駅の自販機で買った冷えた緑茶を飲む。さすが、選ばれただけはあるな、喉が乾いていたのか一気に半分ほど飲んでしまった。やっと、人心地ついて窓の流れる景色を眺める。先程までは建物ばかりだった景色はもう8割自然の緑を流している。するとまた、母から連絡が入る。「帰ってくるときに、お米買ってきて5kgね」見なかったことにしたい。帰省する息子を都合よく使おうとしてくる。断れるわけもなく、わかったと返信する。
無事、地元に一番近い駅まで着き、また駅からバスに乗って実家の方へ向かう。見慣れた景色が流れ、たった数年離れていただけだが、心臓がきゅっとしまる感覚があった。実家からは一個前のバス停で降り、スーパーへ向かう。スーパーはあの頃のまんまだった。あの頃と言っても2、3年前なのだが、母と一緒によく行っていた。目当てはお菓子やジュースだったのだが、帰りには両手に重い荷物を持たされ、これくらい持ちなさいといい様に使われていたっけとまたなつかしさが出てきた。スーパーに入ると、さぁと冷気が身体を包み、じんわりと出ていた汗が急激に冷え、身震いをした。少し配置が変わっている気がしたが、なんとか米がある場所まで辿り着く、ずっしりとした重さに、これを持っていくのかと少しだけ憂鬱になる。レジで精算したあと、涼しいスーパーを後にする。ここからは家まで徒歩5分程なので、わざわざバスに乗るのも気が引ける。米は重いけれど、歩けない距離ではないので、日差しが照る中実家まで歩いていく。スーパーから出てまだ少しだが、頭皮から汗が出て、首筋を流れて行っているのがわかる。帰ったらクーラーをガンガンに効かせた部屋でのんびりするんだ。とご褒美を設定してなんとか実家まで足を引き摺って行く。
家に着いた頃にはもう、汗は滝のように流れていた。鍵を開けようとして、鍵を持ってくるのを忘れたことに気が付いた。しょうがないと、チャイムを鳴らす。すると、「はいはーい」と少し間延びした返事の後、かちゃっと鍵が開き、母が出てきた。一瞬目が合って、気まずく思ったが、軽く手をあげ「た、ただいま」と言うと、母は皮肉っぽく「ひさしぶり」と返してきた。家に入り、米を母に渡して、クーラーが効いていた部屋で涼を貪る。ついでに、冷凍庫にあったアイスを拝借した。着いたのは丁度昼頃だったので母は昼ご飯の準備をしていた。今日は冷やし中華らしい、実家以外では滅多に食べたことないので、つい嬉しくなって「やった!」と無邪気にはしゃいでしまい、母からは「まだまだ子供ね」と言われてしまった。すこし、ぶつくされながらスマホを見て、時間を潰す。「父さんは?」と聞くと、まだ工場の方で仕事をしているらしい、母からもうお昼ごはん出来るから呼んできてと言われ、またぶつくさ言いながらも工場の方へ足を運ぶ。工場は家の隣にあり、すぐに行ける距離にある。うちの稼業は、旅館やホテルなどに直接卸す、ガラス食器屋だ。夏場は特に忙しい、猫の手でも借りたいのだろう。以前、少しだけ作らせてもらったが、あまりにもセンスが無くて絶望した。工場に着くと、父は休憩している所だった。目が合うと父は「おう、おかえり」と少しぶっきらぼうに言ってきた。「ただいま、元気だったよ。母さんがごはんだって」というと、肩からかけていたタオルで汗を拭いながらわかったと一緒に家に戻った。家に戻るとすでにテーブルにはお昼ご飯が準備してあり、そうえいば朝から何も食べていなかった、いやアイスは食べたけど、ちゃんとした食事を摂ってなかった事に気付いた腹がくぅと小さい鳴き声をあげた。
20250616 テーマ:湿度
1)
高湿度べたつくほどに嫌気指す カラとした夏思うばかりか
徒然に日常をも超える程 思い募るは君への思い
ぺたぺたと触れ合う君と僕の手が 不快感さえ飛び越えていく
湿度計100を超えて上がってく もう戻ることそれは無理そう
アルコールが身体に入るとめどなく 息を吐くたび漏れる蒸気
この湿度追い払うため飲み干すの しゅわと鳴るジンジャーエール
終わりまで見届けたげる貴方をね カラッと燃え尽きてちょうだい
この湿気ごうんごうんと回してる 乾燥機と一緒に消えて
ふぅと吹きこのたばこから出る煙 いつになったら無くなるのかな
いつまでもしつこいほどに居残るの あなたの吐息湿度を持って
2)
雨降り後、肌にまとわりつく湿気が嫌になってシャワーを浴びた。熱めのお湯に身を通して、柔軟剤が無くなってそのままのがざがざとした手触りの、2年目タオルが肌に着いた不快感を拭ってくれた。がんがんに冷房を効かせた部屋が気持ちいい、思わず下着だけの状態でベッドの上でゴロゴロと寝転がる。シャワーで火照った身体に冷たく冷え切った布団があまりにも心地よすぎる。近くに放り投げてあったスマホを取り、最近嵌って聞いている音楽を流す。これを音楽と言って良いのか、わからない、実際には海の中の音に鯨の鳴き声が入った音源なのだが、これがとても心地よい、この高い気温と湿度の世界から切り離してくれる。ごぉと流れる低音の音がまるで血管に流れる血の様で、安心する。鯨の鳴き声もとても良い、音と言うのは海水の方が遠くまで届くというのをどこかで聞いて、もしこの世界が全て海の中に沈んだら、地球の反対側に住んでいる鯨の鳴き声も聞こえるのだろうか、そのような夢のような事も考えた。窓の外からは、お昼間の暑い日差しと、陽気な子どもの声が聞こえてくる。今日は土曜日だからだろうか、この時間に子供の声が聞こえるのは。カーテンを閉めて、部屋を暗くする。冷えた空間に、暗い部屋。そして海底の音と鯨の鳴き声。ゆっくりと身体が沈んでいくのがわかる。身体全体に圧がかかって、キーンと耳もどこか遠くなる。遠くか近くか、水全体を通して鯨の鳴き声が聞こえてくる。自分がまるで海、そのものになったような感覚だ。ただ、海に漂うくらげのように水か生物かわからないそんな感覚で暗い部屋で、さらに目を閉じる。あぁ、このまま現実から離れて世界に溶けていきたい。自分と世界の境界線が曖昧になってきた時、急に大音量でコマーシャルが流れた。ぐんと現実に戻され、つい舌打ちが出た。「ちっ、誰がサブスクとか言う文化を作ったのだろうか。」目を開き、現実を見る。起き上がって、動画を再生していたスマホを眺め見る。先ほどまでとは打って変わって陽気で軽快な音楽とともに何かのコマーシャルが流れている。すぐにスキップを押してコマーシャルを終える。改めて夢に入ろうと思ったが、どうも気がそがれた。動画を止めて、溜まったSNSの通知を確認する。多くはグループの通知だったが、それとは別で懐かしい人からも通知が入っていた。どうしたのだろうか、と開いてみる。「久しぶり、元気にしてた?」こいつは、高校の時に所謂”親友”と言われていた関係だ。あれからもう何年も経っている。大学は別々の所にいったので、自然と連絡を取らなくなってそれっきりだった。適当に「あぁ相変わらずだよ、そっちは?」と返す。するとすぐに返信が帰ってきた。「相変わらずなようで良かった!いや、この前部屋の掃除をしてたら懐かしい写真があったからつい連絡した」その文言と一緒に画像も送られてきた。画像には何枚かの写真がばらばらと散らばっていた。一番中心にあったのは、自分と親友、そしてもう一人の親友が肩を組んで写っている写真だった。皆、笑顔である。ただ、懐かしいが、それ以上に辛い感情もある。この、久方ぶりに連絡をしてきた”親友”一之ともう一人の”親友”怜、この写真は中学校から高校に上がる時、入学式の日に撮った写真だ。この時はまだ、これからの苦労も苦難もなにも知らないただの子供だった。何があってもずっと一緒に居そうだよな、とか今思えばそんな現実的ではない話ばかりしていた。あれは高校2年の時だったか、放課後いつも通り、皆でゲームをしようと自分の家に行っている時だった。突然、ドンッと突き飛ばされた。瞬間すぎてわからなかったが、誰かの悲鳴とブレーキ音、そして何かが潰されたような音。はっと親友たちが歩いていた方を見る。一之は先程よりも歩いていた場所から少し後ろに倒れていた。怜は、怜の姿が見当たらない。自分と一之の間には車が一台ある。先ほどまではなかったはずだ。自分と一之の間を歩いていた怜の姿がどこにも見当たらない。するとまた誰かの悲鳴が響いた。そちらへ目を向けると女性が尻もちをついて、車の前面となる部分を指さして震えて、嗚咽を漏らしている。自分からはその前面は見えない、強くうった腰を擦りながら立ち上がり、そちらへ向かう。内心はずっと勝手に動く身体を止めようと必死だった、見てはだめだ。ひたすら叫び続けていた。何歩か歩いた時、目の前に赤い世界が広がった。車の色は白、そんな車と壁とを赤く染めていたのは、先程まで親友だったモノだ。胃から込み上げてくるものを抑えきれずに、その場で出してしまう。大人たちが集まってきた。自分の目は親友だったモノをずっと見つめている。目が離せない、さっと何かでその視界が遮られる。もう一人の親友、一之が自分の着ていたジャケットで視界を遮ってくれたのだ。自分も嗚咽を漏らしているというのに、自分をかばって、上着が吐しゃ物で汚れることも気にせず、視界を、視線を暗く、閉ざしてくれた。
20250609 テーマ:TRPG
1)
役作り世界に至るぽつねんと あるペルソナを持ち帰りけり
この先は危険信号あるけれど 行かぬは役が廃るってもん
慎重さえも飛び越えあちらから 飛び出したるニャルラトホテプ
クトゥルフの声を聞いてSAN値減る ただこの心すでに捧げた
叶わぬと思いながらも武器を持ち 向かうは神話級の化け物
ダイス振る運任せだが負けられぬ 残るプレイヤー自分だけ
渇き声喉を掠れる笑いのみ 後には引けぬぞダイスロール
キーパーの声が震えるこの舞台 どこぞの誰かそ狂人か
歩み寄る混沌の気配感じては 振り返り見るがあるのは影
本当にこれで最後かコレフラグ はいはいわかってましたかゆうま
2)
「ぎゃぁああああああああ!!!!」ぱりんっ、ガラスの割れる音がして、2階から男が投げ飛ばされた。落とされた男は痛そうに悶えている。割れた窓ガラスから、それ見て愉快そうに笑っている人物が居た。
「わはは!!ざまぁねぇや!!お嬢に楯突くのが悪いんだよ!」
そう大声で笑っているのは、伸びた黒髪を後ろで一つに結び、身長が190cmもある大きな女性だった。その女性の後ろから「こ”ら”ぁ”!!」とドスの聞いた声がまた響く、女性は「やべっ」というと、その割れた窓から飛び降り、なんなくと着地してそそくさとどこかへ逃げていく。女性が飛び降りた窓から顔を出したのは、この風崎組(ふうざきぐみ)の組長である。風崎徹(ふうざきとおる)であった。まるでいたずらっ子を見るように、「全く、、、」と溜息を着くと、他の組員へ支持を出して階下に落とされた者の回収と、割れた窓ガラスの撤去、修繕を指示出した。
その夜、ごつんと鈍い音がして女性の頭にはでかいたんこぶが出来ており、「だってよぉ」と涙目で訴える女性に「もっと他にやり方ってもんがあるだろ」と組長が説教している。この頭にたんこぶを生やし、説教をされているのは、風崎組の幹部であり、組長の義理の娘である。風崎憂(ゆう)である。憂は小さい頃に組長に拾われ、最初は普通の子供として育てられていたが、憂の強い希望、組長の反対を押し切って、組に入ることになった。
「お嬢!」憂は廊下の先に歩いている組長の実の娘である。風崎由利(ゆり)の元へ駆け寄る。誰にも見せないであろう笑顔だ。由利は駆け寄ってきた憂を見て、ふふっと笑った。なんで笑われているのかわからない憂であったが、お嬢がご機嫌ならそれでいいやと憂もニコニコとしている。「憂、貴方、組員を窓から投げ飛ばしたんですって?」由利は今にも笑いだしそうなくらいの笑顔で憂に聞く。それを聞いた憂はまるで褒められたかの様に見えないしっぽを振って「えぇ!!もうぶっ飛ばしてやりました!」由利はそれを聞くと、我慢出来なくなったのか、腹を抱え笑い出した。さらに楽しそうな由利を見て、憂もニコニコと嬉しそうだ。「はぁー…憂、面白すぎっ」由利はすごくご機嫌なようで、るんるんと歩いている。そんな由利に憂は斜め後ろからついていく。お嬢の身長に合わせるように、少し姿勢を低くして、とことことついていく。憂の前を歩く由利の腰まで伸びた黒髪がさらさらと揺れている。憂は愛おしそうにそれを目で追う。
「そういえばお嬢、用事ってなんですか?」思い出したように憂が聞く。由利も忘れていたのか、あ!そういえば、と憂の手を引いて組の事務所まで連れて行く。事務所の中では組員達が忙しそうに働いていた。お嬢に気付いた組員達は手を止め、挨拶をする。由利はにこにこと「おつかれさま!」と言う、その後ろで憂が組員を睨みつける。お嬢である由利は誰が見ても可愛い、本当に百合の花のような人だ。そんな由利に変な虫が着かないように憂は常日頃から由利にくっついて動いている。裏では由利の”番犬”と呼ばれている。以前、組員が由利に少し下心を出した時、それを目撃した憂に半殺しにされてから、だれも由利に近づかなくなった。ただ、たまに何も知らない新入りが由利に近づいてくる。それに、あまり由利の事を良く思わない組員もいる。そんな組員は冒頭の様に窓から投げ飛ばされるのだ。由利は事務所の中に居た若頭に駆け寄る。「ねぇ、あの土地ってどうなった?」若頭は一瞬びくっとして憂を見て、慎重に由利に答える。「は、はい、一応今度下見に行こうと準備してた所です。これ、資料です。ただ、、、。」由利は最後まで聞かず、その資料を受け取り、そのまま憂へ渡す。「私ね、この土地がほしくて、ただ、ほかの事務所も狙ってるみたいで」と、由利はうるうるとした目で憂を見つめる。心を射抜かれた憂は大きく胸を叩き「今すぐゲットしてきます!」と言って、走りだした。そんな憂を見て、由利はひらひらと手を振る「気をつけてね~」、若頭が慌てた様子で由利へ近寄る。「お嬢、あの土地は、あまり良い噂を聞かなくて」由利は若頭の方へ振り返り、うふふっと楽しそうに笑うと「うん、知ってるよ。でも憂なら大丈夫、相手が何であろうと絶対に手に入れてくれる。だって憂だもん」お嬢はまたご機嫌な様子で事務所を出て行った。取り残された若頭や組員は、誰よりも恐ろしいのはそんな憂の手綱を握っているお嬢なのかもしれないと思った。
「ここが、お嬢が言ってた土地か、なんか暗くてじめじめしてるし、ここから先は車で入れそうにないか。」近くに車を停められそうな場所があったので停めていると、自分以外にも人が居る事に気が付いた。老人に、自分よりもでかい女、それに探偵っぽい恰好をしたやつと、いかにも同業か、それっぽい職業についているであろう者。まるで、示し合わせたように出会った。どうやら皆、目的地は同じらしい。
3)
・つい目で追ってしまう
あぁ、彼女のことをつい目で追ってしまう。だめだと思っても、目が勝手に彼女をとらえている。逆に自分が捕らえられていると言ってもいいだろう。何も手につかない、仕事もそっちのけに見てしまう。頑張って目の前の事に集中しようとするが、気付いたときにはまた目で追っている。どうにかしないと。
・身体的な距離が近くなる
どきどきしている。今までは遠くから見ているだけだった。奇跡、そうこれはきっと人生で1度か2度訪れるかの奇跡だ。新学期に入り、席替えが開催され、奇跡が起きた。前回の席は一番後ろの窓際で、これ以上良い席になることは無いだろうと思っていたが、まさか好きなこと隣の席になるとは、身体的な距離が近くなることでまともに授業を受けることが出来そうにない。
・笑顔になれる
どれくらいの時間がたったのだろうか、人生25年、そんな人生の大半を彼女を思い続けて過ごしてきた。移ろい気味な彼女は常に不特定多数の人と交流していた。そんなふわふわしている彼女のことも大好きだったが、やっと僕の方を向いてくれた。これで、やっと、やっと笑顔になれる。あぁ、とても綺麗だよ。僕の眠り姫。
・うっとり見惚れる
いつから、こうしていたのだろう水槽に当たっていたおでこはひんやりと冷めきっていた。手のひらでおでこを温めながらまた彼女を見やる。ひらひらと、優雅に泳ぐ彼女にうっとり見惚れる。はぁ、と深いため息が出る。彼女と触れ合うには人間の体温は熱すぎる。氷水に手を浸し、感覚がなくなる頃に彼女をそっと撫でる。
・でれでれする
きっと夢を見ている。そうじゃないと、心が壊れそうになる。今が幸せ過ぎて、これから先の未来の事を考えると、どうも不安しかない。そんな不安に押しつぶされそうな時も、彼女からの視線に気づいてしまえば、でれでれとして不安なぞどこかへ飛んで行ってしまう。ただ、それ以外の時間は地獄のようだ。余計なことばかり考えてしまう。あぁ、幸せだ。
・胸が苦しくなる
あぁ、胸が苦しい、この苦しみはどれくらい続くのだろうか。終わりのない苦しみが視界を狭くさせる。もう、彼女の事しか見れない、彼女の一挙一動に目が奪われる。目を離すことができない、あぁどうすればこの苦しみから解放されるのだろうか。物理的にも痛い気がしてきた。胸をぎゅっと抑え込む、はぁ息がし辛い。
・目尻が下がる
これが幸せと言うものだろうか、以前までは孫がほしいと言っていたが、自分の子供がいないと孫は存在出来ないというのを受け止められず、ひたすらに孫を求めていた。そんな中、兄弟が結婚して子供を授かり、姪っ子ができた。どれどれと見てみると、かわいい!!目尻が下がる。目に入れても痛くないとはこういう事を言うのだろうか、あぁこれからこの子の成長が楽しみだ。
・なかなか眠れない
どうしよう、なかなか眠れない。これからの事を思うと脳が勝手に思考して止まらなくなる。どれだけ深呼吸をしようと、心臓は早鐘を打つのをやめない、どきどきと動き続けるせいで、この時間、午前4時、明日も仕事があるというのに眠れる気がしない。あぁ、とスマホを開き、無意味に動画を見たりして気を反らそうとするが、どうにも無理の様だ。
・緊張で顔がこわばる
とうとう今日だ。これから、告白するぞ。と、湧き出る手汗をズボンで拭う。例え、断られても明日からは長期休みに入るので、ダメージは少ないはずだ。ただ、新学期には少し気まずいかもしれないが、それはしょうがない。友人たちに押され、勢いで呼び出してしまった。人気のない、この場所、約束まであと3分、緊張で顔がこわばる。
・その人、ものに敏感になる
意識し始めたのは、彼から話しかけられた時からだ。それまでは、ただのクラスメイトだと思っていた。放課後の教室、残って日直の仕事をしていると、ガラガラと教室のドアが空いて、彼が入ってきた。私に気付いた彼はずんずんと近づいてきて「何してるの?」と話しかけてきた。手元を見て、察したのか私の席の前に座り、何か言うわけでもなく手伝ってくれた。無言でされる作業、ぱちぱちと紙を束ねるホッチキスの音だけが響いている。心地は、案外悪くない。
・じっとしていられない
ああ、もう!じっとしていられない、どうしようか。昨日寝ている時にふと、少し先の未来を夢で見る事が出来る事に気が付いた。ただ、その夢が本当の未来になるのだと謎の自信があった。そわそわと落ち着かない、スマホを開き、SNSを開く。どうしようかと、悩んだのち1つのチャットを送信する。「今日、放課後に話したいことがある。」
・駆け足になる
貧乏ゆすりが止まらない、バスが止まって、躓きながらもなんとか降りる。焦る心に比例して、駆け足になっていく、もう、もうちょっとで会える。新幹線の降り口、肩で息をしながら彼女の事を探す。彼女は丁度改札を抜け、出てきたところだった。目が合い、駆け寄る。「おかえりっ!」ぎゅっと抱きしめる。
・肌と肌が触れ合う
放課後、突然降り出した夕立、偶然に居合わせた小さいバス停、そんな広いとは言えない屋根の下で、肩を寄せ合うように雨が上がるのを待つ。雨音だけが空間を占めている。ざあと降る雨中に、触れている肩だけがやけに熱を持っている。お互い、相手の顔を見る事は出来ない。ただこの時間だけが永遠に続きますようにと、膝に置いた手に力が入る。
・体温が上がる
まるで風邪を引いたような錯覚さえ覚える。熱暴走でもしているのではと思うくらい身体が熱い。これは羞恥から来るものなのか、興奮から来るものなのか、もうわからない。どちらともという説もあるが、いろんな感情が混ざり混ざってよくわからなくなっている。ただ、すこしだけ彼から褒めてもらっただけ、とっても些細なこと、きっと彼からしたら日常なのだろうけども、自分にとっては歴史書に載るほどの大事件だ。
20250602 テーマ:紫陽花
1)
梅雨に咲く花の中でも好きなのは 誰もが分かる紫陽花の花
花の露全てを集めジュースに ゴクリと呑んで死に至る毒
雨に濡れ落ちる花弁を踏みつけて あぁ無常と嘆くばかりか
遠くから香る花の香雨に濡れ 心に残る強きさざ波
首を切り水に浮かべてゆらゆらと 揺れる紫陽花人間のエゴ
一つでは目立たぬただの花だけど 多く集まり咲けば主役
ピンク色あお色それとむらさきの 小さな花咲き乱れ香る
傘さして通りを一歩入ったら 道のわきには香る花道
気持ち落ち俯き歩く帰り道 視界に映る色とりどりか
埋めた後花の苗植え水をやる 綺麗に咲いた青い紫陽花
2)
朝、いつもよりも早い時間に目が覚めてしまった。時計を見るとまだ5時前で、太陽も眠そうにしている。窓を開くと涼しい風が入ってきた。近頃、春が終わり夏に向けて気温が上がってきていたが、朝はまだこれだけ涼しいのかと嬉しく思った。顔を洗って軽く着替えて家を出る。おっと、と傘を忘れていたことを思い出して傘を取り、改めて家を出る。朝まだきの頃、露の湿気が寝起きの乾燥した肌を潤してくれる。まだ多くの人々は眠りの中で、通りは早起きな車や少しの人が眠り眼で歩いている。そんな中、自分は目的地も作らずにひたすら歩いている。さぁとした空気を身に纏いながら、ゆっくりとした歩調で歩いている。いつもは回っているサインポールもまだ眠りについていて、朝露が静かに伝っている。ふっと香ばしい香りが漂っていることに気が付いた。先の方を見ると喫茶店がある。その喫茶店のドアが開き、一人のサラリーマンが出てきた。サラリーマンは店内の方を見ると軽く手を振って、からんからんと言う音と共にドアを閉めて朝霧の中に歩いて行った。これから仕事へ向かうのだろうか。サラリーマンは大変だなと心の中で「お疲れさま」と呟く。改めて喫茶店の方を見ると、そんな広くない店内にはまだらに人が居て、それぞれがそれぞれ自分の時間を過ごしている。とても良い雰囲気だな、近所にこういう喫茶店があったのか、サイフの中を確認して中に入る。よく通る声でマスターが「いらっしゃい、好きなお席へどうぞ」と促す。軽く店内を見渡してソファー席へ座る。テーブルの上には花瓶に入った紫陽花が飾られている。風情というやつか、これは常連になりそうだな。と心の中で独り言をする。マスターが席にまで水とメニューを持ってきてくれた。メニューのカバーは厚手の皮で出来ていて、とても触り心地が良い。中のメニュー表もシンプルで見やすい。マスターにコーヒーとサンドイッチを頼み、店内を怪しくない程度に見渡す。店内にはジャズが流れていて、照明も明るすぎず目に優しい光具合だ。他のお客さんも本を読んだり、勉強をしたり、各々好きな時間を過ごしているようだった。自分もスマホを取り出して読みかけの小説を読むことにした。何ページが進んだ後、コーヒーとサンドイッチが届いた。香ばしいコーヒーの香りが自分の周りを流れる。サンドイッチも綺麗に3画に切ってあり、たまごのサンドとハムやレタスが挟まったサンド、2種類も出てきた。コーヒーを口元に持ってきてむせない程度に匂いを嗅ぐ、温かく香ばしい香りが脳を目覚めさせる。ふーふーと何度か覚ました後、少しだけ飲んでみる。口内には、苦みの少ない、コクを持ったコーヒーが流れてくる。ふぅ、と息が漏れた。口から入って、食道を通り、胃に広がっていくのがわかる。サンドイッチに手を伸ばし、一口たべる。ふかふかのパンに、たまごとマヨネーズを合えたもの、すこしマスタードもはいっているだろうか、幸福感がすごい。ゆっくりと味わいながら食べ進める。あっという間に食べてしまう。そこにコーヒーをまた飲み、ふぅと息をつく。次はハムとレタスのサンド、ハムの塩味とレタスのシャキシャキ具合がとても良いコントラストを生み出している。そこにまたマヨネーズが合う、さっきとは違うこれはピクルスだろうか、細かくみじん切りにしてあるピクルスがマヨネーズと混ぜて挟んであり、サッパリと食べられる。朝に丁度良い、これらを選んで正解だったと自分を褒める。気付いたらサンドイッチがなくなってしまっていた。コーヒーを飲んで落ち着く。コーヒーも飲んでしまう、するとマスターがやってきてコーヒーのおかわりはされますか?と聞いてきた。どうやら無料で1杯おかわり出来るようだ。本当に最高の喫茶店だ。是非!と元気目に返事をして、おかわりのコーヒーを待つ。少しするとガラスのポットに入ったコーヒーを持ってきて、そっとカップに追加でくれた。ありがとうございますと礼を言うと、ニコッと軽く会釈をしてカウンターの中に戻っていった。スマートだ、自分もああいう歳の取り方をしたいと思った。白髪は綺麗に整えられていて、無駄な肉も無く、シャツの上にはきっちりとアイロンがかかったエプロンを着ている。また来ようと近い、会計をして店を出る。外では少しだけ雨が降っていた。傘を差さなくても良いくらいの雨、これくらいならと雨を浴びながら家に帰る。途中、道端に咲く紫陽花が雨を受け、色鮮やかに喜んでいた。さすがに摘むのは気が引けたので、スマホで写真を撮り、待ち受けにする。家に帰ってから、シャワーを浴びて今日の仕事の準備を始める。あの喫茶店で仕事するのも良さそうだ。と思いながらパソコンを開き、メールを確認する。クルクルとスクロールするが特にめぼしいものはない用だ。窓の外を見ると先程よりも強い雨が降っていた。そんな雨を見て、すでにまた喫茶店へ行きたいと思う自分が居た。
20250526 テーマ:睡眠障害
1)
あぁ寝れぬ何度も覚めるこの脳に どれほど強い思いがあれど
これいいよオススメされたハーブ入り ハブ酒を飲み瞬で寝入る
月隠れ狭間を行けば夢うつつ 隣の芝生青々茂り
貴方へと思う気持ちで夢霞 遠くの景色蜃気楼かな
目を閉じて思うあなたが現れて 寝かせてくれず睡眠不足
からからと廻る滑車の騒音 うつらうつらが消え去ってゆく
露知らずなんて思って深夜帯 あぁ今日もか恋多き人
昨日までただの友達だった人 今日から君は恋騒音
強気だと印象付け出来てても 内心はすぐいじけてしまう
コレクター何でも欲しいお年頃 夢の中なら何でもどうぞ
2)
「あー。あー。」
いくつかの発声の後、溜息が漏れる。時計を見るとすでに深夜3時頃。所謂丑三つ時と言われる時間だ。どうした、いつもならすでに眠っている時間だ。明日、実際には今日だが、普通に仕事はあるわけで、寝ないといけないってのは分かっている。寝たいのは本当だ。布団にだって12時前には入っているし、部屋も真っ暗だ。リラックス出来るように波の音も流している。部屋にあるスピーカーからは小さな音でざぁ、ざぁと波の音が聞こえている。どうしたものか、脳の覚醒具合でいうとお昼の3時頃だろうか、なぜ、なぜこんなにも眠ることが出来ないのか。脳の中ではとめどなく思考が流れている。下手したら溺れそうだ。何だったら、溺れてしまって気絶して眠った方がいいのではと思うくらいだ。原因はわかっているつもりだ。そう、きっと原因は昨日のあの出来事のせい。そのせいで自分はこうして苦しみ、眠ることが出来ずにいる。はぁ、とまた大きな溜息が漏れる。右に左にと寝返りを打つが、現状どうにかなるはずはなく、ただ軽く足をぶつけて物理的痛みが足されただけだった。そう広くもないベッドの上で布団を剥いで大の字になる。天井を見つめ、今自分が陥っているこの状況を改めて考えてみる。そうだな、まずこの濁流のように流れる思考、その源泉になる原因は仕事帰りに寄ったカフェだろうか。
いつものように、上司から明らかに定時には終わらないような量の仕事がフラれ、定時を軽く超え何とか終わった仕事投げるように上司の机に置き、重くなった身体を引きずるように帰宅している時だった。会社から家までは歩いて20分ほどあり、いつもなら途中にあるコンビニで弁当を買って帰るのだが、今日は自分のご褒美にとなにか外食をして帰ろうと思いながら、きょろきょろと何がいいかなと見渡しながら帰っていた。すると、ビルの中から男性二人が出てきた。出てきた方を見るとどうやら2階に続く階段があるらしく、道沿いに出てる黒板の看板には『”カフェ囲炉裏”ビル2階、食事もあります』と書いてあった。食事もあるのか、とスマホで調べてみるとすごく美味しそうな料理がたくさん出てきた。値段も思ったより高くなくてご褒美に食べるには丁度良さそうだ。と晩御飯はここで食べることにした。あと単純に空腹がもう限界だったのもある。階段を昇り、ドアを開けるとごはんのいい匂いが漂ってきた。小さくお腹が鳴る。奥の方からぱたぱたと女性が来て、こちらへどうぞと席に案内される。その席はカウンターの様になっていて、外の景色が見えるいい席だった。メニューと水を渡され、ごゆっくりどうぞとまた厨房の方へ戻っていった。メニューは手書きて書いてあり、温かみがあった。店内も多くはないがお客も入っていて、人の話す声も心地よく感じる。まるで家のように落ち着ける場所だ。メニューを見る。いろいろと名前からでも美味しそうな料理名が書いてある。想像を膨らませながら並べられたメニューから今日のご褒美を探す。その中に輝いて見える料理があった。”大人様ランチ”というものだ。これは、お子様ランチの大人バージョンという事だろうか。厨房の方を向くと店員と目が合い、またぱたぱたとこちらへ来た。にこやかにお決まりですか?と聞かれ、この大人様ランチとウーロン茶をお願いします。と注文し、また店員はぱたぱたと厨房へ戻っていった。さて、どのようなものが出てくるのか楽しみだ。窓から見える景色を眺めながらランチが届くのを待つ、何度かお腹が鳴ったのち、大人様ランチなるものが届いた。そういえば、ランチと付くものを夜に食べてもいいのだろうかと思ったが、そのおいしそうな香りにどうでもよい疑問はどこかへと飛んで行った。ワンプレートに和風ハンバーグ、ステーキそれからおおきなエビフライ!それに小鉢が2つと具だくさん豚汁、雑穀米だ。なんて贅沢なんだろうか、たまらずゴクリと喉がなる。手を合わせ、心の中でいただきますを言い、箸を持つ。その時、手元が滑り箸の片方が落ちてしまった。慌てて取ろうと椅子を降りようとすると、誰かがスッと箸を取って、店員さんへ渡し、わざわざ新しい箸を持ってきてくれた。急で「あ、ありがとうございます」と、どもりながらもお礼をする。その女性はとても綺麗な人で、肩下まで伸びた髪を一つ結びして、さらさらと靡かせていた。女性は困った顔をしていた、どうやら見つめすぎていたようだ。その事に気付いてまたお礼を言って席に戻る。ばくばくと早打つ心臓を誰にもバレない様に無心で大人様ランチを食べる。あれだけおいしそうだとおもったのに、味なんて何一つ覚えていない。頭の中にはあの女性の顔がいつまでもこびりついていて、離れようとしない。溜息をついて、肺に溜まった思いを吐き出さないと爆発してしまいそうだ。心ここにあらずで日常生活を進め、今こうしてベッドのなかであーやらうーやらと呻いているわけだ。一旦寝ることは諦めて、飲み物でも飲もうとキッチンへ向かった。適当に置いてあるコーヒーの粉が入った瓶を取り、洗って乾燥させていたマグカップへ適当に入れ、お湯を沸かす。お湯が沸くまでベランダに出て煙草を一吸いする。今にも雨が降りそうな暗闇に煙草の火がオレンジに光っている。ぽつんとそれだけが世界に浮かんでいる。その煙草の先を眺めながら、次はいつ行こうかと考える。というか、次行ったからといって本当に会えるかどうかもわからない。あちらも店員ではなくお客さんだったわけだし、自分と同様にたまたまその店に来ていただけなのかもしれない。そう考えると、もう次いつ会えるかもわからなくなってきた。あの時、出来るやつだったらきっと、自分みたいにただ突っ立って見惚れてるだけじゃなくて、連絡先の一つや二つでも交換していたのかもしれない。そう思うと自己嫌悪で全身の毛穴がぶわっと開く不快感のようなものを感じた。あちっと手に持っていた煙草の火が短くなっていることに気が付き、急いで灰皿変わりの空き缶へと入れる。もうひとつ大き目の溜息をつき、沸いたであろうお湯の様子を見に行く。丁度ケトルからカチッと音がして、沸けましたと合図があった。こぽこぽとコーヒーの粉を入れてあるマグカップへとお湯を注ぐ、いちいちスプーン混ぜるのも億劫なので、お湯でなんとなく混ざるようにしていれる。コーヒー入りのマグカップと、買いだめしてあるチョコチップクッキーをテーブルへ持っていく。コーヒーとクッキーをテーブルへ置き、腰を下ろす。充電してあったスマホを取ってSNSを開く、もうこんな時間だというのに大勢の人が居る。スクロールして巡回していると、ある投稿に目が行った。
”こんな時間に恋でもやもやしている貴方!そう、そこの貴方です!!ぜひ、このアプリをGETして、気になるあの子もGET!!”怪しさしかない、一応開いてみる。評価は★★★★☆が4つもついている。本当か?とレビューを見ると、アプリを初めて良かったというモノばかりだった。物は試しだと、一旦入れて見る事にした。インストール開始を押して、コーヒーやクッキーを摂取して待つ。数分して画面にアプリのアイコンが表示される。角が丸い四角で色はピンクと青のグラデーション、そこにハートのマークがあり、「koi」と書いてある。少し恥ずかしさもあるアイコンだが開いてみる。一時のロードの後、”
はじめる”が表示された。一瞬押すのをためらうが、勢いをつけて押してみる。するとこのアプリのキャラクターなのだろか、どこかで見たようなキャラクターがしゃべりだした。「はじめまして!まずはこのアプリをインストールしてくれてありがとう!それは最初は君の名前を教えてくれる?」やけにかわい子ぶった仕草のキャラクターが名前を聞いてくる。一旦は言う通り名前を入れてみる。どうやらニックネームでも良いらしいので、本名は気が引けたので名前から2つだけとって”かい”とだけ入れた。「”かい”って言うんだね!男の子かな?女の子かな?」性別を聞かれたので、男の子のマークを押す。「”かい”くんだね!よろしく!じゃあ早速このアプリの使い方を教えるね!」そういうとキャラクターが小さくなって右下あたりに移動した。画面にはこのアプリの使い方の説明がポップな感じで説明されていく。「まず、このアプリはどういう時に使うのか説明するね!恋多き君たちのもやもやを無くすためにこのアプリを使おう!まずは、気になる相手のことを教えてね!」名前は?性別は?年齢は?と色々と聞かれるが、性別が女性という事しかわからないことに気づき、絶望した。そういえば、自分は彼女の事を何も知らない。そしてまた頭を抱える。このアプリが要求してくる質問に答えられるものがあまりにも少ない。サクサクとしたクッキーが余計むなしさを覚えさせた。スマホを閉じ、間接照明でぼんやりと照らされた天井を眺める。どこまでも曇っている。このもやもやは今、どうすることも出来ないだろう。この場合、寝るのが最適解だと思うが、寝れないからこうしているわけで、またう~ん、と唸る。こんな眠れない、どうしようもない夜はどうしたら良いのだろうかとまたスマホを開き、インターネットで”眠れない_寝る方法”と検索をかける。とりあえず一番上に出てきたモノを読む。(1)焦りは禁物。と書いてある。そんなことを言われても一般社会人からしたら致命的である。仕事中に居眠りでもすれば上司から怒られるし、また仕事の量も増やされるかもしれない。(2)リラックスすることが大事。それは、言わずもがなわかっている事だ。わかっているが、こうして眠ることが出来なくて苦しんでいるのだろうが、と少し切れそうになる。が、なんとかその気持ちを押し殺して続きを読む。(3)室温を適温にしましょう。なるほど、寒すぎても暑すぎてもダメなのか、寒めに設定されていたクーラーを一度切ってみる事にした。うんうんと頷きながら次の項目を読む。(4)リラックスのツボを押す。なるほど、息を吐きながら頭のてっぺん付近のツボを押して、離して息を吸うというのをすればいいのか、目を瞑り、実践してみる。うーん、何か聞いている気がする。何度か押しては離してを繰り返してみる。そして次は(5)ベッドに仰向けになって脱力するのか、スマホを持ってベッドへ移動して、仰向けに横になり足を肩幅に開き、手を身体の横に広げる。ゆっくりと深呼吸をして、床に沈み込んでいくイメージをしてみる。うん、なんか良い感じだ。もう少しで眠ることが出来そうだ。(6)筋弛緩法でリラックス。図で説明してあったので、その通りにやってみる。5秒間身体に力を入れて、そして力を抜く。それらを何回か繰り返していく。手に力を入れてみたり、アキレス腱を伸ばすように力を入れてみたり、してみる。あぁ、なんか良い感じに身体が解れてきているように感じる。そして(7)腹式呼吸をしてみましょう。これはよく聞くやつだ。全部鼻で息をするのかと思っていたがどうやら口と鼻の両方で息をするようだ。改めて説明を読みながら複式呼吸をしてみる。まず、ゆっくりと鼻から息を吸う。そして、吸った倍の時間をかけて口からゆっくりと息を吐く。それを繰り返す。脳を空っぽにするつもりで、思考を吐く息に乗せるイメージで腹式呼吸を繰り返し行う。ふむふむ、それで次は?(8)それでも眠れないのならベッドから離れましょう。ん?身体を興奮させないように過ごしましょう。うんうん、それで結局はどうしようもないってこと?あぁ、、、と頭を抱える。未だはっきりと目覚めているこの脳はどうしたらいいのだろうか。結局は日頃から良い入眠を得るために日々、積み重ねをしないとだめだよ。と書いてある。そんな、そんなこと今言われたって、と先ほどよりも重く感じる目を手で抑える。結局はネットで探してもこんなもんかと絶望した。時計を見るともう5時になろうとしていた。これはもう諦めた方が良いのだろうか。というか見たネットでコーヒーを飲んだらダメだと書いてあったことを思い出して、また溜息が出る。またベッドから起き上がり冷蔵庫からコーラを取り出し、この眠れない夜に一人乾杯をした。しゅわしゅわとグラスの中で弾ける炭酸が自分とはあまりにも不釣り合いに感じ、苛立ちを感じ。眉間の皺が寄っているのがわかる。親指と中指で眉間の辺りをほぐすようにして揉む。目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。ただ、ネットで調べた行動をする前よりはリラックスは出来た気がする。気のせいかもしれないが、なんとか言い聞かせまたスマホを開く。このスマホを見るのもあまりよろしくないと聞くが、もうここまできたら今日と言う日は諦めよう、どうにでもなれだ。外を見ると空が白んできている。もうそんな時間か。この時期の日の出の速さにびっくりしながら、出勤までには早いこの時間なにをしようかと無意味にSNSを見る。ただ、ベッドに入っても眠れないというのにあくびばかり出る。なんで人間というのはこんなにも不便なのだろうか。すこしの生活の乱れ、心身の乱れがこうして不眠に繋がる。何と無しに白んだ外を見る。くぁっとあくびが出るが、今更寝れたとて、と思う。布団に入ろうかと思うが、起きれる気がしない、ここまできたらもう本気で諦めるしかない、なんなら少し豪華な朝食を作ったっていい、何かしら材料はあるだろう。いつもは食パンだけで済ませるが、スープをつけたっていい、何とかしてこの状況から動かないといけない、そう勝手に心が焦っている。一旦冷蔵庫を開けてみることにした。きゅいっとかわいい声を出して開いた一人暮らしようの冷蔵庫の中には、たまごが数個と半分に減ったウィンナー、それから野菜を食べないとと脳が勝手に買った大袋に入ったキャベツの千切り。うぅんと考えてキャベツ入りオムレツを作ることにした。それにウィンナーも添えて。たまごを2個とキャベツ、ウィンナー、ケチャップとスライスチーズを取り出して、キッチンに並べる。最近使ってなかったボウルを棚の置くから取り出してカシャカシャとたまごを割り入れ混ぜる。まぁ、オムレツにケチャップで合えたキャベツを入れるだけなので、料理過程は省略する。食パンも焼いて、すべてを皿に盛りつける。こんなにちゃんと朝ごはんを食べるのはいつぶりだろうか。手を合わせ、いただきますと言い早速オムレツを食べてみる。中に入れたキャベツとチーズが良い感じに溶けてとてもおいしそうに出来上がっている。軽くバターを塗ったパンを一口、さくっと小気味良い音がして、パンの焼けた香ばしい香りと共にふんわりと口の中で溶けていく。じんわりと心においしさが沁みて、つい涙が出そうになった。わけがわからないところで泣くまいとぐっとこらえる。なにか情緒が不安定になっている気がする。スマホを開き、適当に動画を再生する。動画の中ではヘルメットを被った人がアウトドアをしている。アウトドアか、基本インドアな自分とは縁がないと思っていたが、一人用のBBQセットとかならギリベランダでも出来るかも、と食事を進める。昔は両親に連れられてよくアウトドアに行っていたなと思い出した。あの頃は面倒くさいと思っていたが、今思うと良い思い出ばかりだし、両親も良く休日に準備も大変だろうに連れて行ってくれていたなと尊敬の気持ちが芽生えた。休みの日はただ、動画を見たりしてごろごろと過ごしているうちに時間が過ぎ、あっという間に次、目が覚めたら仕事と言う日ばかり過ごしている。本当にただただ自分の時間を消費しているだけ、周りの人だったらもっと有意義に過ごしているのだろうかと、また暗い気持ちになってきた。朝食を食べ終え、食器をシンクへ投げ入れ煙草を吸いにベランダに出る。そういえばあんまり太陽が昇った感じがしないと思ったら今日はどうやら雨らしい、ベランダに出るとさぁさぁと霧雨が降っていた。濡れないようにしつつ煙草に火をつけて深く深呼吸をする。吸った2倍の息を吐く。煙草の煙は霧雨の中へと溶けて消えて行った。自分のこのもやもやとした気持ちも雨に溶かされれば良いのに、と思った。鮮やかさを失ったオレンジがもっと焦燥感を感じさせてくる。最後、思い切り吸って空き缶へ吸い殻を捨てる。気が付くとそろそろ出勤してもいい時間になっていたので、朝支度を済ませ、燃えるゴミを持って家を出る。
ゴミ出しを終え、さぁ会社へ向かおうとマンションから出た瞬間、傘があまり前が見えてなかったせいか人とぶつかりそうになる。向こうも慌てた様子で謝ってきた。お互いぺこぺことして謝り、少しして目が合う。あ、昨日の、あ、ああ。と急に濁流のように思考が心に流れ込んでくる。ぐわっと、雨で下がっていた体温が上がった感覚がわかった。もう一度深く頭を下げて謝ると速足にその場を後にした。ああああ!びっくりした!!まさか、こんな家の近くで、しかも翌日にまた逢えるなんて思ってもみなかった!どきどきと大きく波打つ心臓を抑えながら、転ばないように職場へ足を進める。何か変じゃなかっただろうか、ね、寝癖などなかっただろうか、髭もちゃんと沿って、顔も綺麗にしているはず、きっとあの時、目が合った瞬間、間の抜けた顔をしていたであろう。また顔が赤く蒸気する。色んな感情が一気に込み上げてくるが、大きくまとめると”嬉しい”という気持ちである。さっきまでの憂鬱な気分が嘘のように、この雨の日が晴れであるように心さわやかである。今ならどんな犯罪でも許すことができそうだ!いや、それは違うな。まるで小学生の頃、同じクラスの女子に恋をした時と同じくらいの気持ちの高ぶりを感じている。純粋に人を好きなるというのはどれくらいぶりなのであろうか。今日、職場に行って、仕事に手がつくのだろうか。気が付かないうちに傘を持つ手が強く握られていたみたいで、指先が白くなっていた。最寄り駅に着き、落ち着くために駅構内にあるカフェに行く。今日はいつもより早めに出ているので時間にも余裕がある。ホットコーヒーを頼み、外が見えるカウンターへ座る。手をぐっぱぐっぱとしながら、血を巡らせる。火傷しないようにゆっくりと身体へコーヒーを流し込む。何口か飲むと、やっと落ち着いてきた。まるで嵐が過ぎたようだ。昨日から今日への気持ちの上がり下がりがすごいことになっている。眠れなかったのが嘘みたいに元気だし、恋という気持ちがこんなにも簡単に人の体調を左右させるのかと思った。そうか、久しぶりで忘れていた。これは、恋というのか、ここで自分が初めて、あの名前もしらない人に恋をしているのだと気が付いた。女子高生だったらここで黄色い声をあげながら顔を覆っているところだ。ただもう30手前の自分がやったところで変な目で見られるだけだろう。もうぬるくなったコーヒーを飲み干し、ダストボックスへと入れて会社へ向かう、これが浮き足だつ、というやつなのかもしれない。結果仕事はいつのまにか終わっていた。なにか上司が言ってた気がするが、覚えていない、たぶんいつものお説教だろう。あっという間に定時になり、上司がぶつぶつ言ってる横を笑顔で「おつかれさまで~す!」と通り抜けていく、その時も何か文句を言われた気がしたが、自分の耳には届いていなかった。帰り、またあのカフェに寄ってみることにした。昨日同じ席に通され、今日はミートソースパスタを注文する。人間、恋をしていてもお腹は空くらしく、店内に充満するおいしそうな匂いに腹の虫も泣き声を発するしかないようだ。料理が来るまでにスマホを見ていたら、席を一つ開けて隣に誰かが座る気配がした。ぱっとそちらを向くと、あの麗しの女性が座っていた。こちらの視線に気が付いたのか、にこっと笑いひらひらと手を振ってきた。こちらも降られるがまま、条件反射で手を降り返してしまった。こう、平静を装っているが内心大騒ぎである。昨日は折角の大人様ランチの味が分からなかったので再チャレンジしようと思って着ていたので、いや多少の下心はあった。もしかしたらまた逢えるかもと思ってはいた。うん。でも、まさか本当に逢えるとは思わなかった。あぁあ、、、嬉しい。ついにやけてしまいそうになる。内心が大暴れしていると、注文していたミートソースパスタが運ばれてきた。ミートソースパスタの上にはゴロゴロと大きなミートボールと綺麗に焼かれたナスが乗っていた。それをみて、すこし大きめな音でお腹が鳴る。はっとして彼女の方を見ると、パスタを見た後、自分を見て、口パクで「(お・い・し・そ・う)」と笑顔を向けてきた。この人はどれだけ自分を魅了すれば気が済むのだろうと、心臓がきゅうと苦しくなった。彼女は店員を呼び、自分のパスタを指さし、「あれと同じものを」と注文していた。注文を終えるとまた自分の方を向き、少しいたずらっぽくにこっと笑うと、鞄から文庫本を取り出し読み始めた。あぁ、好きだなぁ。と思いながら、例に漏れず、味を覚えきれない、それはおいしいであろうパスタを食べてしまう。ごちそうさまと軽く手を合わせ、ちらっと彼女の方を見る。彼女もパスタが届いていたのか、食べていた。その食べている姿もとっても綺麗だ。育ちが良いというのであろうか、自分とは住む世界が違うようだ。自分の視線に気が付いたのか、食事をする手を止めて、こちらをみてクスッと笑っている。どうしたのだろうと首を傾げると、指を自分の口元に向けて何かを教えようとしている。なんだろう、とテーブルにあったナプキンで口元を拭う。思った以上にソースが口に付いていたみたいだ。かっと顔が熱くなる。充分に拭いて、会計を済ませていると、後ろからぱたぱたと彼女が駆け寄ってきた。もう食べ終わったのだろうか、会計を済ませて邪魔にならないようにさっさとカフェを後にする。すると、カフェを出たところで彼女が声をかけてきた。「あ、あの!」驚いて転びそうになったが、なんとか踏みとどまって振り返る。自分に声をかけたのか心配であったが、どうやら当たっていたようだ。「今朝はごめんなさい、ちゃんと前を見てなくて」白いシャツにタイトスカートからスラっと伸びる手足が、このじめっとした季節とは思えないほど清涼感を放っている。綺麗にまとめられた髪はサラサラと雨の中でも靡いている。あぁ、やっぱり綺麗だ。「いや、こちらこそ」とぺこりと小さく頭を下げる。ふふっと彼女は笑うと、「家、同じ方向ですよね?途中まで一緒に帰りませんか?」と聞いてきた。一瞬、幻聴かと思って聞き返してしまった。彼女はまたにこっと笑って「途中まで一緒に帰りませんか?」と聞いてくれた。今日、死ぬのかもしれない。本気でそう思った。人生でこれだけ嬉しいことがあっただろうか、いやきっとない。逆に言うと、これまで無かった嬉しいことがここに、この瞬間に詰まっているのかもしれない。そう思った。「はっ、はいっ!!」と無駄に大きな声が出てしまった。彼女は少し驚いていたが、また笑顔で「じゃあ行きましょうか」と歩き出した。歩き出す頃には雨は止み、西日が彼女を包み、とても幻想的な光景だった。これはきっと夢なのだろう、きっとそうだ。何を話したのかなんて覚えていない、ちゃんと返事を出来ていたかも思い出せない。ただただ、幸せだったことだけはわかる。ただ、カフェから家までの数十分、彼女と自分のあの時間を何度も何度も脳内で反芻する。帰って荷物を放り出し、どかっとソファに倒れ込む。部屋は西日で溢れていた。鮮やかなオレンジが空間を包んでいる。もし、二度と彼女に会えないとしてもきっと今日のことは忘れないだろう。しかも、これが夢だとしても、彼女と連絡先を交換出来たということがまだ受け止め切れていない。なんで自分なんかと、と何度も思ったが、この奇跡を神に感謝するしかなかった。ソファで寝転びながら胸の前で手を組む。この幸せが逃げないように押さえつける。顔に力をいれてないとにやけてしまう。スマホを開き、SNSを開く、表示された彼女の名前が輝いて見える。そういえばと、迷走していた時に入れたアプリを開く。そこに今日知った彼女の名前を入れる。少しだけど、前に進めた気がした。どきどきと波打つこの心臓を、どうしたものかと、今日はシャワーで済ませるのではなく、お風呂を沸かすことにし、ゆっくりと湯舟に浸かりながら彼女を思う。一変した日常に不安と歓喜の気持ちが入り乱れる。ぱしゃぱしゃと、水面を叩く、ゆらゆらと揺れる水面を見ていると眠くなってきた。そうだ、今日眠れてなかったんだ。と思い出して、つい湯船で寝そうになるがなんとか這い出して寝巻に着替える。ただベッドに横になったものの、今日は昨日以上の胸の高鳴りで眠れそうにない。
20250519 テーマ:梅雨
1)
梅雨名草さらさら揺れる君の顔 ほんのりピンクへと染まり行く
さぁさぁと窓の外から流れるの 雨音鳴ると思うあの人
ぐらぐらと雲が降りてはぐらついて 支える頭手が足りないわ
この窓を開けてお願い叫ぶたび 打つ雨音にかき消されてく
今日だけ泣いてもいいよと微笑む 貴方の頬へつたうのは雨
止まないね止まないでねと願うのは 私の隣貴方が居るの
突然の降られた雨にありがとう 透ける上着と貴方の視線
ねぇ待って貴方の傘に入れてよと その一言が出てこないから
強がってこれ使えよと差し出され 耳まで染めて走り去る君
濡れるからそっと抱き寄せられた肩 触れ合う面を意識しちゃう
2)
何もないこの白い空間には窓が一つだけある。はめ込み式の窓の外では景色が見えないほどの雨が降り続けている。どれくらいこの景色を見続けているのだろうか、いつからこの空間に居るという事に気付いたのだろうか、それさえもわからないでいる。立方体の6面、窓がある壁が1つと何もない壁が3つ、それから天井と床、この空間には本当に何も存在しない。広さは一辺大体5mくらいだろうか。そんな空間でただ、ぼーっと窓の外に降る雨を眺めている。雨粒はピッと窓にあたり、スーーっと重力に逆らわずに落ち伝っていく。ピッ、スーー、ピッ、スーーと何度も繰り返している。途中で分岐したり、合流したりながらも一方向に向かって進んで行っている。立ち上がり窓に近づいてそっと指先で雨粒の跡をなぞる。窓ガラスからはひんやりとした冷たさが伝わってくる。手のひらをぺた、と窓に突ける。じわじわと手のひらの体温が奪われていくのがわかる。そして、窓の外で今も尚降り続ける雨の振動が伝わってくる。目を瞑り、その冷たさと振動に集中する。先程まで静かだった室内が嘘のように雨が五月蠅く感じた。ざあざあと降り続ける雨はまるで身体を流れる血液のようだった。目を開き、雨の先を見ようとするが、雨粒が重なり合っていて見えない。諦めて床に座り込む、するとコツンコココと部屋の中央に青いガラスの玉が落ちて来た。それはコロコロと転がり自分の方へ転がってくる。コロコロコロコッ、と足先に当たってとまった。足先に当たったそのガラス玉を手にとって見る。大きさは2cmないくらいだろうか、所謂ビー玉と呼ばれるやつか、ただ模様などはなくただの青いガラスだ。つるつるとした表面は触り心地が良く、綺麗だ。天井からぶら下がる一本のライトから射す光を透かして見る。明るすぎない昼白色の光がビー玉の中でキラキラと反射している。…あんな所にライトなんてあっただろうか、今まで気付かなかった。天井の中央からツッとライトが伸びている。伸びたコードの先には昼白色の電球に白い傘が被っている。ずっと居ましたよと言わんばかりにシンとしてそこに存在している。丁度目線の先にいるそれをツンツンと突いてみる。ふっと揺れるだけで特に変哲もないライトのようだ。考えても仕方ないと思い、手元のビー玉を改めて見てみる。うぅん、これもどこから現れたのかわからない、確かに最初は何もないただの四角い部屋だった気がするのだが、気付いたらこのキラキラと輝くビー玉に、天井からぶら下がるライトが増えている。ビー玉はとりあえず、ズボンの右ポケットに入れておくことにした。そして部屋の中を改めて見回す、実は気付いてないだけで何かあるのかもしれない、後ろで手を組みながら部屋を歩き回る。ふと、壁の一部に四角く薄いでっぱりがあることに気付く、ぐっと力を入れて押してみる。すると、かちゃと言ってそのでっぱりがへこんだ。何かのボタンだったのだろうか。またきょろきょろと部屋の中を見渡す、特になにか変化があるように思えない、連続してカチカチカチカチカチと押してみる、また部屋を見渡す、違和感を感じる。またカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチと押す、見渡す、壁が遠くなっている。よく見ると天井も高くなっている。部屋が大きくなってるんだ。それからは怖くなって押すのを止めた。また部屋をじっくりと見て回る。すー、と指先を壁に当てながら歩く。指先に何かあたってカチッと音がした。慌てて手を放したがどうやらまた別のボタンを押してしまったらしい、次はなんだと部屋を見渡す。何もないと思い、またボタンの方へ視線を戻すと、ボタンが増えている。ボタンにはそれぞれマークが描いてある。ボタンは3つある。机、椅子、コップのマーク。一旦コップのマークが描いてあるボタンを押してみる。すると部屋の中央の方からコトッと音が聞こえた。振り返ってみると、部屋の中央付近にガラスのコップに透明の液体が入った状態で置いてあった。どこから、と思ったが恐る恐る手に取ってみる。ぽちゃんと水面が揺れる。見た感じはただの水っぽいけど、と匂いを嗅いでみる。特に匂いもしない。少しだけ指先につけて舐めてみる。うん、ただの水だ。そう思うと急に喉が渇いてきたような気持ちになる。ごくごくとコップに入った水を半分ほど飲む、ちょうどよく冷えた水が口から喉、食道を通って胃に落ちていく感覚がわかる。視界の彩度があがったような気がして目を開けたり閉じたりする。ただ部屋は白いままなので、本当に彩度が上がったのかわからなかった。くぅうとお腹の音がなった。水を飲んだことで胃が動き始めたのか、お腹が減ってきた。残りの水を飲むが、それでも空腹は紛れなかった。どうしようかと考えていると、先程は3つだったボタンの横にもう一つボタンが増えている事に気が付いた。近づいて見てみると、キャンディのマークが描いてある。カチカチ、とつい2回押してしまった。するとまた部屋の中央の方からぽたぽたと何かが落ちる音がした。床には個包装された飴が一つと、クッキーが一つ落ちていた。近づいて2つとも拾い上げてみる。見た感じ普通の飴とクッキーだ。空腹なので、お腹が満たされそうなクッキーの包装を解いて食べられそうか見てみる。至って普通のクッキーだ。どうやらチョコチップとアーモンドが砕いたものが入っている。美味しそうだ。くぅ、とまたお腹がなった。恐る恐る一口食べてみる。サクッホロッと口の中にクッキーの味が広がってくる。おいしい!残りも口に入れて食べる。いきなり食べたせいかむせてしまった。コップの中にはもう水が残っていない、またコップのボタンを押す、出てきた水を飲む。咽ないように少しずつ飲んでなんとか落ち着いてきた。コップ2杯とクッキーを1枚食べてお腹も少し落ち着いてきた。窓の外に降る雨を見えるようにして座る。飴を袋から出して口に放り込む。コロコロと舌で味わう、レモン味だ。水でさっぱりした口の中にすっきりとしたレモンの味が広がってくる。口内の粘膜から脳や全身、糖分が広がり浸透していくのがわかる。目を閉じて飴と雨に集中する。まるで自分の口内にレモン味の雨が降り注いでいるようだ。身体の外皮が空気に溶け、空気中に揺蕩うような心地になってきた。雨で薄まったレモンの味がゆっくりとすべてに広がっていっている。座っている状態からゆっくりと上体を倒し、ごろんと横になる。天井からぶら下がるライトが少しだけまぶしかったのでまた目を閉じた。窓に当たる雨の振動が床を伝って三半規管にまで響いてくる。その心地よさについうとうとしてしまう、丁度現実と夢の境をふわふわと漂う感覚、雨の音と、自分の呼吸の音。世界はそれだけしかない、そんな何も無い世界が心地よいと感じる。そうだ、自分は日々残業に次ぐ残業、そんな毎日を過ごしていた会社員だった。性格的に頼まれたら断れない、それが嫌がらせや押し付けだったとしてもいい顔をして受け取ってしまう。そんな毎日にココロも身体も疲弊しきっていた。家に帰ってもシャワーと寝るだけ、食事もまともに摂れていなかった。唯一の休みである日曜日も疲労で1日寝て過ごしていた。そんなただ過ぎるだけの毎日だった。働いて、働いて、働いて、働いて、もうなんのために働いていたのかもわからなかった。ただ、仕事を受けた時の皮肉交じりの”ありがとう”という言葉だけが私を形成していたのだと思う。そこにいるようで無いものとして存在してきた、誰からみてもそんな存在だった、と思う。人から見た自分なんてきっとそんなもんだ、自分でさえそう思うのだから、実際はもっと酷いものなのだろう。思い出していたら気持ちが沈んできた。また雨の音に神経を澄ませる。口の中にいた飴はもう溶け切ってしまい、ほのかにレモンの露を残すばかりだ。ゆっくりと、ゆっくりと床に身体が沈んでいく感覚がする。とぷん、と沈みきって徐々に床が高く、遠くなっていく。音が消え、静かな空間に自分だけがある。あの部屋とは対照的な暗い空間、でも、なぜか落ち着く。暖かい感情に包まれているようだ。身体の芯、ココロから温かくなっているような気分だ。ふと、室内でごとごとと聞こえた気がして目を開ける。一瞬ライトが眩しかったが、すぐに慣れた。部屋の中を見渡すと、先ほどまでなかった一人用のソファが部屋の隅に置いてあった。近づいて見てみる。ソファに1冊の本が置いてあった。表紙にタイトルなどなく、ただのアイボリー色のカバーがつけてあるだけで、よく見る文庫サイズの本だ。ソファの方はふかふかとしてベロア素材で出来ている。色は深い青色をしていて、落ち着いた色をしている。何度かソファの表面を撫でたあと、ゆっくりと腰をおろしてみる。ふわっと、身体を包み込むように沈み込む。つい、ほうと息が漏れてしまった。先程まで硬い床に横になっていたので、久しぶりの柔らかさに身体が喜んでいる。薄く目を開きながら、置いてあった本をぺらぺらと捲る。内容は頭に入ってこないが、この紙が掠れる音がとても心地が良い。中身はどうやら短編集のようだ。あるタイトルに目が留まる。『外階段に君』というタイトルだ。なぜ惹かれたのかわからないが読んでみることにした。
ーこの日、天気はどしゃぶりで、校舎は全体的に暗く落ち込んでいた。クラスメイトや廊下から聞こえる声はどこか遠くに感じて、まるで自分だけ透明の壁を隔てているように思えた。そんな孤独から逃げる様に休み時間のチャイムが鳴ってすぐに教室を出た。こういう無性に何かから逃げたくなる時に向かうのは、校舎の外側にある階段だ。チャイムを聞いて教室から出てきた他生徒を避けながらも外階段へ向かう。外へつづく少し固く、重いドアを開けると急に静かになった。人の声がはるか遠くに聞こえ、ざあと降る雨の音だけがここちよく耳に入ってくる。早歩きしてばくばくと動く心臓の音も聞こえてきそうだ。私のお気に入りは3階と屋上の間にある踊り場だ。屋上は基本、入ってはいけないので誰も来ない。ひとりになりたい時はいつもここへ来る。友達にも教えていない。スカートのポケットからスマホとイヤホンを取り出す。今時ではあるが、イヤホンは有線のモノを使っている。以前、Bluetoothのモノを使っていたのだが、ひょいと道端にある側溝に落ちていったのだ。お気に入りだったので余計悲しんだ。それからは有線のモノを使うようにしている。イヤホンのジャックをスマホへ挿し、片耳だけイヤホンをして音楽アプリを開く。いくつかあるプレイリストをスススと見ていく。こんな日の気分にぴったりの曲はあるだろうか。雨の音を聞きながらスクロールしていく。切り取られた空間、すこし肌寒いくらいの気温は、カーディガンの温もりが丁度良い。イヤホンのコードをクルクルと指に絡めながら丁度良い曲を探し続ける。ふっと、目の前の踊り場に影が差した。目線をあげると、クラスメイトの西谷くんが立っていた。あちらもまさか人が居るとは思ってなかったみたいで驚いた顔をしている。すこし、間が開いて西谷くんが口を開いた。「えぇ、と僕もたまにここにくるんだ。その、あ、今日は遠慮しておくよ」そういうとさっとどこかへ行ってしまった。まさかあの西谷くんが来るとは思わずびっくりして何も言えなくなってしまった。西谷くんは所謂陽キャ、カースト上位と言われている人で、すごく、すごく女子からも男子からもモテている人だ。人が引き寄せられるというのか、魅力がある人というのだろうか。そんな、常に誰かに囲まれている彼が、一人でこんな人気が無いところにやってきたのだ。もちろん自分とは喋ったこともないし、接点もない。そんな彼が私に気付いて、申し訳なさそうにどこかへ行った。本来なら、自分がどこかへ行くべきなのだろうが、驚きすぎて身体や口が膠着していた。とっさに動くことが出来なかった。もしかして、同情でもされてしまったのか、こんなところで一人で居るのだから、そう思われてもしょうがないのかもしれない。はぁ、と溜息がでる。音楽を聞くことを諦めて雨の音に集中する。ポケットに入っていたラムネをガラガラと手に出して口に放り込む。ブドウ糖が溶け、脳へ伝っていく。あぁ、幸せだ。驚きでどきどきとしていた鼓動がゆっくりと落ち着いていく。そうしていると予鈴が鳴った。イヤホンとスマホをポケットにしまい込み、教室に戻る。クラスでは先程鉢合わせた西谷くんがクラスメイトに囲まれ、わいわいと騒いでいた。私は窓際の自分の席へ座り、バッグから読みかけていた本を取り出して開く、ふと西谷くんの方を見ると目が合ったような気がした。気のせいだろうと、また本に視線を戻す。1,2ページ進んだところで、ガラッと教室前方のドアが開き先生が入ってきた。気怠そうに「席に着け―」と言うと、皆自分の席へと戻り今日の日直が号令をかける。席へ座り、教科書やノート、筆箱を取り出す。窓の外を見ると依然として雨が降り続けていた。くぁと軽くあくびをして前を見る。黒板には今後いつ使うのかわからない知識が列挙されている。心地よい雨の音で眠らないように我慢しながらなんとか眠らないようにノートにぐるぐると丸やら三角やらの図形を描いていく。何か絵でも描ければいいのだろうけど、私にそんなセンスは皆無なのでこうして図形をよく描く。ノートを見るとあちらこちらによく見かける。たまに星もあったり、いかに授業に集中できていないか丸わかりだ。あまりにも暇なので、今日のお弁当に何が入ってるか予想することにした。定番だが、卵焼きしかも甘い卵焼きは入っているだろう、母親に甘い卵焼きが好きだと言ってからは毎日入っている。それから、昨日の晩御飯の残りであろう唐揚げも入っているだろうな、今日の弁当は大当たりだ。そんなことを考えていると4時限目が終わるチャイムが鳴った。慣れたように授業終わりの挨拶をして友達に今日はひとりでたべるねと伝え、弁当を持って外階段へ向かう。外階段へ行くと先約が居た。西谷くんだ、一瞬気まずく思ったが、ここで教室に戻った方が気まずい気がして、軽く会釈をしていつもの場所へ腰かける。
何段か下では西谷くんが菓子パンを食べながらイヤホンをして音楽を聴いている。そのおかげかあまり気まずく感じなかった。自分もスマホとイヤホンを出して、適当にプレイリストを流す。弁当を開けると予想通りに甘い卵焼きと唐揚げ、それからごぼうサラダ、私が好きなモノばかり入っていた。口パクでいただきます、と言って食べ始める。ごはん、おかず、と交互にバランスよく食べていく。イヤホンからは最近はやりのJ-POPの音楽が流れている。外階段から見える景色は灰色に霞んでいる。いつもなら見える奥にある校舎は見えなくなっている。ふと、前を向くと西谷くんと目が合った。一瞬お互いの動きが止まった後、西谷くんが先に口を開いた。「あのさ、今日は何も聞かずに居てくれてありがとう、お礼」そうすると、私の所まで階段を上がってきて、手にぽんっと2つ飴をくれた。「これ、最近嵌ってるレモンの飴。おいしいよ。」そういうと、さっとどこかへ行ってしまった。たぶん教室に帰って行ったのだろう、もらった飴はポケットにしまい込んで、弁当の残りをたべてしまう。ごちそうさまをして、弁当を片づける。まだ予鈴まで時間はあるので、ぼーっと落ちる雨を見る。思い出したように先程もらった飴をポケットから1つだけ出して口に放り込む。レモンのさわやかな味が弁当を食べたあとの口に広がっていく。カランコロンと口の中で飴を転がしながら、今日のことを思う。そういえば西谷くんはどうして、ここに居たんだろうか。やはり人気者でも一人になりたい時とかあるのだろうか、自分とは住む世界が違い過ぎて、想像できないが大変だなぁと思った。そんなことを考えていたらいつの間にか予鈴が鳴り出していた。慌てて空になった弁当を持ち、教室へ戻った。
あぁ、なぜ惹かれたのか分かった。これは私の過去に合った話だ。となると、と他のページもぱらぱらと見てみる。どうやら私のこれまでの人生での出来事が小説になって、本となっているようだ。はは、と乾いた笑いが出た。逆に言うとこれっぽっちか。私のこれまでの人生なんて文庫本1冊ほどの厚さしかない、悲しくなり、憤りを感じて本を投げ、ソファへと身体を沈み込ませる。泣くほどではないが、気持ちの悪さが心情を悪くしている。靄のかかった頭をどうにかしたくて、また壁にある、コップとキャンディのボタンをカチカチカチカチカチと押す。コトン、コトン、ポトポトポトと部屋の中央にコップが2つと個包装のお菓子が置かれる。ついでにと、机のボタンを押すとソファに合いそうな丁度良いサイドテーブルが出てきた。コップを一旦床に置きなおして、机をソファの横まで移動する。少し重かったが持てないほどではない。上面はステンドグラスのようになっていてとても綺麗だ。倒して割らないように慎重に運ぶ。丁度良い場所へ置き、コップとお菓子とを置く。うん、大分部屋らしくなってきた。最初は本当に窓だけのただの四角部屋だったのを考えるととても部屋らしく、生活感も出てきたように感じる。うんうんとひとり納得してまたソファへ腰かける。ぐっとコップ1杯の水を飲み干し、お菓子の中から飴をとり、包装を開ける。色は紫だから、ブドウ味とかだろうか。口に放り込みコロコロと味をみる。昔ながらのブドウ味がして安心する。少し落ち着いてきた所で、そういえばと気付く。自分はどうしてここに居るのだろうか、というかここはどこなのだろうかと。部屋を見渡す感じ、窓はあるが、ドアらしいものは見当たらない。もう一度手でなぞりながら壁を調べる。一応一周してみたが、ドアらしきものは無さそうだ。だとしたらどうやってここへ入ってきたのだろうか、窓ははめ込み式だ。もしかすると、私を入れた後にでも窓をはめ込んだのだろうか。あまりにも非効率的だし、現実的でもない。さて、どうしようかと考えているとどこからか、ガコンと音がした。少し大きな音だったので、ビクッと身体が跳ねる。きょろきょろ見渡すと、窓から丁度反対側の壁にドアが出来ていた。さっきまで無かったのに、そう思いながら恐る恐る近づいていく。ドアはシンプルで、白い開き戸だ。ドアノブは丸く、色は銀色だ。ゆっくりとドアノブを捻り、出来るだけ音を立てないようにドアを開いていく。一瞬、まぶしく感じ目を閉じてしまったが、何度か瞬きをすると慣れてきた。ドアの向こう側からは特に何かの気配はない。少しだけ開いた隙間から向こう側を覗き込んでみる。どうやら向こう側も白い空間が広がっているようだ。大き目の椅子が向こうを向いた状態でひとつだけ置いてある。そっと、足音にも気を付けてその空間へ入ってみる。何歩か入ったところでドアがひとりでにぱたんと閉まって、すーっと壁と同化して消えてしまった。慌ててドアがあった付近を触ってドアを探してみるが、もうどこかへ行ってしまったようだ。諦めて椅子のある方へ歩を進める。すると椅子がくるっとこちらへ向いた。その椅子には初老のおじいさんが座っていて、長いひげを撫ぜながら「待たせた」と言ってきた。ほれと老人が指を指すとそこに椅子がトンと現れた。老人は手に持った紙の束をペラペラと捲りながら、早く座れと促してくる。椅子に腰かけて、老人を見る。誰なのだろうか、知り合いでも無さそうだし、とじろじろと見ていることがバレたのか。ほっほと笑いながら、「わしも忙しい身でな、いやぁ待たせて悪かった。」とまた指をひゅんと動かした。すると自分の座っている椅子の横に先程、最初の白い空間で出てきたサイドテーブルと同じものが出てきた。コップとお菓子もそのままだ。紙の束を見るのにまだ時間がかかりそうだったので、水を飲んだり、お菓子を食べて待つこと5分。ようやく読み終わったのか、老人は視線をこちらへ向けてきた。「さてさて、君は今、どういう状況になっているか理解出来ているかね?」そう言われ、気付いてしまった。もしかしたら気付いていたのかもしれないが、気付かないふりをしていたのかも知れない。「え、えっと、死んで、しまいました。」そうだ、私は仕事帰り、過労で倒れ、運悪くそこへ丁度トラックが走ってきて確実に死んだ。そう、死んだのだ。老人はうんうんと頷くと「よしよし、それがわかっているのなら話が早いな、軽く説明すると」と老人が言うには、先程の部屋は死んだあと、すぐに天国や地獄に行くわけではなく、ひとりひとり、魂をこれからどこへ送るか決める必要があるようで、時間がかかる。なので、あのような部屋を用意して暇を潰してもらうようにしているようだ。なるほど、となぞに納得する。それでこれからこの老人と話をしてこれから魂をどこへ送るか決めるらしい。はぁ、と間の抜けた返事をしてしまった。老人はまたほっほと笑うとそれじゃあと手を前に出して人差し指を立ててこう続けた。「まず、選択肢1つ目、また地球界へ行く。これ死ぬ前と同じような人生を送ることになっている。君は地球界ではそういう存在として定位置が決められている。そして2つ目は魂を消す。うん、これはそのままの意味だね。そして3つ目は異世界へ行く。これはオススメだね。今の記憶はそのままに異世界に行くんだけど、今一番人気だよ。そして最後がこのままこの白い部屋に残る。かな。たまにいるんだけどね、外界が怖いってことでここから出たがらない魂。でも部屋を使いこなせば結構住み心地はいいし、これもおすすめかな。どれだけ悩んでもいいからね、ほれ追加でジュースとお菓子もあげよう。」そういうと老人はまたひゅいっと指を動かす、そうすると先程飲んで空になったグラスにしゅわしゅわとジュースが注がれ、盆に盛られた色とりどりのお菓子が出てきた。老人はまたうんうんと勝手に頷くとポンと手元に本を出してそれを読み始めてしまった。一旦状況を整理する為に目を閉じ、思考に集中する。まず1つ目のチキュウカイと言われるモノはいやだ、あと魂が消えてしまうってのも怖い、だとしたら異世界かこの場に留まるかになる。もし、異世界に行ったとしてもまた同じような人生を歩んでしまうかもしれない、以前読んだことあるようなチート能力とやらが手に入るのなら話は違ってくるかもしれないが、うーんうーんと悩んでいると老人がそうそうと口を開いた。「異世界は魔法が存在する所で、君たちが言う所謂チート能力とやらも授けることが出来るぞ。」老人はにやっと笑った。ただ、そういわれても、と腕を組み、頭を傾ける。今まで使ったことない魔法やチート能力が使えたところで上手く生きているのか、それさえもわからない。老人は悩め悩めと笑ってる。悪趣味ではないだろうか、人が悩んでいるところを見て笑うのはあまり良い趣味とは言えない。冷めたような目で見ていたのが分かったのか、すまんすまんというとまた本を読み始めた。はぁと溜息が漏れる。「その、もし異世界に行くことにしたらやっぱり世界を救ったりしないといけないんですか?」疑問を老人にぶつける。老人はまたほっほと笑うと、「そういうことはそうそう無い、異世界に行ったとしても自分の好きなように過ごしなさい。良いことをしてもいいし、悪いことをしても良い。自分の生きたいように生きるのだ。」うぅん、それはとても魅力的だ。異世界行きへと心が揺れる。だとしたらやはりチート能力か、今までそういう話とは無縁だったので想像が出来ない。老人がほれ、と紙の束を渡してきた。そこには今まで来た魂たちがどのようなチート能力を貰ったかが書かれていた。へぇ、こんなのがあるのかと眺める。所謂、勇者が使いそうな能力から魔王が使いそうな能力まで多種多様な能力。色んな魂があるんだな。と改めて思った。自分は何がしたいのか改めて考えてみる。いままでの人生、私は誰にも嫌われないように生きてきた。ただ、その結果、見れたもんじゃない人生になってしまった。行動の結果なんて、人次第で変わってしまうのだと分かってしまった。いかに自分が取り繕うとも意味がないのだ。だったらもう、自分の好きなように生きた方がいいのではないだろうか。そうだ。次の人生は好きに生きよう。たとえそれが誰かの人生を貶めるものだとしても知ったことではない。好きに生きるのだ。自分だけが自分を幸せに出来る。紙の束を持ち、老人に近づき、紙の束を返す。一回大きく深呼吸をして、決意を固める。「私は、異世界へ行く」
202505012 テーマ:乾燥
今回から、短歌10首。文章1万字。
1)
寂しいが他人への思い壁越しに 潤わないし満たされない
この壁を破壊しようよ叩いても ヒビはひとつも付きやしない
どれくらい経っただろうか薄れゆく 記憶の中には何もかもない
この思い伝える前に乾き切る 戻れないほどここまで来てた
風に乗せ強く思えば思うほど 後ろ後ろに飛ばされるとき
ひび割れて谷が深くへ落ちるほど 戻らぬ傷に恋して落ちる
カサカサと乾いたこの手潤わせ 余りあるから貴方へあげる
貴方とはやっていけないもう二度と 私の前には現れないで
強がりといくら何度も言われても 恋の終わりは私が決めるの
貴方の手乾燥してる所をね 見たことないよ今日も一人
2)
さがさがと乾燥した手の甲を爪で優しく撫でる。いつぐらいからだろうか、この手に残る乾燥しきった皮膚が治らなくなったのは、これだけ乾燥している理由は分かっている。過剰な手洗いのせいだ。そのせいで手にある油分が無くなっているのだ。そのせいで、治りが遅くなり、痒みが発生し、またかいては傷を深くしている。わかってはいるのだが、気付いたときにはかいているのだ。自分でも止められない。ただ、悪い事ということはわかっているので、誰も見ていないような時に、場所で傷を増やす。これはある意味自傷行為と言ってもいいだろう。治りかけることもあるが、他の皮膚に比べ、赤くここだと主張している。いつまでも消えないこの傷跡は誰の目にも留まるようで、心配そうにそれ痛くないの?と指摘される。その度に、ああと思いながら大丈夫と答えるのだった。何度も繰り返してきたこの問答、答える度に自分は弱い人間だと思ってしまう。何度も止めようと思ったが、寝ている間に搔いていたり、お酒が飲んで痒くて我慢できずに掻いてしまっていたり、そうして何度も治るチャンスを失ってきた。薬を塗ってぬらぬらと光るその傷跡を何度後悔しながら眺めてきたか。小さく誰にもバレないように溜息を吐きながらまた薬を塗る。ハンドクリーム程度では間に合わないこの傷は、乾燥している時期になると余計悪化する。ぴきぴきと音を立てて割れるその間からは血が滲む。手を洗うたびに沁みるし、一か所、二か所と増えていく。そんな傷を見て、あぁまたこれが治りきる前に次の傷が出来るのだろうと、すこし大き目の溜息が出る。人間というのは一時的な快楽に溺れやすいと聞く、心身的に健康ではない状態が続くと、目の前の刺激にすぐ飛びついてしまうようだ。そのせいか知らないが、今日もまた飽きもせず傷を広げていくのだ。出来るだけその痒みを忘れるように、ぺらぺらと目の前の本に夢中なる。絶滅した動物を紹介している本だ。なぜ、絶滅したのか、絶滅させられたのか。大体は、環境が変わったにも関わらずに、自分を貫き通した末に絶滅したり、過剰に進化してしまったり、ハタマタ自分よりも優れたモノに住処や餌、場所を奪われ絶滅していった。こうしてこの本を読んでいるとまるで人間社会のようで、少し笑えてしまった。いろんな動物や生物を見ていく中で、自分に一番近いのは何だろうかと思った時、後先の事を考えずに猪突猛進な感じ、ダイアオオカミのようだなと思った。目の前に獲物が居て、その獲物が沼に嵌っているのさえ気付かないで飛び込んで行ってしまう。そんな間抜けなダイアオオカミのようだと思った。一度、立ち止まってから考える事がどれだけ大事か、これは私の日常でもよく見られる。未来、困るのは私なのだが、その時の自分の気持ちをどうしても優先してしまうのだ。あの時こうしていれば良かった。と、何度思ったことだろうか。今更後悔しても遅いが、きっと将来も同じ悩みで唸っているのだろう。その未来が私には見える。ぱたん、と本を閉じて氷で冷え切ったルイボスティーを飲む、その時小さくなった氷も1粒ころんと口に入れ、ばりぼりと口内で砕く。いつからだったか、以前友人がファーストフード店で購入したドリンクの氷をがりがりと食べていて、なんで食べているのかわからなかった。鉄分が不足していると氷を食べたくなるらしいのだが、どうだろうか、いつの間にか私も氷を食べるようになっていた。私も鉄分が不足するようになってしまったのか、否!ばりぼりと噛むその食感が癖になっているのだ。栄養はどうしても偏ってしまうが、それでも鉄分はそれほど不足しているとは思っていない。血液検査の時も指摘されたことはない。なので単純に食感が好きなのだと思う。ただ、自分は知覚過敏でもあるので、下手な歯で噛むとキンッと響いて泣きそうになってしまう。細心の注意が必要になってくる。さて、この間に私はまた手を洗いに行ってしまった。折角ぬった薬もその石鹸と水によって流されていってしまったようだ。そしてまた、左手の手の甲、突き出した指の骨上の皮膚に薬を塗布する。こうして手を洗う度にちゃんと薬を塗れば治りは早いのだろうが、性格上どうしても面倒臭がってしまう。また照明に反射してぬらぬらと光る手が、薄いキーボードの上で右へいったり左へ行ったりとする。私は、どうしもて一つの事に集中するという事が出来ない。一番ひどい時は、小説を読みながら、携帯でゲームをして、はみがきをしていた。あまりにもマルチタスクが過ぎる。不可逆の時間の中、如何にして効率よく動けるか、そればかり考えている。いや、それはどうか?思い返してみても、あまりにも自分に甘すぎる。でも自分を一番甘やかせることが出来るのは自分しかいない、しかしその結果がこの様である。自分の中にはいくつもの人格があり、その中に全て許してしまう、菩薩のような自分がいる。全肯定の自分がいる。○○しちゃった、でもそういう自分も良いよね!といった具合だ。あまりにも優しすぎる。こうして考え事をしている間にもまた、伸びた爪でぼりぼりと肌に傷をつけてしまっている。布やなにかが当たると痒いのだろうと、このなで肩に上着を羽織る。脱げばいいのだろうが、土地柄どうしても湿気が多くなるので、エアコンを点け、除湿をかけている。ただ、除湿という機能はなぜこうも寒くなるのか、このナゾは未来永劫わかることはないだろう。ただでさえ、乾燥肌なのにさらに除湿?という感じがするが、肌がぺたぺたとしているのがとっても嫌なのだ。多少寒いくらいだったら上着を羽織ればいいので我慢できる。今もそうしているように。ただ、最近朝起きた時に寒くて布団から出られないのが少し問題だ。一応二度寝できるように早めにアラームは設定しているが、出来れば早起きはしておきたい。ただ、夢を見ることは好きなのだ。嫌な夢ならその時に起きればいいが、良い夢の時は永遠にでも寝ててしまいたいくらいだ。この前、通っている病院の理事長とお酒の話になった。理事長がハブ酒がすごく良いと勧めてきた。どうやら13種類のハーブが入っているようで、それが睡眠にとっても良いということらしい、寝る前に飲むと翌朝まで夢も見ないでぐっすり眠ることが出来るようだ。ただ、それを聞いて、夢を見ないのは嫌だなぁ、と思った。私は毎日夢をみるのだが、どうやら他の人は毎日夢を見ることはないようだ。これにはびっくりした。確かに睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があって、浅い睡眠の時、まだ脳が起きていて情報を整理している時に夢を見る。と聞いた事がある、これを聞いて、普通の人は夢を見ずにいつ脳の情報を整理しているのだろうか、と思った。もしかして夢を覚えてないくらいの短い夢だったら、それを夢と認識する前に深い睡眠に入るので、夢を見ていないことになるのだろうか。と色々と考えてしまった。少ししてから、注文していたそのハブのハーブ酒が届いた。早速飲もうと思ったが、病院に行った日は血液が綺麗になっているので、酔いが悪いほうに回りやすくなっているため、次の日友人が泊まりに来ているときに一緒に飲んだ。味は悪くなかったが、あまりにも酒が強かった。裏の商品説明の所には”泡盛”と書いてあった。そりゃ強いわけだ。とその日は入眠したのだが、実際飲んでみて、特に変わった感じはしなかった。まぁいつも通りといった具合だ。そんなこんなで、先生への感想をどうしようかと、こういう時変に気を使って嘘をつくのは良くないので、あんまり変わらなかったとそのまま伝えた。それでも推して来ているので、今週は頑張って寝る前に飲んでみようと思う。こうしている間にまた、私は手を洗っている。トイレへ行ったし、身体が冷えてきているので温かいコーヒーも入れた。一応コーヒーメーカーもあるのだが、未だに機械臭がとれずにいるので、何度も何度もお湯を作っている。それでもまだ匂いがとれないので、どうしようかと、結局はいつものブレンディスティックに落ち着いているのだ。熱くて全然まだ飲めてないけど、部屋に広がるコーヒーの匂いがまた良い。自分でも結構匂いフェチだと思うが、梅雨の次くらいにコーヒーの香りは好きだ。5本の指に入るくらいだ。好きな匂いは何だろうか、まず梅雨のあのアスファルトと雨が混ざった匂い、コーヒーの香ばしい香り、猫やハムスターの埃っぽい匂い、シャンプーやリンスの香り、みかんやレモンの柑橘系の香り、あぁあとマルボロのアイスブラストの匂い、煙草でも特に好きかもしれない、香水がほしいくらいだ。自分でどうにか作れないかと思ったが、やはり難しい。煙草は身体に悪いし、中毒性もあるので、頻繁に吸うわけにもいかない。友人や彼氏が吸っていればその匂いを享受出来るが、残念ながら周りにそんな人はいない。難儀なものだ。こうして匂いの想像をしていたら、また嗅ぎたくなってしまった。身近にある程度の距離感を許してくれる人がいればいいのに、としょんぼりとしてしまった。以前、小説を書く時に主人公が煙草を吸っている設定にしたので、自分でも1箱ほど吸ってみたが、流石に肺にまでは入れなかったが、普通に美味しいと感じてしまった。あのスースーする感じが良いのと、あと火を点け吸うと行った行為がなにか儀式めいていて、どこか特別感があったのだ。そんな小説も3か月で書ききってしまったので、吸う機会がなくなってしまった。いや、普通に吸えばいいのだろうが、やはり身体に悪いことをするのである程度の言い訳がほしくある。そういうことなので、あれから2か月間吸っていない、元々多くて1日に1本とかだったので全然中毒症状などは出なかったのだが、香りの方は中毒性があった。あの香りを嗅ぎたいがために吸うのはダメだ。それだと、毎日のように吸ってしまうことになりそうだ。それは避けないといけない、のでいかに自分が納得できる言い訳を探すかという事になる。何かのご褒美や、とっても悲しい事があった時にでも吸う事にしよう、それとも次の小説の主人公も煙草を吸うようにすれば良いのだろうか。それはいいアイデアなのかもしれない。さて、そろそろ現実から逃避を始めよう。この乾燥した世界から逃避をしよう。そうだな、どこが良いだろうか、適度な湿度がほしい、そういう異世界に跳ぶことにしよう。
ここは、『アルストロ』水の国、水上に浮かぶ都市である。都市は水や木々で溢れ、さらさらと心地の良い風が吹いている。そんな国に住む私はアルストロ学園の生徒の一人である。読書が好きで、とても大きな図書館で毎日のように本にかじりついている。そんな私は今日もまた、授業の終わりを告げる鐘の音と同時に図書館へ急ぐ。今日は以前から楽しみにしていた小説が届く日なのである。図書館の司書さんには事前に取っておいて言ってあるので、本当はそんなに急がなくても良いのだが、楽しみすぎて勝手に足が前に進んでいってしまう。そうこう考えていたら図書館へと到着した。重い扉をゆっくりと体重をかけて開く。ぎぃいと重い音がして扉が開く。正面の壁には天井近くまであるステンドグラスがある。そのステンドグラスが太陽に当てられ、キラキラと虹色の光を図書館を照らしている。そのステンドグラスの一番下、そこに図書館のカウンターがある。左右の本棚には見向きもせずに一直線に駆け寄っていく。「こらこら、図書館では静かにしてください」そう微笑みながら司書さんは手元の棚から約束していた本を出してくれた。貸し出しますか?と聞かれたので、ここで読んでいきます!と答えた。思ったよりも大きな声が出てしまって、また司書さんからシーと口に人差し指を立て注意されてしまった。小声でごめんなさいと言うと本を借り、お気に入りの場所まで急いだ。そのお気に入りの場所は、最近見つけた場所で図書館で何か面白い本が無いか探していた時に見つけた場所で、結構入り組んだ先にあった。その隠された場所はまるで個室みたいになっていて、3方を本棚に囲まれていて、そのうち一つの本棚に扉がついていて、その扉を開けて中に入ると、大きな窓と、ガラスで出来たテーブル、そしてふかふかのソファがあった。まるで誰かの特等席のようで、そこを知ってからは毎回そこに通っていた。その大きな窓からは中庭の庭園が見えていて、季節によって色とりどりの花や水が楽しめた。そして、なんといつも読み耽ってしまうのだが、閉館の時間になると、コンコンと小鳥が窓をたたきに来てくれるのだ!アラーム付きとかとても素晴らしいと、今日もまたそこへ向かっている。そこへ行くには、コツがいつのだ。ただまっすぐ行こうとしても着くことは出来ない。なので、最初は発見した時と同じように行ってなんとか到着できたのだが、何度か試行錯誤しているとある法則を見つけた。何冊かの決められた本を触るとそこへの道が開けるのだ。それからはぱっぱっと触って扉を開けて、さっさとその秘密基地へと入っていった。だれの邪魔もないこの自分だけの秘密基地に今日は来訪者が居た。その来訪者は私のお気に入りのソファに深く腰を落とし、本を読んでいた。私に気づいてこちらをじっと見て「誰だ」と偉そうな口調で問いかけてきた。予想もしていなかった先客に「あ、あ、えっと。」と、言葉にならない返答をしてしまう。来訪者は溜息を吐くと、読んでいた本を閉じて、改めて問いかけてきた。「どうやって、ここに入ってきた」何か悪いことをして咎められているような雰囲気で問われ、また言葉にならない返答をしてしまう。すると来訪者は溜息をついて、さっと手を振った。そうすると、さっきまで一人用の部屋だったのに、ぐんと部屋が広がり、しゅるんと来訪者とテーブルを挟んだ反対側にソファと、テーブルの上にはティーセットが出てきた。ソファを指差し「座れ」と言われ、言われたままにソファに腰掛ける。いつもとは一変した自分の秘密基地の空気に息が詰まる。来訪者は湯気立つティーポットから二人分の紅茶を注ぎ、私の前にと、自分にと置いて「飲め」と目で伝えて来る。ティーカップを手に取り、口元に持っていく、ふわっとダージリンの良いにおいが鼻に広がった。ゆっくりと口の中にダージリンを注ぐ。丁度良い温度だ。何度か口に運んでいると大分落ち着いてきた。そんな私を見て「それで、どうやってここまできた」ともう一度問いかけられた。落ち着いてもう一度その来訪者を見てみる。恰好は、制服じゃないし、教師の恰好でも司書の恰好でもない。かといって見たことも無いような恰好だ。髪は白髪でソファにまで垂れている。目は透き通るほどの青色をしている。ソファに座っていてはいるが身長もすごく高そうだ。長い足は組んでいる。先ほど注いだ紅茶を飲みながらこちらを値踏みするように視線を向けてきて、返答を待っている。「えっと、以前たまたまここを見つけて」そう答えると、はっと鼻で笑って、たまたまね、と呟き、また紅茶を飲んだ。テーブルへカップを置き、何か考えたあと、なにかを決めたように頷いて「たまたまならしょうがない、そういう偶然もあるだろう。これからもここを使うといい。」何か満足げに笑うと読んでいた本を壁の本棚へ入れ、私もたまに来るが気にするな。とだけ言ってどこかへ行ってしまった。、、、どっと緊張が切れ、ソファに深く沈み込む。「えぇぇぇ?」と変な声が出る。未だに状況が掴めずにいる。というか、さっきの人?はだれだったのだろうか、というか人なのだろうか、あまりにも綺麗すぎたのだ。人間離れしているというか、神様と言われても信じてしまうほどの綺麗さだった。そして、魔法、魔法も杖も無しで発動していた。というか、何もないところから物を出現、生成するのもすごい事だ。学校の先生でさえ、出来る人は限られている。まず、この国に数人いるかどうかだ。そこでふと気が付いて部屋から出てある本を探した。この部屋に来るために触らなくてはいけない本、そのうちの1冊。建国に関する本。ぺらぺらとページを捲っていく。あるページで目が留まった。この国の成り立ち、どうやってこの”アルストロ”が出来たか、ある海に一匹の龍が住んでいた。その龍が人間と恋に落ち、海に沈む土地を持ち上げ、この水上都市を作った。その龍の特徴が一致していたのだ。白のたてがみ、透き通るほどの青い瞳。本をぱたんと閉じて、まさかね。と呟き秘密基地に戻る。部屋に戻ったらまたいつものように戻っていると思ったら、先ほどのまんまだった。白昼夢じゃないのか、と思いながら先ほど作ってもらったソファに腰掛けて、窓の外、庭園を眺める。木々がさらさらと風に当てられ揺れている。テーブルの上を見ると先ほどのティーセットは無くなっていて、今日読もうと思っていた本が置いてあった。そうだった、私はこの本を読むためにここに来たんだった。と思い出して、ココロを落ち着けるためにも表紙を捲る。そこには一枚の紙が挟まっていた。金色の文字で書かれたその内容は”また、遊びに来る。”とだけ書かれていた。それをみて、そっと本を閉じる。夢じゃなかったのか、というかまた来るのか。と自分だけの基地じゃなくなった事に悲しみを覚えたが、また別のなにか大きな存在に目をつけられたかもしれないという事にどうしようと不安をなった。この気持ちのままじゃこの本を楽しめないと思い、今日はこの本を読むのは諦めて帰ることにした。司書さんからは「もう帰るの?」と聞かれたが、笑顔でごまかして本を貸し出してもらい帰路に着いた。帰ってそのまま部屋へ行き、ベッドに倒れ込む。ぽよんよんとベッドの跳ね返りを感じながら目を閉じ、今日の出来事を思い出す。というか思い出しても、特に新しい事を思いつくわけではないので諦めて宿題をすることにした。次の日、また図書館へ行きいつもの場所へ足を運ぶ。今日もまた居たらどうしようと思いながら扉を開くが、そこには誰も居なかった。ふぅ、と安心して息が漏れる。昨日借りた本をカバンから取り出し、ソファに腰掛けて読み始める。小説の内容は良くあるミステリー系のものだが、この作家が書くミステリーはとても面白いと思う。そしてまた気づかないうちに時間が経っていたようで、コツコツと叩く音がしてハッと顔を上げる。びくっと身体が跳ねた。そりゃもう3mは飛んだと言っても過言ではない。目の前のソファには先日の来訪者が座っていて、ガラスのテーブルを指先でコツコツと叩いていたのだ。「あふぇっ!!?」と変な声が出る。目の前の来訪者は優雅に紅茶を飲みながらいたずらが成功した子供のように愉快そうに笑っている。そんな姿に少しイラっとして、「それで貴方は誰なんですか?」と聞いた。まだ余韻が残っているのか、思い出し笑いか、ふふっと笑いながら、つぃと指先を動かして壁の本棚から本を1冊、テーブルに置き、またつぃと横に指を振る。すると本がパラララララと捲れていく、あるページで止まる。するとそこにある、絵が動き出し、本から飛び出し目の前を優雅に飛び回る。「、、、龍?」来訪者は一生分笑ったと言った感じでにこにことしながら、ふーと息を吐き「そうだ。この国を創った龍。アルストロだ。」そう言われて納得が出来るほどの存在感ではあったが、あまりにも現実ばなれ過ぎて頭が追いつかなかった。口からは「え」と言う言葉しか漏れ出てこない。目の前の自分が龍であると名乗る来訪者はにやにやと笑いながら指先を動かし、私の目の前で龍の絵を動かしている。「それで、私にばかり名乗らせているお前の名前は?」と聞いてきた。「え、えと、私は、私の名前は」にやにやしながらもこちらの返事を待っている。「メリア、私の名前はメリアです。」またにやっとすると、「いい名前だな」とカップを口へ運んだ。「そうだ、もう閉館の時間だ。」そういうとまた指をつぃと動かし、先ほど驚いた時に落としてしまっていた本をカバンへ入れ、ぽんと膝へカバンを移動させてきた。誘導されるままその日は帰った。帰り際「またな、メリア。」と言われた。きっと、あのいたずら好きな龍であるアルストロはまた来るのであろう。はぁ、と溜息が漏れる。心臓がいくつあっても足りない。というか未だにこれは夢なのではと思ってしまっている。きっと長い夢だ。目を覚ませ、と何度か強く目を閉じたり開いたりする。ふっと、目の前が明るくなった。目の前にはいつも通りの机がある。白いキーボードが二つ。光る観賞用のキーボードと、文字を打ち込む用のキーが浅いキーボード。そしてマイクとGoogleドキュメントが開かれたモニター、テーブルライトに、ハブ酒、緑色のカーネーションと香水、アナログの時計。左を見ると液晶ペンタブレット、右にはハムスターが2匹、それぞれのケージでくつろいでいる。現実に戻ってきた。いつもの日常だ。物語を書いている時は、頭の中、自分の視覚をジャックして無いものを想像しながら描いていく。そうする。ただ、登場人物は勝手にある程度は勝手に動いていくので、私はそれを言語化して打ち込んでいくだけだ。そうすると物語が出来るというわけだが、これはある意味ゾーンに入っていないといけないし、逆に誰かと話ながらだとかけない。完全に自分だけの世界を創って、そこで対話をしていかないと創れない。先ほどのアルストロの話もそうだ。こうだといいなと思いながらキャラクターが勝手に動いていってくれる。なんとなく書いた物語、所謂ファンタジーモノだが、結構楽しい、龍に魔法、魔法が当然あると言った世界線はやはり書きなれないと難しい、なんせ現実には魔法は無いとされているからだ。私が認識していないだけで、実は魔法があるかもしれないが、使った事がない魔法を想像するには過去に読んできた、主に漫画だが、そこから参照するしかない、創作をすると言うことは過去に吸収してきた言葉などを再構成して創っていくことしか出来ない。つまり、今日も明日もまたインプットしていくしかないのだ。”0”で創ろうとしても”0”しか出来ない、そこに一つずつ足していくことでやっとアウトプット出来るのだ。ということで、痒みから逃れるため現実逃避を続けてきたが、肌の乾燥は止まってくれないようで、こうして文字を打っている間も痒みが止まらない。痒みというのは一番堪えずらい事象だと思う。もし、座禅を組んでいて頭が痒くなったとしたら、きっと我慢できずに搔いてしまい、肩をズんと叩かれてしまうだろう。でも、叩かれても良いと思うほど痒みは我慢できないだろう。気を滅すればと言うが、思考を止めることは人間本当に出来るのだろうか。こうして文章を考えている間にも頭の隅、いや大半は痒みが占めている。しかもその痒みは移動するのだ。これはもうテロに近いだろう。薬も一時的なモノでしかない、どうにかならないものか、だからと言って皮膚科にでもいけば良いだろうと思う人が大半だろう。ただ、私は病院が好きではない!行かなければ死ぬ!と言われたらその重い腰をあげるが、ただの痒み程度ではこの腰は上がらない。そして今日もまた、この痒みはそのままに日常を生活していくのだろう。寝ている間、理性の効かない間、どれほど掻いてしまっているのかなんてもうわからない。今日も明日もこの世の乾燥と戦いながら生きていかなくてはいけないのだろう。ただこの地が盆地だからと言って、その湿気が必ずしも良いものとは限らないという事は覚えておいてもらおう。湿気のせいでカビは生えるし、肌にはぺたぺたと空気が張りつくし、洗濯物も乾きにくい。良いことなどあるのだろうか、肌は湿度なぞ関係なく乾燥し、痒みを起こす。というか、他の人はどうしているのか、痒みとかないのだろうか、そうすると私だけ常にデバフがかかっている状態で人生というゲームをプレイしていることになる。あまりにも理不尽すぎるだろうが。ということで、もし最後までこの文章を読んでいる奇特な人はぜひ教えてほしい。同志であると願うが、同じ悩みを共有できる友がほしい。これきっと最後まで読んでいる人はいないだろうと思って書くが、1万字って設定したのさては気が早すぎたか?と思っている。1000字から急に飛ばしすぎたかもしれない。短歌はわりとコツをつかめば作ることが出来るが、文章はやはり時間がかかってしまう。この1万字の文章を書くにも結局3時間かかっている。もっと早く書ければ沢山の作品が作ることができる。うん、頑張ろう。この課題は先週のものだから、今週もう1本1万字の作品を出さないといけない。手と脳を慣れさせるのだ。そう、書け!書くのだ!!
20250406 テーマ:竹
1)
タケノコをお醤油と山椒で よく煮詰めたら煮物完成
スーパーで見かける竹の子供たち きちんと並び肩をそろえる
ぐんと伸び誰もかれもを押しのける その力強さを見せつける
水分が過多過多と鳴り伸びてゆく 空覆う青の群衆ら
過ぎ去りし時をかけるは青の竹 次に過ぎたら天高く超え
2)
ざ、ざざ、と落ちた竹の葉を踏みながら、空を塞ぐほど生えてる竹たちから目を背けるように、俯いて歩き続ける。あとどれくらい進めば目的地に着くことになるのだろうか。外から見た感じ、そんなに広い気はしなかったのだが、明らかに見た目以上の広さがある。時間がわかるようなものを身に着けていないので、どれくらい経っているのかわからない、竹の葉が空を覆っているので、日もいまどこにいるのかわからない。時折、ざざぁと竹藪をかき分けて通り過ぎていく、大体は後ろから吹き通っていくので、その度に自分の髪はわちゃわちゃと乱される。乱された髪を吹かれては直してを何度か繰り返した後、面倒になって今はもうなされるがままにしてある。口に入ってくる髪をどけるくらいだ。季節は5月も半ばなので、少し動いただけでもじんわりと汗をかいている。そんな中、少し広い場所に出た。上を見上げると丁度真上に日が昇っていた。暑いはずだ。コツっ、靴先に何かがあたった。しゃがみこんで足に当たったと思われるものを見る。琥珀?綺麗に丸く加工された琥珀が落ちていた。中には、何だろうか、植物?らしきものが入っている。虫などはよく聞くが、植物が入っているのは珍しいのではないだろうか。あんまり聞いたことはない。持ち上げてハンカチで綺麗に拭いて日に透かして見る。うん、すごく綺麗だ。別に宝石などが好きというわけではないが、こうしてキラキラと輝いているのを見るのはテンションが上がる。ジャケットのポケットにハンカチで包んだ状態でしまい込み、竹藪をさらに奥のほうへ進んでいく。少し進むと、やっと竹藪を抜ける事が出来た。ざぁ、と正面から強い風が吹いた。久しぶりの向かい風に咄嗟に目を瞑る。風が落ち着いて、眼を開くと目の前には大きな屋敷があった。立派な門は自分を迎え入れるように開かれている。門から続く道は綺麗に整えられている。吸い込まれるように中へ入っていく。玄関までは大体30m程あるだろうか、道の両側には立派な庭園がある。何だったら川も流れている。そして、とうとう玄関の前まで来てしまった。チャイムが見当たらない、すると自分が来たのがわかったのか、ガラガラと扉が開いた。待って、自分のどうしてここにいるのだろうか。目の前には白い天井が広がっている。ここは、横を見ると妻が自分の手を握り締めて眠っている。自分はいくつもの管につながれていた。ああ、そういえば、妻をかばって事故にあったのだったか、ぱっと見た感じ、妻に怪我はなさそうだった。それが何よりも嬉しいはずだったが、あの開いた玄関から出てきた女性の顔がどうにも記憶から薄れてくれない。
202504028 テーマ:霧雨
1)
山の上霧雨が立ちぼやけさす 窓に付着す静かな粒
霧雨が下る山肌湿ってく 生き返ったと喜ぶ声ら
だーれだと声無き霧で包み込み そっと背中を押してくれるね
落ちている肌に当たって擦れる粒 この白い頬を赤く染める
そこにあるあくたの塵の唯ひとつ 静かに包まれる夜の峰
2)
車で移動を初めてどれくらいの時間が経ったのだろう。車を脇に停め、時計を確認すると、あれから2時間以上経っていた。出発した頃は西日が眩しいほどだったが、今はもう太陽は目を瞑り、月光があたりを照らしている。溜息をつきながらハンドルにもたれ掛かる。あぁ、なんであんな事言ってしまったのだろうか、運転しながらもその事ばかりを頭の中で何度も反芻していた。ついと出てしまった言葉、そんな自分にイラつきハンドルを殴ってしまう。思ったよりも勢いよく殴ってしまい、手が痺れた。八つ当たりしてしまったハンドルに謝罪しながらも、そっと撫でる。またうぅんと項垂れる。なんども出た言葉を思い出す、明らかに自分が言いすぎているし、謝罪もせずに飛び出してきたのはあまりにも愚策であった。頭ではすぐにでも謝った方がいいのはわかっている。ただ、自分でも何に納得できないのか、未だ言い訳のひとつも思いつかない。そうこう考えている間にこうして2時間も時間んが経っていたわけだが、気付いた時には山に昇っていた。別にそこに山があったからというわけではない、いや、そこに山があったから昇ったのだ。このうねうねとした昇り道があまりにも自分みたいで滑稽ではないか、後方を確認してまた車を進める。車に細かい水滴がついている事に気が付く、ワイパーを動かすときゅぅと音がして、視界がクリアになる。フロントガラスはクリアになるが、頭の中はまるでクリアにはなっていない。山頂に着く頃には辺りは霧で囲まれていた。はは、まるで自分の思考を具現化したみたいだと笑える。途中、コンビニに寄って買った缶のコーヒーをきりりと開ける。ああ、まずい、おいしくはないけどなぜか毎回買ってしまう。上着のポケットから煙草を取り出し、何度かカチカチと切れかけのライターで火を点ける。夜、この時間はまだ寒い、急に飛び出したし、山に行くことも考えていなかったので上着を持ってくれば良かったと後悔している。寒さで震える手で何とか煙草を口へ運ぶ、はぁあとため息を混ぜ込みながら煙を吐く。吐いたところでこの霧に紛れると何本か吸うと、寒さも相まってある程度頭も冷えてきた。うん、帰りにコンビニで高いアイスでも買って帰ろう、山に登った霧雨も気がすんだのか、帰る頃には無くなっていた。家が見えてきた。玄関の前に誰かいる。車を停めて駆け寄る。抱き着くとその身体はきんと冷えていた、どれほど外で待っていたのだろうか、一応手に持ったアイスを見せながら、「にくまんの方が良かったかな」と言う。目を合わせ、くすっと笑い合った。
20250421 テーマ:躑躅
1)
あっつつじこれって甘いんだと君 そういうとこは尊敬するよ
大体は道路のわきに咲く躑躅 何を吸収しているか
白とピンクと濃いピンク甘い蜜 どれも同じ味な気がしてる
桜の時あれほど心痛めては 躑躅の時に心痛まず
うざったいほどに咲く躑躅の群れに 胸やけがして地獄か何か
2)
春の終わり。冬の寒さが終わり、風が涼しい時期も過ぎ、太陽のちりちりとした照りが肌を焼く様になった季節。会社と家を行き来する間に植えられている躑躅たちは、可愛くお利巧に咲いているときは良かった。今はもう、まるで作られた極楽浄土のようで、漂ってきそうなくそ甘い香りが想像できる。車の中の冷房は循環にしてあるので、外気が入ってくることはない。そのおかげか、未だその香りを鼻に届けたことはない。白やピンク、濃いピンク、よく見たことはないが、他にも色があるのだろうか。日常の景色を彩る為か、自治体の活動を視覚的にも認識させるためか、至る所に植えられているそれらが、すこし鬱陶しく思う。友人はあの花の蜜が美味しいと言うが、私はあの外気に触れ、誰や彼が何かしらしているかもしれない花の蜜を吸おうとは思わない。小学生の頃、友人が美味しいと吸っていたので、私も、と手に取ってみて中を覗いてみた。そこには小さい蟻が何事かとジタバタとしていた。それを見てからか、私は躑躅を永遠に吸い続ける同級生を横目に、虫がいるかもしれないのにと、見ていた。大きくなってからもそうで、昔よりも増えた車の排気ガスを受けた道路脇の草花たちは今日も力強く生きている。また、別の場所では、まるで映画『タイタス』に出てくる腕と舌を切られた女性の様な、そんなグロさがあり、ついでに人間のエゴを押し付けられた樹木が至る所にある。ならば、植えない方が木々の為になるんじゃないのだろうか。日々そう思っている。植物の場所を奪ってきた自分たちがまた空いたその隙間に植物を生やす。笑えてしょうがない。自然のことを心のそこから思うのなら人類なんて滅亡したほうがいいに決まっている。まぁ、またこれもまたエゴなのかもしれない、相手は言葉を持たない植物だ。ああいえば、こう返してくる相手ではない。人間でも言葉を持たぬものもいるが、それはまた別の話だ。桜と一緒に躑躅も散ってしまえば、人に踏まれ忘れられていく。この前、会社の帰り道、そんな躑躅の写真を取っているおじさんがいた。そういう季節を感じようと思うココロはとても日本人ぽくて良いと思う。私も昔に比べて四季を感じることが出来るようになったと思う。だからと言って何だろうと思う時があるが、こうして文章を書く上でそんな小さいことを覚えておく、記憶、しておくことで文章へリアルさが出て奥深さや味、うま味が出るのだろう。写真に残すことで強く記憶に残すことが出来るし、いつでもその色味を思い出すこともできるだろう。ただ、思い出してほしい、その画像を見返すのかどうか。以前撮った食べ物、道端に咲く小さい花。その画像、最後に開いたのはいつなのだろうか。
20250414 テーマ:葉桜の葉と桜の対比について
1)
8割の桜の花咲くこの枝を 手折ることさえ心が痛む
さらさらと道路の上で流れてる 桜の花を踏みつけ穢す
5対5の葉と桜の木この後の 分かっているがもう夏が来る
見上げると残り2割の桜あり ああもうただの木になるのかと
そこにあるもてはやされたただの木が 人の気も知らず笑っている
2)
桜が散っている。あぁ、そうか、桜って散るもんだった。あの満開に咲いている桜を見ると、永遠に咲き続けるのではと思ってしまう。普段見向きもされないその木は、春になると人々からもてはやされる。人は基本、現実を直視したくない者たちばかりなので、その夢の様な光景に溶け込み、さも夢の中の住人の様な挙動をする。夢、夢、夢。現実から目を背けて、夢ばかり見ている。桜の下で酒を飲み、降る桜の花びらをつまみに夢を見る。瓶で持ってきた日本酒を開け、こぷこぽとおちょこへ零れないように注ぐ。口の中で香りを広げるようにして飲む。香りが漏れないように、ゆっくりと息を吐く。ほう。アルコールが胃へと届き、ぐんと身体が暖まる。やはり、新酒はおいしい。桜の花のあの瑞々しさと相性がとても良い。瓶を持ち上げ、ちゃぷんと揺らす。蓋を開け、またおちょこに注ぐ。口の中で回し、飲み込む。うん、おいしい。目のあたりも、とろんと溶けてきた。自分はこの酒が周り、世界と自分との境界線が曖昧になっていく感覚がとても好きだ。まるで、すべてに受け入れてもらえているみたいで、安心する。周りは、笑い声で溢れている。陽気だな。このぬるま湯に永遠と浸かっていたくなる。そしてまた注ぐ。すると、瞼の裏に影が差した。「あの、すみません」目を開けると目の前には和装をした紳士がいた。すこしぎょっとして、なんだろうと身構えていると、紳士は自分が持っている日本酒を指さして、「そちら一口いただけませんか?」と言ってきた。何か、自分があまりにもおいしそうに飲んでいたので気になったらしい。気分はとても良いので一口あげることにした。やぁやぁと言うと、紳士は隣に座り、自分からおちょこを受け取り「いただきます」と言って、くいっと口に入れた。紳士は目をぎゅっと閉じて味を堪能している。どうだ、旨いだろう旨いだろうともと思いながらそれを眺める。紳士はごくんと飲み込み、またゆっくりと息を吐いた。「いやぁ、これはおいしいですな。透き通った瑞々しい味だ。桜に合いますな」そう言いながら口の着いた部分をハンカチで拭いて自分へ渡した。全く同じ感想だったので、心が踊る。そうですよね!と言い、自分ももう一杯飲む。花から抜ける香りが桜の香りと混ざり合い、また世界と溶けあっていく。紳士も眼前に広がる桜景色に目を向けている。すっくと立ち上がり、ごちそうさまでした。というとどこかへ行ってしまった。感覚を共有でき、誰かと飲むのもまたいいものかもしれないと思った。
20250407 テーマ:ツバメ
1)
いつもとは違う鳴き声空見上げ 電線とまるツバメの親子
低空を飛行する君もうすぐと 鳴き声あげて梅雨のお知らせ
ぱたぱたと春雨落ちて桜舞い 間を抜けるツバメのワルツ
春が来たそう告げるのは桜だが もう終わるよとそう鳴くツバメ
暑いさが嫌いな私が気付いた 春の終わりと夏の始まり
2)
夏は嫌いだが、梅雨は好きだ。家の前にある旧国道の道路では、絶えず車が走っている。その音と、最近やけに耳につく、小鳥の鳴き声。ふと、いつもとは違う鳴き声が聞こえた。上を見上げると、電線にツバメがとまっている。もう、そんな季節なのか、溜息が出る。地球温暖化が進む昨今、暑さが苦手な私は本当に辟易としていた。元々、そんな外に出て遊ぶような質ではないが、もっと出不精になる。夏場の私と言えば、ただただクーラーの効いた部屋で、動画を見たり、映画を見たり、読書やゲーム、いつも以上の引き籠りライフを送っている。冬でもそう思うのだが、基本外で生きる鳥達は、どうやって生きるのだろうか、冬場に川で泳ぐ鴨などは、寒くて凍えたりしないのか、夏、あの炎天下の中熱中症になったりしないのか。毎年見かける生きる鳥達に、外で生きるすべを学ばないといけないのか、人類の叡智、エアコンは私が生まれた時にはすでにあった。ただあの頃の夏は今ほど暑くはなかったはずだ。何なら扇風機だけで事足りたはずだ。今はもう、何なのだ。家の中でも熱中症になると言われている。地球のおしまいの日が近いのだろうか。またツバメがぴゅいと鳴いている。ツバメに対して思い出は無いに等しい、逆に思い出があるのは僕の夏休みというゲームに出てくる”ぼくくん”くらいではないだろうか。あとは、その身を削って人々へ施した王子だろうか、まぁそんな話はどうでもいい。そういえば、なぜだろうか無性に焼き鳥が食べたくなってきた。私は部位でいうと、ぼんじりが好きだ。あのぷりぷりとした食感がとても好きだ。他、よく頼むのはなんだろうか、月見つくねとか、ささみ、あとはまぁとり皮とかだろうか。あぁ、最近食べてないな。と電線にとまるツバメを眺め見る。その視線に気付いたのか、またピュイと鳴いてどこかへ飛んで行ってしまった。多分、他の誰かへ春の訪れを伝えにいくのだろう。去年は隣の家の屋根の下、そこに住んでいた。その巣は去年のうちに綺麗に撤去されてしまった。すこし残るその巣の残滓に、まるで暑さで追いやられた人間を思う。夏場、避暑地へ逃げることの出来ない人間は山ほどいる。学生の頃は夏休みというモノがあったのでまだ良かった。社会人になってしまった今、もう逃げることは出来ない、どれだけ暑かろうと外へ出て仕事しないといけない。いつから、これほどまでに日曜日が憂鬱な曜日になったのだろうか、明日が仕事と思うだけで、まるで何かに終われるような焦りだす。何かやらなくては、成し遂げなければ、何もならないまま今日は終わるのだろう。
20250403 テーマ:桜
1)
音もなく散る花びらがひらひらと フロントガラスを彩る昼
一片の無垢な身体を揺蕩って どこまでも流れる桜道
その枝をへし折るってことは覚悟 出来てるのよね差し出しなさい
2)
また今年も桜の咲く頃になった。桜のあの淡いピンク色を見ると思い出す。
「ねぇ、桜ってなんで散るのかな」頭の悪そうな話しをするのは、幼馴染の夏美である。そんな夏美になんと答えればわかってもらえるのかを考える。ひらひらと目の前を舞う桜の花びらを何とか地面に落ちる前に捕まえようとする夏美を見て、つい、笑ってしまった。夏美は笑わないで!と怒りながらも何とか花びらを捕まえようとする。右に行ったり、左に行ったり、捕まえるにしてももう少しやり方ってのがあるでしょ。両手で水を掬うようにして待つ。ぽと、と桜の花が落ちてきた。するとそれに気づいた夏美が「あーー!!ずるい!」とこちらを指さして来た。人に向けて指を指したらいけないと軽く注意した後、その花を夏美の編み込んである髪の間へそっとさしてあげる。それを鏡で見て満足そうにうふふと笑って、頭にあるその花を落とさないようにくるくると回っている。ずるいな、と口の中でぼやく。桜が舞う、その中で日の光を受け、輝く夏美にバレない様にそっと写真を撮る。誰にも言わない、誰にも教えない、私だけが知ってる。今この時をこっそりとこのフォルダへと保存する。忘れないように、いつでも思い出せるように。