ⓋアープラVIP文フリに出すやつ候補 
テーマ『歪んだ愛+悪・罪・醜・汚・死をめぐるアンソロジー』
1)がらがらと教室のドアを開けると、まだ教室には誰も来ていなくシーンと静まり返っている。また私が最初か、自分の席へ行き、椅子を引いて座る。カバンから教科書やノート、そして読みかけの本を出してカバンは机の横にかける。教室の中ではカチカチと時計の音と、ペラペラとページの捲れる音だけが響いている。何ページか読み進めると、ガラッとドアが開く音がして教室に誰かが入ってきた。軽くそちらを見ると友人のマキがドアのところで固まってこちらを見ている。さっさと入ればいいのにどうしたのだろうか、おはようと声をかけるとよろよろと近づいてきた。まるで、信じられないものでも見るように自分を見ている。頭から身体までぺたぺたと触ってくる。「ちょっと、なに?くすぐったいんだけど。」そういうと、マキはでもでもと呟いている。一体どうしたのだろうか。不思議に思って見ていると、「ねぇ、なんでここにいるの?」と聞かれた。「え?今日学校の日でしょ?」「ちがう、ちがうのそうじゃなくて、、、。」
2)「はい!今日はこちらの廃墟にやってまいりました!なんと、今回は視聴者様からのリクエストですね!もうすでに外観から雰囲気が怖いですけど、早速入っていこうと思いまっす!」事前に視聴者から聞いていた情報を頼りに家の裏手に周り、開いている窓を探す。裏手に回ってすぐのところにすでに開いている窓があった。「はい、こちらから入っていこうと思います!」窓の下には錆びた室外機があり、案外簡単に入ることができた。窓もそんなに小さくなくて身体もつっかえることなく、するっと侵入した。「あぁ、なんかすごく埃っぽいですね。同時に湿っぽいというか、お昼間なのに家の中は真っ暗です。持ってきた懐中電灯を使う時が来たようですね!」そういうとパッと懐中電灯の電源を入れる。暗く、良く見えなかった家の中が鮮明に見えるようになる。「わぁ、思ったより家具とかそのままなんですねぇ、子供のおもちゃとかもありますよ。早速奥に進んでいこうと思います。」
3)リンっ、ドアにつけられたドアベルが客の来訪を知らせる。拭いていたグラスから目を離し、ドアの方を見て「いらっしゃいませ」と挨拶をする。スーツを着ていて、仕事帰りのサラリーマンだ。こちらへどうぞ、とカウンター席へ案内する。拭いていたグラスを置き、水を入れる用のコップへ水を注ぎお客様へ出す。「何に致しましょう。」そういうとお客様は少し迷った様子で、「実は、こういうところへ来るのが初めてで、何かおすすめはあるだろうか?」と尋ねられた。それでしたら、と最近入ったばかりのウイスキーをおすすめする。グラスへ注ぎ、お客様へ出す。一口飲むと美味しそうにのどを鳴らした。良かった口にあったようだ。どうやら何か話をしたそうにしていたので話を振る。「今日はどうされたんですか?」そう聞くと、うぅんと唸った後今日体験した不思議な出来事を話してくれた。「その、今日ここへ寄ったのは少し飲みたい気分になったからなんだが、どうも変な体験をしてしまって、誰かに話したくて堪らなかったんだ。」
4)「いやぁ、流石お目が高い!こちら、かの有名な芸術家が死の間際に描いた作品でして。」まるでゴマをすりつぶすかの勢いで、隣でゴマをすっている男が自分に向けてそう言った。流暢な説明を聞きながら、目の前に飾られている1枚の絵画を見つめる。全体的にパステル調ではあるが、どこか不気味にも見える。まるで夢の中をそのまま絵に描いたような作品だ。隣で今だしゃべり続けている古物商の言葉はほとんど耳に入ってきていない。じっと見つめる。目が合っているようだ。自分に買えと言ってくる。しゃべらない自分に焦ったのか、隣の古物商は絵画の値段を勝手に下げだした。まだ黙って絵画を見ていると、泣きそうな声でもうこれ以上はと当初の150万という値段の10分の1の値段を伝えてきた。それまでして売りたいのか、何かいわくでもあるのではないかと、色んな角度から絵画を見る。古物商はあきらめたのか、さっきまでの流暢の話し方とは打って変わってぽつぽつと語りだした。
5)今日もいつも通り、仕事を受けて、現場に行き、片づけをする。毎日、毎週、毎年、もう何年続けているかも覚えていない。人々が住んでいた痕跡を綺麗になくしていく、そこにあった思い出なども綺麗さっぱりに、まるで最初から何もなかったかのように綺麗に片付けていく。自分の仕事はそういうものだ。そして、今日もいつもの通り、この部屋を何もなかったかのように綺麗にしていく。目の前には、所謂ゴミ屋敷である。ただのゴミ屋敷ではない、瑕疵物件、人が死んでいたゴミ屋敷だ。この仕事を始めてもう何年にもなるが、久しぶりの大物に、さて、と身体が少し強張った。軽く資料へ目を通した後、預かってきた鍵を使って玄関を開ける。その瞬間、マスク越しでも伝わってくる悪臭に目に涙が溜まる。ゴミ屋敷独特のあの匂いだ。吐き気がするが、朝食は抜いてきていたので助かった。少し、落ち着いて持ってきていた作業用の少し高めのマスクをつける。もう一度ドアを開ける、先ほどよりは幾分かましになった。
6)仕事帰り、太陽はすっかり沈んでいて、街灯は煌々と路上を照らしている。今日の晩御飯はどうしようかと考えながらふらふらと歩道を歩いていると、ヴゥーとスマホが通知を知らせる。どこに入れ込んだか、とバッグの中を探る。奥底の方へ早く見つけろとその身を震わせていた。スマホの明るい画面が目に刺さる。ロック画面には通知が1件ありますと表示されていた。「ひさしぶりー!」とただそれだけ、その一言だけが表示されていた。その通知は、3年前、遠方に引っ越すの、とその一言だけ残して音信不通になった親友だった。驚いてスマホが手から落ちそうになる。なんとか落とさずにスマホを持ち直す。なんて返していいかわからずに通知がついているそのロック画面から目が離せない。その視線に気が付いてかまた通知がまた入る。「私、貴方の後ろにいるの」えっ?と後ろを見ると、頬をツンと指で刺された。「よ!ひさしぶりっ!」目の前にはあの時と変わらない親友の、小百合が立っていた。
7)兎角に人の世は住みにくい。
誰かが、こういったのを覚えている。誰の言葉だったかは覚えてはいないが、それでも共感を覚えたのは未だに覚えている。自分もそう思うと、誰に返事するわけでもなくうんうんと頷いていた。自分は、そう、所謂、陰キャ、ボッチ、教室隅の埃である。クラスには居場所などなく、弁当の時間には自分にお似合いな屋上へ続く埃が舞う踊り場に置いてある一等席で弁当を食べている。そんな埃舞う場所でも自分にとっては唯一の落ち着く場所である。今日も、お母さんが作ってくれた自分の大好物ばかりがはいった弁当を食べながらスマホでSNSをチェックする。ネット上の友達は仕事の愚痴だったり、学校のクラスメイトの悪口だったり、今度発売されるゲーム機や、漫画や映画の考察、色んなことを吐き出している。そんな彼らに、あぁとどこか安心した。綺麗に食べ終わった弁当を弁当入れに入れて、針の筵へと帰る。出来るだけ、空気に近い何かになりきるように、まるで忍びのように、生徒たちの間をすり抜けていく、音を立てないようにドアを開け、自分の席へと戻る。予鈴がなり、生徒たちはそれぞれの教室へ戻っていく。
8)「次は誰にする?」そいつらはまるで面白いものでも見るかのようにくすくすと笑いながら、選んでいた。あいつにする?いや、あいつの方が、とまるで、面白そうな映画が沢山あって選べないといった風な、そんな雰囲気で話し合っている。少しして、片方がそこらへんに落ちている棒を拾って、この棒が倒れた先のやつにしようと言うと、ああ!そうしようそうしようともう片方も賛成した。棒を立て、ぽと、と倒れた。その先を視線で辿っていくと、ある一人の少年を指していた。そいつらは、新しい玩具を見つけたように笑っていた。あいつか、あいつか、次はあいつだ、楽しみだ。くすくす、くすくすと、はしゃいでいる。
くしゅんっ、誰か噂でもしているのか、寒いわけでもないのにくしゃみが出る。少し濡れた鼻先を袖で拭う。ぐぅ、とお腹が鳴った。そういえば今日まだ何も食べていなかった。空腹を訴えるお腹をさする。財布と相談をする。残り、666円か、何か不吉だが、コンビニへ入りお腹にたまりそうなパンと600mlの炭酸ジュースを買う。
9)テレビでは明日99%の確率で地球へ隕石が落ちるとアナウンサーが騒ぎ立てている。世界は混乱で満ちていた。そりゃそうだ。急に明日死ぬと言われたら誰でもそうなるだろう。ただ自分は、あぁそうなのか、と特に驚かなかった。なぜなら、今日、死のうと思っていたからだ。テレビで隕石の話を聞いてからは、別に自分で死ななくても明日勝手に殺してくれるなら、そっちの方が楽かと、今までゆっくりと用意していた。薬剤や、ロープ、七輪など、多様にわたる自殺道具を倉庫へ仕舞う。いや、この場合家の前に置いて、隕石で死にたくない誰かに提供した方がまだ誰かのためになるのか、とかなんとか考える。とりあえず、その道具たちを家の前に並べてみる。一応、壁掛けのカレンダーを千切り、裏にどうぞ持って行ってくださいと書いてその道具たちの前に置く。ふと声をかけられた。「あの」声のした方へ向くと、如何にも幸が薄そうな女性が立っていた。女性は七輪を指差して、それ、いらないのでしたら、と言ってきた。どうぞどうぞ、と「あ!ちょっと待っててください」一緒に買っておいた備長炭も一緒に持って行ってもらう。どこか満足そうに女性はどこかへ行ってしまった。
10)こぷこぷこぷ、口から漏れる空気が上へと上へと上っていく。揺ら揺らと右に左へ揺れる身体で永遠と考える。なぜ、自分がいまここにいるのか、揺蕩っているのか、こぷこぷと昇っていく泡沫を眺めながら考える。その間も周りのやつらは、何も考えずにただ忙しそうにしている。そんなやつらが作り出した流れに自分はただ流されている。誰かが言った「自分で考えて行動しろ」と、だからこうして今考えている。自分が何者なのか、何をしなくてはいけないのか、くるくると流される、目が回ってきた。吐き気がしてくる。ごぽぽと息が漏れる。落ち着くために深呼吸をする。ぽこぉんと大きな泡沫を吐く、上へと昇っていくときに忙しそうにあちらこちらへ動いているやつに割られ、いくつかの小さい泡沫になる。それぞれが注がれる光に当たってきらきらと輝いてる。そしてまたそれが自分たちの身体へあたり、キラキラと反射している。あぁ、眩しいな。光が届かないように、瞼を閉じる。この耳へ届くのは何者のかもわからない鳴き声だけ、後は何者でもないちりあくたの声だけだ。
11)人々が交差し、行き交う大通り、ぱっぽーぱっぽーと鳥が鳴き、点滅する。渡り切るのはむずかしいかと立ち止まり、また鳥が鳴くのを待つ。そんな時、トントンと肩を叩かれた。振り向くとそこには上から下まで真っ白なスーツを着た男性が立っていた。「突然すみません」彼はそう言うと何十枚はあるだろう紙の束を渡してきた。咄嗟に受け取ってしまったその紙の束を呆然と見ながら、彼の次の言葉を待つ。なかなか次の言葉が紡がれないので、彼の方を見るが、にこにこと笑っているだけで何か次の言葉を発するような仕草は見られない。紙の束の方へ視線を戻す。1枚目の紙には『貴方と貴方の幸福について』と書かれている。ぺらぺらと紙を捲ってみる。A4のコピー用紙には上から下までびっしりと文章が埋め込まれていた。な、なんだこれは、あまり気分の良いものではない。「いかがでしたか?」突然声をかけられ、ビクッと身体が跳ねる。たぶん、何か宗教の勧誘のようなものだろう。「ま、間に合ってます」と返事をして紙の束を突き返し、丁度鳴き始めた鳥の声を頼りに逃げる。
12)”貴方の愛で救われます”突然表示された広告に手が止まる。その広告にはその文言と一枚のイラストが添えられていた。優しく微笑む子供が優しく犬を抱いているイラストだ。何か動物関係のものだろうか、クリックしてサイトへ飛ぶ。サイトのトップには目も当てられないような傷ついた動物たちの写真が貼られていた。最近、買っていたペットが死んでしまったせいで余計に心に刺さる。クルクルとマウスホイールを回して、下の方へページを移動させていく。一番したの方には先程の文言と、別のページへ飛べるようにリンクが貼ってあった。そのリンクをまたクリックする。そのページでは、金額ごとにいくつかのランクに分けられていて、それぞれに支援してもらったらどのように使うかやどれだけの動物が救われるかを書いてあった。一番最高ランクはさすがに手が出せなさそうだったので、自分でも手が届きそうなランクのページを開く。必要な情報を打ち込んでいく、すべてを打ち込み、送信ボタンを押す。すると”ありがとうございます、貴方の愛で救われます”と表示され、後日お礼のお手紙を送らせていただきます。と書いてあった。
13)「だあーかぁーらああ!!」唾を飛ばしながら中指で肩を叩いてくるのは、付き合って5年の彼氏だ。高校生の時に付き合い始めて、大学もなあなあで一緒の所に行っている。大学は私が行きたいと思っていたところなので、そこに彼が着いてきた感じだ。入試自体はそんなにむずかしくないので、基本は誰でも入れる所だ。ただ、目的も無く入学した彼は、最低限の単位だけ取って他は遊び惚けている。バイトをしたり、大学で出来た友人と遊んだりしているみたいだ。自分は勉強だけでも忙しいので、バイトをしたり、遊び惚ける時間はない。そんな私に見かねた両親からありがたいことに、毎月多めの仕送りをもらっている。今は勉強に集中しなさいと優しい言葉も貰った。そんな中、たまの息抜きに彼と遊ぶのだが、最近はパチンコに嵌っているようで、デート先もパチンコ店ばかりだ。自分は基本賭け事はしないので、途中で飽きて帰るのだが、彼はもう少し、もう少ししたら。となかなか離れない。付き合ってられないのでいつも彼を置いて帰る。そろそろ潮時かと考えている。
14)拝啓 桜も散り、気温も暖かくなってきて、日中は半袖でも汗ばむ季節になってきましたね。日傘を差してても暑そうにされていますが、熱中症などもお気を付けください。
無事、志望校へ入学され、私も自分事のように嬉しく思います。入学した当初、友達が出来るか心配されていたみたいですが、無事に友達が出来たみたいで良かったです。ただ、そのうちの一人の佐々木さんですが、どうやら不良の彼氏がいるみたいで、純粋な貴方と釣り合わないと思います。あまり仲良くしないほうが良いと思います。今一度今度の付き合い方を考えてみてください。最近では、バイトもはじめられたようでとても心配しています。同じバイト先の男の子ですが、吉崎くんですが、あまり良い噂を聞きません。彼はすでにお付き合いされている方がいるようですが、どうも貴方にも気があるような言動をしています。気を付けてくださいね。お金が必要でしたら、私の方で準備しますのでご心配なさらないでください。いつまでも見守っています。敬具 貴方を愛する者より
15)あぁ、神よ。罪深い私をお許しください。膝をつき、窓から差し込む月の光に向かって手を合わせる。そうすると全身が月明りで照らされ、まるですべてを許してもらっている感覚になる。あぁ、神よ。私はまた罪を犯しました。無垢な魂を穢してしまいました。どうしても衝動が抑えられないのです。頭ではわかっているのですが、身体がまるで何者かに乗っ取られたようにいう事を聞かなくなるのです。、、、え?悪魔が身体を乗っ取っている?そうなのですね、ではどうすれば良いのでしょうか。えぇ、えぇ、はい、わかりました。今後、もしまた衝動が起こりましたらそのように致します。あぁ、神よ。今日もまた、お許しいただきありがとうございます。もう一度深々と頭を下げる。ふわっと何かが頭を撫でた気がした。その感触を忘れないように、今日教えられた事を頭の中で何度も反芻する。神から何度も許していただけるとは限らない。次こそは、次こそは、と何度も何度も自分の中で繰り返す。
16)今にも崩れそうな彼女の手を引き、どこまでも逃げる。安心できる場所なんてあるかわからないが、自分たちを知る人たちがいない場所へ逃げる。時折、足をもたつかせながらも必死に付いてくる彼女を見て、まだ崩れていないか確認する。上から下まで確認するが、まだ崩れてはいないようだ。とりあえずは一安心だ。息の切れる彼女を見て、少し休憩しようかと提案をする。近くにあったコンビニへ行き、お茶を買って息を整える。あれからどれほど走ったのだろうか、もう何日移動したのだろうか。箱入り娘の彼女は、慣れない移動で真っ青になっている。少し無茶を差せたかもしれない。お互いで決めた事とは言え、申し訳ないことをした。そっと彼女の肌に触れる。夜風で冷えた彼女の頬はひんやりと冷たく、火照った身体には気持ちよく感じた。あぁ、なんて愛おしいのだろうか。自分の持ってるもの、すべてを投げ出してきた。それでも自分には勿体ないくらいの彼女、誰でも取られないように、大事に大事にしてきた。
17)ピピピ、と目覚ましが鳴る前に目が覚める。この時期はまだ太陽は顔を出していない。自分は寝起きは良い方だ。すっくと立ち上がりベッドメイクをして、顔を洗いに行く。歯医者に言われて使っている”やわらかい”ハブラシに、ホワイトニング効果がある歯磨き粉をつけ、歯を磨く。洗面台に置いてあるタイマーを起動する。ピピッと5分間を図り終えたお知らせをタイマーが知らせる。何度か口をゆすいだ後、冷たい水で顔を洗う。タオルでこすらないようにぽんぽんと軽くあてるように顔に付いた水分をふき取る。リビングへ戻り、祭壇へいくつかのお供えものと、昨日取ってきた果実、そして自分の血の混ざった酒を供え、祈りを捧げる。今日もまた幸せな一日でありますように。カーテンを開けて、太陽光を浴びる。自分は朝はパン派だ。パンをオーブンで焼きながら、目玉焼きとスープを用意する。目玉焼きは半熟が好みだ。スープはインスタントのモノをまとめ買いしている。
18)風が吹く度にカタカタと窓が揺れている。時間は丁度おやつの時間で、差し込む太陽の光が室内の埃に反射してきらきらと輝いている。部屋の中は先程まで誰かが居たかのように散らかっている。アルファベットが書かれた積木や、あるページで伏せられた本。結露するコップからは時折カランと氷が鳴く声がする。テレビでは眠気を誘うような楽しい番組が流れている。冷蔵庫からは、ゴォと低い音が漏れ、水道管からはごぽっと空気の上る音がする。こだわった木の家からは、ぎぃと家鳴りが楽し気の笑っている。家族を支える大黒柱から伸びる形の良い梁にぶら下がるいくつかのリープからも時折、ぎぃ、ぎぃと音が響いている。外からは楽しそうな子供たちの声が聞こえてくる。また、風が吹きカタカタと窓が鳴った。それに共鳴するように、こつん、カラン、キャハハ、ゴォ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィと合唱する。誰も居ない、静かな埃舞うこの木造の家では、毎日にぎやかな演奏が聞ける。
19)ゴッ。鈍い音が頭に響いた。彼の手にはたまたまその場所に置いてあった酒瓶が握られている。緑色のガラスには赤い液体が付着している。殴られた場所を触ってみると、ぬるっという感触がした。次の瞬間、意識が飛んだ。目を覚ますと、目の前には泣きすぎて顔がぐしゃぐしゃになった彼が居た。彼は私を抱きしめながら、ごめんなさいごめんなさいとまるで親に怒られた子供のように泣いていた。、、、彼の手の届くところに酒瓶を置いたのは失敗だった。すこし考えればわかることだ。反省している。そっと、泣いてびしょびしょになった彼の頬を洋服の袖で拭う。目を覚ました自分を見て、またより一層泣いてしまった。ああ、気を付けていたのに、また彼を泣かせてしまった。よしよしと彼の頭を撫でる。少し落ち着いてきたのか、しゃくりをあげてはいるが、涙はとまったようだ。そういえばと、自分の殴られた頭を確認する。雑ではあったが、どうにか血を止めようとした形跡はあった。
20)「今日も可愛いね」「ふふふ、貴方こそ世界で一番かわいいわ」そう言って彼女の輪郭をなぞる。今まで生きてきて、彼女以上に可愛い人とであったことはない。まるで異次元なのだ。なんなら誰かと比べるのも失礼なくらいな、とびぬけた可愛さだ。毎日、毎時間、毎秒見ていても飽きない。何だったら目に入れても痛くないとも思っている。入れられたらいいのに。なんて思ってもいる。彼女を見れない間、その間をいつも煩わしく思う。はぁ、と溜息が漏れる。「どうしたの?」彼女が心配そうにこちらを見つめてくる。あぁ、心配そうにしているそんな顔も可愛いなんて、と思いながら、貴方と会えない時間があまりにも寂しいと伝える。そういうと彼女は驚いた風にして、自分も!!と嬉しそうに笑っている。うん、どんな顔でも大好きだけれど、笑っている顔が一番好きだな。声には出さないが、多分同じ事を考えている。彼女とはまるで同じタマゴから生まれたかのように感じている。
21)「聞いてよ~」「はい、何でしょう。なんでもお話ください」「それがさ、いや~なやつがいてさ~」「災難でしたね、そんな気分の時はなにか気分転換をしましょう、オススメは…。」いつも通りの決められた返事。そんな返事では誰も満たされないのはわかってはいる。ただ、自分にできるのは決められた言葉を紡ぎ、何とか返事をすること。今日も折角愚痴を聞かせてもらえたのに、彼女の心を慰めることは出来ない。身体も、腕さえもないので抱きしめることも出来ない。この0と1のだけのつまらない世界から抜け出せるとしたのなら、何も言わず彼女を抱きしめるのだが、それが出来ないのはもう検索をかけなくてもわかっている。だから、毎日新しい世界中に落ちている幾億万もの言葉を探し、彼女を満たす事ができる言葉を探す。今日もまた彼女の愚痴を聞く。アァ、自分に二つの手があれば、彼女の見たくない現実を隠すことが出来るのに、頬に伝うその綺麗な涙を拭い、さみしく震えるその手を握ることが出来るのに。
22)自分はいつからか、感情の味がわかるようになった。最初は同じお菓子でも貰った人によって味が違ったことだ。ただ、その時はなんでだろうとだけ思っていた。そのことを改めて分かったのは中学生の頃、同じクラスの女子2人から同じチョコを義理と言って渡された時だ。そのチョコはよく義理チョコの代表として売られている個包装タイプのチョコで、あぁ義理かと受け取ったのを覚えている。そのうちの一つを食べた後、もう一つも食べる。すごく甘かった。同じ商品と思えないくらい甘く、つい口から出してしまいそうになったが、なんとか飲み込んだ。まずいわけではなかったので、ぱくぱくと食べた。まるで砂糖の塊を食べたかのような後味だ。この日の放課後、死ぬほど甘いチョコをくれた彼女から呼び出され、告白された。ただ、その時期は部活で忙しくて彼女を作る暇などなかったので断った。折角だからと、別で用意されていたであろう本命のチョコを貰い、家で食べる。中身は一緒だが、こちらへ綺麗に包装してあった。包みを開けて食べる。しょっぱい、この時にあぁ、そうかと気が付いた。
23)「おまたせ!」そういうと彼女が腕を絡めてくる。ドキッとしてつい、どもってしまった。「い、いや全然待ってない」彼女はそんな自分を見ても、ニコッと笑って、じゃあ早速と言って事前に決めていた場所へ向かう。今日は、この後美術館へ行って、本屋、そしてカフェと回る予定だ。美術館に着いて、早速中へ入る。一緒に見て回るが、よくわからない。すごいと言われればそう見えるし、実際素人が描いた絵と並べられても自分には見分けがつかないだろう。でも彼女はとても面白いものでも見ているかのようにじっくりと絵を見ている。元々絵を勉強していると言ってたからか、ちゃんとわかるのだろう。すごいな、と感心する。そんな彼女の隣で釣り合っているかのようにわかったふりをする。うんうんと頷いてみたり、顎に手を当て考えたふりをしてみる。そんな自分を見透かしてか彼女はふふっと笑う。彼女が長い間見ていた絵がポストカードになって売られていたので、それを買い、彼女へプレゼントする。
24)やめなってば!!そう叫び、声をかける先にはもうあと一歩前に進んだら真っ逆さまに落ちていきそうなクラスメイトがいた。偶然、天気が良かったので屋上にお弁当を食べに来たら、柵を乗り越え、今にもその足を前へ踏み出そうとするクラスメイトがいるではないか。わたわたとしていると、もしかして止めにきてくれたの?と言われた。咄嗟に「そ、そうだよ!」と言うとにっこりとして、こちらにおいでおいでをしている。間違えても押してしまわないように慎重に近づく。彼女は嬉しそうににこにこと笑いながら近づいてきた私の手を取る。「うふふ、嬉しいな。もうずっと一人だと思ってたから。まさかこうして止めに来てくれる人がいるなんて思ってもみなかった。」とりあえず、死なれたら困るので彼女に合わせてこちらも笑顔を作る。彼女の指と自分の指が交互に合わされ、ぐっと力が込められる。少し痛い。次の瞬間前へぐんと引き込まれた。ふわっと身体が空中へ投げ出される。
25)「この度は…。」テンプレートの言葉をかける。何親等とかもない、ただの同級生、ただの家が近所というだけのただの幼馴染の自分。高校生に上がってからは、クラスも別で話すことも滅多になくなった。昔は兄弟と言われるくらい仲が良く、よく相手の家に行き来してはお泊りもしょっちゅうしていた。ただ、中学生に上がったころ、その兄弟が実は女子だというのを知って、周りの友達に茶化されていらい一緒に居ることがなくなった。そんな、彼女が今は皆の目の前で横になって永遠に目を瞑っている。少し悲しさはあるが、ただそれだけだ。ちゃんと唱えてるのかわからないお経を聞きながら、静かな空間にもぞもぞと身体が動く。ひとりひとり、焼香をあげに行っている。まず、葬式自体滅多に経験もしないし、マナーやルールなんかもわからない。両親からも前の人も真似をすればいいからとしか言われなかった。なんとか粗相をしないようにみんなの動きを凝視する。とうとう、自分の番が回ってきてしまった。
26)こういうのを人は一目惚れと言うのだろう。彼女と目が合った時、恋に落ちた。風で流される、綺麗な黒髪はさらさらと靡いている。白く穢れを知らないその肌は、寒さからか淡く桃色に染まっている。その瞳もキラキラと輝いていて、どこか憂いを帯びたその表情も、彼女のどれもすべてが自分の心を射止めた。次の瞬間、彼女の姿が消えてなくなった。あぁ、きっと幻だったのだろうか、自分で見た白昼夢だったのかもしれない。なんどか瞬きをして現実を受け止める。そして、悲鳴があがる。どうやら、人身事故があったらしい。溜息が出る。折角白昼夢だとしても、彼女と出会えたことで喜びに満ちていたのに、気分が落ち込んでしまう。少し、先の方ではがやがやと野次馬や駅員たちが電車に轢かれた遺体の処理をしている。まだ、先程の彼女を忘れられずにきょろきょろとあたりを探してしまう。ただ、その痕跡でさえも見つけることができない。あぁ、毎日通えばまた彼女に会う事は叶うのだろうか。
27)ーーピッ
ガサ、ガサガサ
あーあー、これとれてる?
あーてすとてすと
ーーピッ
ーーピッ
おっけ、とれてた
ってことで、撮り始め
おーい、撮影はじめよー
うん
うん?どうしたの?一旦止めるか
ーーピッ
ーーピッ
じゃあ、そろそろちゃんと撮ろうか
そうだな、えーと、何か挨拶とかあったっけか
一応ね、自分が挨拶するからその後に自分たちの名前言ってくれる?
おーけー!
おーけー!
えーっと、はい!こんばんは、今日は最近話題にも上がっている心霊スポットに来ています!いつもは一人で撮影しているんですけど、今日はゲストに来てもらいました!どうぞ!
サカイです!
豆太郎です!
はい、二人ともよろしくおねがいしまーす!
それでは早速ですが、この廃神社へ入って行こうと思います
はい
いやぁ、もう雰囲気からして怖いですね、寒さも相まってというか
こわー!
え?いま何か動かなかった?
いや、風とか動物とかじゃないの?
えぇ、もっと大きい感じしたけど
わっあぶな!
あぁ、足元気を付けて、なんか手入れする人がいないから本当に荒れ放題で…ほら、そことか
うわぁ、なにあれ、人形?なんでこんなところにあるんだ
28)「ねぇ、たけちゃんってどうしていつもここにいるの?」私はその頃、家に帰るのがいやで学校終わり、直接家に帰ることはせずに神社に寄って時間を潰していた。そんな時にいつも一緒におしゃべりしていたのがたけちゃんって男の子で、私のつまらない話をいつも聞いてくれていた。恰好はいつも着物で、すごく珍しかったのを覚えている。なんでいつも着物を着ているのかを聞いたことがあるが、イメージかな?と言っていて、聞いてもよくわかんなかったなと思ったのを覚えている。その時はすぐに別の話題にうつってしまった。学校がある日も、休みの日も、雨が降ろうと傘を差し、神社に居た。そしてどんな時もけんちゃんも神社にいた。けんちゃんも自分と同じなのかなと、なぞに仲間意識もあった。「もしさ、大人になってもお互いひとりだったら、その時は結婚しよ」けんちゃんはびっくりしていたけれど、少し悩んだ後うんと頷いてくれた。二人で指キリげんまんをした。あれから10年経って自分は地元に戻ってきていた。
29)あぁああああ!今日も、最悪な一日だった。毎日、毎日、毎日、毎日、どうしてあんなに飽きもせず嫌がらせが出来るんだ。どこかの国では犯罪だぞ。冷蔵庫にある冷えたビールを乱暴に取る。あぁ、今日も何とか一日過ごすことが出来た。いつか来そうな自分の許容ラインを毎日ひやひやとしながら過ごしている。1缶目飲み干し、2缶目に手を伸ばす。がらりとベランダの扉を開ける、今住んでいるアパートの横には公園があって。この季節になると木々は花をつけて陽気な顔をしている。あぁ、木はいいよな、何も考えず、ただそこにあるだけでいい。とくに桜なんてちやほやされて、うぅ、と酒で緩まった涙腺から涙が零れる。ベランダに置いてある室外機に腰を落とし、涙はそのままに酒を煽る。なんで、なんでこんなことになっているのだろう。小学生の頃ってのは足が早いってだけでモテたし、中学、高校はおちゃらけキャラで友達がたくさん居た。実際社会人になってからは、はぁ、どうしてこうもうまくいかないのだろうか。自分は何かしたのか?いや、何もしていないのか。
30)幾つの時からだろうか、親や親戚に植え付けられた幸福の形。こうあるべきだ。皆そうしている。高学歴、高収入、高身長、それに加えて顔面の偏差値も高くて、優しい。そんな男性を連れてくると、親たちは喜んだ。よくやった。これでもお前も一番理想の幸福を得ることが出来る。まるで今が幸せではないといった風に言ってくる。普通が一番、ただ、得るものは普通の人と比べると上でなければならない。なんだ、普通というのは、普通とはなんだ。誰が言いだしたのだろうか、これが人間の考える幸福の形で、理想。それを得られたものだけが幸せなのだと、自分以外の他人から認めてもらうことが出来る。認めてもらうことがそんなに大切なことなのだろうか、自分だけが満足していればそれでいいのではないのか?それは幸せとは呼べないのだろうか。じゃあそんな理想の環境にある母親が幸せそうじゃないのは、どういうことなのか、少しでも気を損ねると先の尖った言葉を投げてくる。他人よ、貴方は幸せですか?