宇宙からの帰還
すごい衝撃的な本であった。とにかく宇宙に僕も行きたいと切に願うことになる本であった。
宇宙に行くという体験が宇宙飛行士の精神的、内面的な部分にどのような影響を与えたのかのインタビューをまとめた本。ほとんどの宇宙飛行士は宇宙に行ったのをきっかけに大きな変化を経験しており、それの深掘りを立花隆が行なっている。
いくつか引用
別に宇宙体験にかぎったことではないが、体験はすべて時間とともに成熟していくものである。とりわけそれが重要で劇的な体験であればあるほど、それを体験している正にその瞬間においては、体験の流れの中に身をゆだねる以外に時間的余裕も意識的余裕もないから、その体験の内的含意をつかむことができるのは、事後の反省と反芻を経てからになる。もちろん、それは覚醒した意識上での認識の話であって、潜在意識下では、その体験の瞬間から、何らかの変化がはじまっている。どんな体験でも体験者を少しは変えずにはおかない。とるに足りない体験はとるに足りないくらいに、小さな体験は小さく、大きな体験は大きくその人を変える
聖書には、この世のすべてを獲得しようとも、汝の魂を失うことになったら、何の意味があろうか、とある。しかし、この世のすべてを獲得できるなら、自分の魂を悪魔に売り渡してもいいという、ファウスト的な心境になることが人間にはある。私の場合がそれだった。月の高みまで達するために、私はいかなる犠牲もいとわなかった。そしてまさに全人生を賭けた目的であるその高みに達したところで、私はその目的のために捨て去った神に再び出会ったのだ。私は、神が私のために、あまりにも見事な筋書きを用意しておいてくれたのだとしか思えない
だいたいアメリカという国は、建国の由来を考えてみればすぐわかるように、自分の責任において行動し、自分でリスクを負う人間が作った国なのだ。ピューリタンたちがヨーロッパから船出したとき、この船が無事にアメリカに着くという保障があるのかとか、もしアメリカに無事に着かなかったら誰が責任をとるのか、などといってゴネた人は一人もいなかった。その後の西部への発展過程においても同じだ。インディアンに殺されたから政府に保障を求めるなんて人はいなかった。自分の行為のリスクは自分で負うべしという精神がこの国のバックボーンであり、それがこの国の活力を生んできた。頼るものは自分だけだというのが、フロンティア・スピリットなのだ。ところが、リベラルな政府の施策が、この精神を殺す方向にずっと働いてきた。リベラル派はリスクなしの社会を作るのだと称して、浪費に浪費を重ねて、この国の活力を奪い、財政を破産させてきた。こういうことはもうやめなければならない」
「科学と宗教というと、いつも思い出すことがある。私はアポロ・ソユーズ計画の準備のためにソ連にいくとき、ローマに立ち寄って、ローマ法王に会った。そのとき法王は米ソ共同宇宙計画を喜んで、私の仕事を祝福してくれた。そしてこういった。『あなたは現代におけるイエス・キリストの使徒である。ソ連にいったら、私からのメッセージだといって、こういってもらいたい。“私は常に宇宙計画に深い関心を払ってきた。私もまた a man of science(これを科学者と訳したら誤りだろう。サイエンスは広義に使われている。広義の科学する人、あるいは学問の人といった感じ)である。サイエンスにも、サイエンスの創造者がいたのだということを忘れないでほしい”』。私はこれをとてもよいことばだと思う。科学によって、我々の知識は日々に増していく。昨日よりは今日、昨年よりは今年、より多くの発見があり、より多くのことが説明される。宇宙も、地球も、生命も、そして我々人間の存在についても、より多くの知見が加わる。しかし、いつでも無限に多くの未知が残っていて、科学的知識の拡大は無限につづくプロセスとなり、終りがない。つまり人知は、未来永遠に有限なのだ」
どんな神秘体験にも引き金になるものがある。私の場合は、たまたまそれが宇宙から地球を見るという体験だったということだ。同じ体験を別の人は高い山に登って地上を見たときに得られるかもしれない。私が山の高さではなく、何万マイルもの高みに登らなければ、その体験が得られなかったのは、多分 私の精神がかぶっていた殻が固すぎたからだろう。
「こういうことはいえる。神秘的宗教体験に特徴的なのは、そこにいつも宇宙感覚(cosmic sense)があるということだ。だから、宇宙はその体験を持つためには最良の場所なのだ。歴史上の偉大な精神的先覚者たちは、この地上にいてコスミック・センスを持つことができた。これは凡人にはなかなかできることではない。しかし、宇宙では凡人でもコスミック・センスを持つことができる。何しろそこが宇宙だからだ。宇宙空間に出れば、虚無は真の暗黒として、存在は光として即物的に認識できる。存在と無、生命と死、無限と有限、宇宙の秩序と調和といった抽象概念が抽象的ではなく即物的に感覚的に理解できる。歴史上の賢者たちが精神的知的修練を経てやっと獲得できた感覚を、我々は宇宙空間に出るという行為を通して容易に獲得できたのだ。
読書日記