5月末のある日
三軒茶屋で飲んでいた。それなりに飲んだと思う。僕の家は中目黒にあって、三軒茶屋からは絶妙な距離があるが、歩いて帰ることにした。僕は歩いて帰るのが好きな性分なのである。今日の記憶を歩きながら噛み締めて、深く心に刻むことができるからである。どんな夜であれ刻もうと思えば刻むことはある。これはそんな帰路の歩みにおける、ある一夜の文章である。
今日は5月末にしてはだいぶ涼しかった。それに小雨が降っていた。この小雨も物思いに一人浸る僕の足取りにある種の彩を加えていたかもしれない。僕のイヤホンからその時流れていた曲、というより、流していた曲は、「」だとか、「」とか「」であって、なんか哀愁感の溢れるやつらばかりであった。
誰もいない世田谷公園の横を通り過ぎる。誰もいないやけに気取った龍雲寺通り沿いのインテリア屋を横目に、ただ足を前に進める。稀にすれ違う奴らは傘をさしているが、僕はささない。なぜならそっちの方が、なんかかっこいいからである。深夜に雨に濡れながら帰る男、なんかええやん、ということである。
そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、まもなくおうちに着くようである。また明日、誰もがいい日になりますよーに。それではおやすみなさい。良い1日を。
この文章には核がない。核がない文章は全て駄文である。
三軒茶屋で飲んでいた。歩いて帰ることにした。僕は歩いて帰るのが好きな性分なのである。
今日は5月末にしてはだいぶ涼しかった。それに小雨が降っていた。誰もいない世田谷公園の横を通り過ぎる。誰もいないやけに気取った龍雲寺通り沿いのインテリア屋を横目に、ただ足を前に進める。稀にすれ違う奴らは傘をさしているが、僕はささない。なぜならそっちの方が、なんかカッケーからである。
そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、まもなくおうちに着くようである。また明日、誰もがいい日になりますよーに。それではおやすみなさい。良い1日を。