還元と創発
現代物理学において,還元と創発は,「部分的な性質の説明」と「全体的な性質の説明」として理解される.
還元とは,高階層(全体)で起きている現象や性質を,その構成要素である低階層(部分)の法則や性質に分解して説明・理解しようとするアプローチのことである.
創発とは,低階層(部分)の性質や法則だけから予測・導出できない,新しい性質が高階層(全体)で現れることである.
哲学では伝統的に創発と還元を「両立しない」ものと定義してきたが,物理学では「両立する」とする立場がある.
例えば,階型論のように,命題間の導出的還元の失敗を創発と定義するのであれば,創発と還元は定義から両立しない.
しかし,物理学においては,ある現象が構成要素でできているという意味で還元可能であっても,その全体の振る舞いが構成要素の法則だけで予測できない創発的な性質を示すことは珍しくない.例えば,「水」は水素原子と酸素原子の結合した「水分子」から構成されている一方で,それがパイプを流れるときに生じる渦は「流体」としての法則に従う.そしてこれらモデル同士は比較されて近似的な一致が見出される.この立場において,還元とは「何でできているか」を,創発は「何が起きているか」を問う異なる次元からのアプローチであり,少なくとも記述上は(つまりモデルとして)問題なく両立しうると捉えられる.
ただし,還元も創発も,説明の仕方としての妥当性は文脈により異なる定義が与えられていることに注意が必要である.
例えば,階型論は論理的構造(集合と要素)に基づく還元・創発の関係,水の例は存在論的概念に基づく還元・創発の関係にあり,両者における「還元」「創発」概念は,名前が同じながら定義は異なる.
つまり,哲学や科学において,部分的な性質を説明するものが「還元」で全体的な説明をするものが「創発」という大まかな理解は共通する一方,哲学内部にも科学内部にも,問題固有の文脈により異なる定義がなされている.
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2025/6/10 11:25
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