観光学の哲学
を読み始めている。
きっかけは特にないんだけど脳みそのストレス解消のような、ストレッチのような感じで。
でも思いの外興味深い考察が多くて、面白い。
まぁ著者の振る舞いがどうとか他の批判的な社会学者との関係がどうとかという話は抜きにして、こと自分にとってテーマとなっている「分かるとはなにか」という話に対してヒントとなる洞察?表現?がいくつかあったのでメモしながら読んでいこうと思う。
と、その前に。
まずは自分のテーマについて整理しておこう。
何度もやってきて失敗しているものなので、うまくいかないだろうとは思っているが、、、
「分かるとはなにか」
このテーマの書き出しは本当に陳腐だし、先人たちが語り尽くした領域だろうと高をくくられ、全く展望が期待できない雰囲気になってしまう。とても残念な気持ちにいつもなる。
きっとどこかでなんとかしなくちゃいけないんだろうけど。。。でも自分にとってはこれ以上の表現がないのでやっぱりこうやって書き出してしまう。
そもそも僕が明示的に、かつ衝撃とともに「分かる」という体験を得たのは中学2年のときだ。
当時通っていた塾の数学の先生が「受験数学」ではなく「もっと学問としての数学っぽいこと」について少しだけ触れる人で、特に「手の混んだパズルのような図形問題」に対してユークリッド幾何学という枠組みを適用して解説してくれていた。
当時僕は、数学をパズルのようなものとして捉えていた。覚えた定理や公式をどれだけ工夫をこらして適用できるかという「アイディア知恵比べ」が試される苦痛なもの、それが数学だったと記憶している。
そこに現れたのが平面ユークリッド幾何学、当時は初等幾何といってたと思うが、との出会いである。
出会いと言ってもそんなしっかりとした専門書的なものではなく、先の数学の先生が「三角形の定義」について不用意に放った、たったワンフレーズの発言という「切れ端」のようなものだった。
僕はそれまで三角形というのはイメージで理解していたし、「なんか3つ角があるんだよ」くらいにしか考えていなかった。
それが「互いに平行でない3直線によって区切られた平面」なんだ、という定義を聞いたとき、とてつもない衝撃を受けた。
(Wikipediaの定義によると「同一直線上にない3点と、それらを結ぶ3つの線分からなる多角形」であった。)
そして改めて、適当に書いた三角形たちはすべて形が異なるのに、すべて”三角形”であり、同質なものとして扱われていること、
さらに同じ”三角形”なのに合同という別の概念が三角形の中に導入されており、「あるところまでは同じだけど、あるところから異なり、様々な条件や目的に従って各個別に厳密さを持つが、イコールの概念そのものを規定することは事程左様に主観的でかつ複雑である」ということ、などなど、あらゆることが必然ではなく「不可思議で、それ故に作為的」に見えてきたのだ。
この体験は衝撃だった。
僕はそこから取り憑かれたように、あらゆる概念の定義を確認し、その適応範囲や境界、イコールの概念について調べ、自分なりの見解を小さなノートに沢山まとめだした。当時はインターネットなんかなくて、中学生には難しい本に当たらざるを得なく、仕方なく自己流で色々仮説をたてたり理論構築をすることになった。しかもそんなことを披露し語ることを許してくれた相手は母親だけだった。塾から帰ったあと、冷蔵庫に貼ったホワイトボードに「その日考えた定義」について何時間も話したことを今でも覚えている。余談だが、あのとき母親は息子の成長を心から喜んでいたのだろうと、自分の息子の馬鹿らしい遊びに付き合うたびに思っている。
その後、その先生は僕の熱が上がっていくことに感づいてたのだろうか、ポアンカレの有名な発言、
『数学とは異なるものを同じものとみなす技術である』
を紹介し、ニヤニヤと僕の活動を挑発してみせたりした。
俄然やる気になったのは言うまでもなかった。
そんなこんなで僕は受験数学で得られたノウハウやパターンを、一般化して言語化するという作業を一生懸命1人でシコシコやりつづけることになる。
ところがある日ふと、何のタイミングか忘れたが、「なにが楽しくてこんなことをやってるんだろう」と立ち止まって考えてしまった。いや、今振り返れば、「なんでこんなに楽しいんだろう」というほうがより事実に近い感情だったと思う。
そしてその答えは「分かる」ということだった。
「分かる」ということは「楽しい」ということと本質的にあまり変わらないというレベルの出来事だったのだと、なぜか直感的に理解できた。それに気づいてから、僕は特になにも気にせず「楽しい=分かる」を実践し、数学以外のことについてもそのアクティビティに取り憑かれていった。あるときはまではそれで幸せだった。自分にとって「楽しい」ことがある、ということほど人生の励みになることはないものだ。
だが、またふとある日こんなことを思ってしまった。
「分かる、とはなにか」
この日から今日まで、僕は少し辛い日々を過ごしている。
なぜなら人生の励みであった「楽しみ」そのもの、またはその構造、その出自を疑いだしてしまったのだ。
「分かる、とはなにか」
僕は最初「理解の素要素」という還元主義的な考え方を採用した。