VRのメディア
海外のVRメディア(Road to VR, UploadVRなど)はゲームやガジェットがメインでVRChat(他のVRSNSも)の話題はほぼない。個人でならKent ByeさんのVoice of VRは量が多く質も高く貴重な存在だ。あとはMadame Kana、Kaerunも積極的に発信している。 バーチャルライフマガジン、メタカル最前線、Mogura VR、PANORA、リアルサウンド テック、KAI-YOU
メディアが存在すること、身銭切ってやってたり、作品の宣伝してもらったり色々と感謝はしてる。が、どうもなんか記事を読んでて感覚がズレているなと思うところも多い。
たとえばパーティクルライブの名称。VR内での演出付き音楽ぐらいのニュアンスで使われるけれど、基本はパーティクルライブ集会という界隈の名前であって、そこの出自の人たちはパーティクルライバーを名乗ってるし、様式もある。対象が明確にある。作り手がパーティクルライブだって名乗ったらそれ。
FZMZもよるとうげもBeyond a bitもキセレゾもTorchlightも、作り手からパーティクルライブって名乗ったことはない。別にそこが出自じゃないし、影響も受けてないし、様式も違う、名前によって表現が固定化されるのが嫌だから名乗らない。また、これらの演出にはシェーダーやHoudiniを使っているが、そういう手法はVRC外ですでに確立されていて数学者、論文執筆者、iq師匠、keijiro神などへのリスペクトもあって新しい表現と名乗らないのもある(はず)。一般の人が混同するのはしょうがないけど、せめてメディアの人は区別できてほしい。 メタバースの名称も使わない。FacebookがMetaに名前を変えてメタバースって言葉を使い出したことに作り手は心底嫌がってた。VRが好きで遊んでたのに商業的な都合で名前を塗り替えたことにも、便乗するそれそのものに興味ない驚き屋(今はAIのほう行った)たちにも。キヌさんの5th"はじまりのおわり" はそれに対する失望と怒り、それでも諦めないな気持ちの表明だったけど伝わってないんじゃないか。
作り手のほうがあまりにも語らなすぎなところも問題だとは思っている。しかし、VRならではとは何かと言えない程度には非言語領域なのだから語れなさもあるし、語らないほうがよいということもある。パーティクルライブに代わる名称に関してはたびたび議論してもいまだに結論はでない。
ちょっと外の界隈を見てみると質の高いメディアがある。ユーザー、作り手、作り手に興味関心が広くなったり、深められたりするもの。
EKRITS, The Graphic Design Review, 録音の肉声など
記事でいうとたとえば、大橋史『モーショングラフィックス文化とTVアニメのクレジットシーケンス』
モーショングラフィックス史を事例とともにコンパクトにまとめて系譜を辿れるようになっている。
こういう記事がVRで出せてるのってVRChatワールド探索部、Watanぐらいしか見ない。いずれも執筆はFukukozyさんとTakaomiさん。
何も専門知識が必要というわけでもなくて、たとえばnormalize.fmのdoxasさんにVR知識はないけどその人に興味持って素直に向き合ってるから面白い。
normalize.fmでのVRChat関連の人たちのインタビュー
作品なりVRなり作者なりそれそのものに興味をもち、作り手の手つきや意識と同じように向き合ってほしい。それが対等で健全な関係だと思う。