日本アジャイル昔ばなし
愛媛に移住した2010年が一つのターニングポイント。
〜2010は日本のアジャイル創世記の話。
2010〜は地方におけるアジャイル普及と苦難、地方へ波が波及してきた話。
世界がガラッと変わって、前半戦の最前線で活動していた頃が夢のようなんだよね。
自分がアジャイルコミュニティの中心で活動していたのは2000年ー2010年なので本当に創世記。闇にさす光をXPでみて、再び闇に覆われて地下活動をしていたら2007年くらいから潮目が変わって光が指してきたという感じだね。
なぜアジャイルが日本で話題になってすぐに邪険にされたのか?アジャイルという言葉が使えなかった時代があったなんて今の人わからないよね、きっと。紙爆弾との戦いとか。
個人的にはruby-mlでのXP・xUnitとの出会い、まさーるさんとの出会いや別れ、フリーランスとして参加したとある大企業のプロダクトでUnitTest&CIを導入した話、Eclipse本を書いてテスト&リファクタリングにフィーチャしすぎて売れなかった話、なんてのもあるかな。あ、LTの誕生の場面とか、LT銅鑼の出自とか、番外で腰リールとか、沢田マンションとか(もうアジャイルと関係なくなっていく)そしてアレグザンダー祭りの話もはいるのかな。このあたりの時代背景と密接に関わっているので色々含めると収集つかなくなるな。。。 ESMのアジャイル記事ではチェンジビジョンがごっそり抜けていたのでそこは補完したい。。。 最初は当時の人々にインタビューしてまとめようかと思ったけど、そういう役割は当時いた自分ではなくて、次世代の人の役割だから、自分は自分視点で語ればいいと、ESM記事を見て感じたのでした。
--
yattomのAgile Communityのスライド(2008)
fkinoがまとめた歴史のスライド(2015)
fkinoのスライドでいうと僕は一週目の人
一周目、二周目、三周目という感じで、コミュニティと現場という解像度で話を組み上げるといいのかな?tkskkd.icon2020/11/10
これを本にしたいという思いもあるのだが、そこはモチベーション的に難しそう。