文化資本によって脱地位できる説
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「持たざる者」が先天的な因子が多い市場で戦うのは不都合
お金とかはある程度、本人の実力ではなく環境で決まってしまう部分も多い
センスがないとお金があってもブランドしか買わないようになっちゃう。良い物が他人の判断軸だから。いいと思ったものを使う、食べる、体験する、そうやってリスクを取って、決断の回数を増やして、選んだことを正解にする。それが審美眼につながる。権威主義になっちゃダメだ。
— しゅんすけたかぎ (@tkgshn) September 25, 2020
だからこそ、それ以外の後天的に身に付けられる領域で頑張っていくべきだと思う
文化資本大事問題。脱地位財だいじ https://t.co/of94DADx3n
— 深津 貴之 / THE GUILD / note (@fladdict) September 26, 2020
階級のハビトゥスとしての文化弁別力とその社会的構成で引用している論文でも触れているが、文化資本は社会階層と相関関係がある
が、因果関係はない
だけど、上のツイートであるように文化資本に投資することは当人の判断で可能
決断の回数を増やして、選んだことを正解にする。それが審美眼につながる
そういったことが、先天的ではなく後天的なスキル・才能・趣味…みたいな感じで繋がるのかもしれない
教養とは何か?という問いに近いのかもしれない