「古典いらない」論
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具体的な「いらない論」を唱えるものにはまだ出会ったことがない
ただ、雰囲気として古典的価値を疎かにしてる雰囲気は感じる コンテンツとして「古典そのものをやる」というのは少なく、軽視されていると言って良いと思う。一冊の古典を熟読する機会はない。kawahiii.icon
ただし、古典のエッセンスは抽出され、体系の一部には載せられているkawahiii.icon
中学数学で言えば、幾何学(いわゆる図形)を扱うし、それはユークリッド式ではあるが、ユークリッド原論を読むわけではない。kawahiii.icon
その意味で、古典そのものに当たらなくても学べるという態度を形成させて、古典そのものを軽視する傾向を(ヒドゥンカリキュラムとして)助長しているとは思うkawahiii.icon
https://gyazo.com/88909deca0caa8d3e03c611af737ea31
プロローグ なぜ古典を読まなければならないか 日本の古典は、今や瀕死状態。現代人にほとんど顧みられない状況を見ると、「もったいな い」という気持ちがむくむくとわきあがってきます。自分たちの祖先の培ってきたさまざまな 英知をなぜ現代人は学び、吸収しようとしないのか?過去から学ぶ物は何もないと思えるほ ど、私たちは優れているのか?