1日に分泌できる量には限りのあるドーパミンを制御する
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@0xtkgshn: 現実を楽しむための力というか考え方はあるかもね。楽しいことは無限だけど、自分がドーパミンを分泌できるのは限りあるし、相対的なものでしか判断できなくなる。意味はないけどドーパミンが出るものか、意味はあるけどドーパミンは(比較的)出ないものであれば、後者のために前者を止める。 @miyatti: で、そのぐらい退屈な状況って、実は頭の整理とか妄想とかしてアイディアの取っ掛かりとかを生み出すのに最適な時間だったことも思い出すんですよね。その時間を「自分の好きなこと」にあててドーパミン出す時間にここ二十年変換させてなくしてきた行動で、その再評価をしなきゃなと思ったりする