ソフトウェア開発、2026.5
ソフトウェア開発を「部分的に確率的に間違っても仕組みで気付けるプロセス」として再考できるか
というのはそのとおりだと思う
もはや Agentic Coding や Agent に完全委譲した世界観において、生産能力に対する開発者の理解が一番問題になっている気がする。Comprehension Debt の話 現実、自分でパッと修正したいと思った内容は Agent に丸投げしたほうが早く、そのまま PR もつくらせてチームレビューとすることが多い。そこでマージされた後に見落としがあればそれは気付けないプロセスではある
誇大で過剰な生産能力は経営者にとって魅力的に映るため、Agent 完全委譲型で機能追加されるソフトウェアはどんどん増えていくだろう
自分で理解し写経するような勉強方法がとても心地よいのも事実で、ふつうのLinuxプログラミングで慣れない言語を使って地道に写経し理解することは人間の最大の特権だと思う AIに完全委譲し膨れていくソフトウェアにおける「理解不足で手に負えない」状況は、所与のレガシーなソフトウェアの課題の核が技術的負債ではなく、実は「我々が理解しようとしない態度」であった、という状況と似ている気がする