壁法
下準備としての糸口メモ
使われている紙切れはA4判の白紙を八つ切りにしたもの。
スカッとしたアイディアを思いつけば、もちろんそれはそのままメモにしたが、そうゆかない場合には、何でもいいから書いた。お魚がはっきり見えていない状態で寸鉄人を刺すよううな一口メモは書けない。たいていの場合、書けるのは生ぬるいうわごとばかりであった。アイディアが明確になっていないから、短い言葉ではいいたいことが表現しきれず、いきおいそれからそれへと、ふつうの文章っぽく書きたい気持ちに駆られた。それを自制する努力はやめて、書きたいことが一枚の紙片にまとまらなければ、遠慮なく二枚、三枚と続けて書き、ホチキス止めすることにした。
いま書いた文章がさっき書いたメモとつながる、と気づいたときは、メモ同士をホチキス止めにした。もしそのとき、ちょっとしたつなぎの言葉を思いつけば、新しい紙片を書いてそこにはさみ込んだ。これはいらないな、と思った紙片は、止めてあるホチキスを引きはがして捨てた。
面白いことに、そうやって長々しく書いてゆくと、アイディアがふくらんできて案外うまく先がつながることが多かった。またそうやって書いてゆくうちに、新しいことをポカッと思いつくこともあった。新しい思いつきは、とりあえず独立の紙片にして、その辺にころがしておくことにした。アイディアを文章の形にはめ込んでゆくという行為が、新しいお魚を呼び出すもとになったわけだ。
壁に貼り付ける
こうして作成した紙片の長い鎖を、壁にピン留めして少し遠くから眺めてみる。すると、鎖全体につける表題を思いつくようなこともある。そうしたときは、紙片一杯に表題を書いて追加する。
表題同士を見比べているうちに、文章全体の構造が見えてきたりした。その結果、ああ、この鎖はもっと先の方がいいなとか、こういう話が落ちているじゃないか、とか気づいたりもした。
鎖は何日でも壁に貼っておいて、気が向いたとき眺めるようにした。眺めるたびに、必ずといっていいほど、何かしら新しいことを思いついた。四〇〇字詰め原稿用紙三〇枚分ぐらいまでは一目で見渡せるのが、とても具合がよかった。段階ロは紙片状の一口メモを並べ換えることによってではなく、おもに紙片の連鎖の上に展開された、ある程度イメージのはっきりしたbんしょうをどさっと並べ換えることによってやった。そしてそれをすることが、また新しいお魚を呼びさますもととなった。
壁からはがす
原稿にまとめるときは、鎖を一本ずつ壁から剥がして、それを原稿用紙や印刷用紙などに書き写す。