情報漏洩防ぐ「VPN」逼迫 在宅勤務の拡大阻む
https://gyazo.com/50322a127bf5d97623990d4ae4bd5c34
多くの企業がテレワークを一気に拡大するなかで、ボトルネックが浮上している。通信を暗号化して情報漏洩を防ぐ「VPN(仮想私設網)」の逼迫だ。需要の急増で専用機器が確保しにくく、緊急事態宣言後は設置技術者も外出自粛を求められている。システム構築を担う企業からは「新規受注は受けられない」との悲鳴が上がり、導入までに数カ月を要するケースも出てきている。
「数十件、ネットワークの増強依頼があった。これほど同時に依頼が来るのは過去に例がない」。ネットワーク構築を手掛けるユニアデックスの担当者は、「特需」に驚きを隠さない。新型コロナウイルスの感染拡大と比例するように、VPNの増強を求める企業が殺到しているという。
政府は7日に緊急事態宣言を発令し、対象地域では出勤者を7割減らすよう企業に求めた。システム構築企業にとっては腕の見せどころだが、3つの要因がビジネス機会を阻んでいる。
まずはテレワークで使う専用機器の不足だ。
VPNは従業員の自宅などから企業内ネットワークにアクセスする時に、通信を暗号化して安全性を高める仕組みのこと。社内の既存システムを外部から利用する手段として、テレワークを考える多くの企業が既に導入している。
利用するには社内の各拠点に専用機器を設置する必要がある。だがここで問題が生じている。2月以降に中国で生じた供給網の混乱で、機器が払底しているのだ。
ユニアデックスでは4月に入って機器在庫が極端に少なくなり、機種によっては数カ月待たなければ手に入らない場合もあるという。「エンジニアの手が足りず、既に受注した案件の対応すらままならない」(担当者)。新規受注は原則として断っているという。
2つ目の問題はネットワーク技術者の人手不足だ。仮にVPN専用機器を調達できても、それを社内システムに組み込んで同時接続数などを調整するには、現地に足を運ぶ必要がある。
富士通ではVPN機器の在庫は潤沢だが、自治体などからの外出自粛要請が強まる中で技術者の派遣が困難になっている。「社内でもテレワークが主流になり、限られた人員で対応を急いでいる」という。
最後の問題はパソコンの需給逼迫だ。テレワークを円滑に進めるには、一定の機能を備えた端末を社員に配布する必要がある。だがVPN専用機器と同様に製造が中国に偏っているため、高まる需要に供給が追いついていない。
ある国内証券会社では基本ソフト(OS)「ウィンドウズ8.1」以降を搭載したパソコン以外は、社内システムに接続できない仕組みだ。セキュリティー上の不安があるためだ。同社では4月上旬から原則としてテレワークに移行したが、「米アップル製のパソコンしか持っていない社員は仕事ができず、事実上自宅待機になっている」(中堅社員)。
VPN機器を自社で持つ必要がない、クラウド型のテレワークサービスを提供する企業も増えている。本来なら早期導入が可能だが、こちらも高まる需要をさばききれない状態になっている。
クラウド経由で社内パソコンを遠隔操作できるサービスを提供するソリトンシステムズには、1日60社から申し込みがあるという。3月に期間限定でサービスを無償提供すると発表したのがきっかけで、これまでに約1500社から申し込みがあった。有償版を利用していた顧客からもシステム増強の要望があり、顧客拠点に赴く必要がないにもかかわらず「平常時の倍の10営業日以上待たせていた」(同社)。受け付け要員を倍増させるなどして対応を進める。
NECでもテレワークに使われるクラウドの能力増強への依頼が増えているが「対応に数カ月かかり、作業員を増員している」(同社)という。
総務省によると、日本企業のテレワーク導入率は18年時点で2割以下にすぎなかった。ただ新型コロナの発生で潮目が変わった。東京商工会議所による3月の調査ではテレワークを実施している企業は26%だが、「実施検討中」は19.5%に上った。4月以降にこの比率が高まっているのは間違いなく、テレワーク導入の「待ち時間」はさらに伸びそうだ。企業は既存のシステムを有効活用するため、VPNを利用する部署や時間を分散させるなど運用上の工夫が求められそうだ。
■データセンターにも懸念
VPNと並んで問題となりそうなのが、データセンターの処理能力不足だ。利用の急拡大にシステム増強が追いつかないケースも出ている。
米マイクロソフト(MS)の職場向け協業アプリ「チームズ」は、3月半ばの1週間だけで全世界の利用者数が1200万人増えた。3月末には1日当たりのべ27億分を上回るビデオ会議や、電話会議の議事録の作成処理などが発生しているという。
同社はデータセンターの処理性能を7倍に高めたが、新型コロナの影響が深刻な欧米ではアクセス集中で一部の機能を制限するなど、トラブルの兆しが見え始めた。日本MSによれば、国内では今のところ障害が起きていないが、需要の急拡大に対応するには先手を打ち続ける必要がある。クラウド利用が急増しているNECもデータセンターの増強を進める。
もともと日本はクラウド利用が遅れている。米ガートナーの調査によると、19年時点のIT支出に占めるクラウド関連費用は3%にとどまる。10%に達する米国と比べて「数年遅れの状況だ」と同社は指摘する。
テレワークの拡大で国内のクラウド利用率が急増すると、MSに限らずデータセンターの処理が追いつかなくなる懸念がある。在宅勤務により運用技術者などを十分に確保できない中で、どうやって障害を回避するのか。綱渡りが続きそうだ。