オートポイエーシス
オートポイエーシスとは
定義・・・生命体がいかに世界を認知観察しているかという生命の本質を考察するための理論
名称の由来・・・ギリシャ語の「自己・制作」が語源で、自分で自分を再帰的・循環的に創り出す(自己創出)という観点から見た生命体
重要なのは、ここでいう生命体が「自律的な閉鎖系システム」であるとしている点です。この「自律的」や「閉鎖系」とは何を意味するのでしょうか?
自律的・他律的
他律的・・・設計図の通りに作動するということであり、機械やプログラムなどがこれに当たる
外界からの刺激(入力)に対して、決められたルール(設計図)に則って、作動(出力)する存在であり、ここにははっきりとした因果関係があることを意味します。
自律的・・・作動の仕方(設計図)がなく自生するということであり、勝手に自分で自分を創りあげる自己言及的なもの
生命体がまさにこれに当たる。
生命体は本質的に他律的ではなく自律的な存在であり、機械などとは作動原理が異なること
を指します。
もちろん、生命体の反応に再現性があり、刺激に対する因果関係があるように見えることもあります。
しかし、これは機械が人間によって制作されたルールに従うように、外部から与えられたルールに従っているわけではなく、生命体がその固有の歴史に依存しながら、再帰的・自己創出的に作動していることを示していると考えられます。
ここから、生命体の反応はある程度は予測することは可能であるが、そのダイナミクスを完全に把握し操作することはできないと言えるのです。
閉鎖系
このように生命体が自律的な存在であることがわかると、「閉鎖系」という言葉の意味がわかります。
生命体は明確で客観的な作動のルールに従うわけではなく、自ら観察し自らに即した世界を構成しつつ生きているため、他の生命体はその世界を直接認知することはできないのです。
たとえば、ジェットコースターで怖くてフラフラしてしまう人と、楽しみでワクワクする人がいたときに、ワクワクしている人は怖がっている人の感覚をそのまま共有することは不可能です。こうした不可知性こそが、生命体が閉鎖系システムであることを示しています。
こうして「自律的な閉鎖系システム」を前提にすることで、身体を持つ生命体が持つ主観的、暗黙的な部分にまで着目することができるようになったのです。
ちなみに、オートポイエーシスは素朴実在論的な世界観を否定しているともいえます 自律的な閉鎖系システムであるがゆえに、全ての人に共感することは不可能
自律的であるからこそ、相互作用を通してその人というシステムに共感することは出来なくても変化をもたらすことは可能⇒ただし共感できないという前提ではポジティブな相互作用をもたらすことは難しい
生物学における起源
そもそも、オートポイエーシス理論とは、1970年代から1980年代に生物学者ウンベルト・マトゥラーナとその弟子のフランシスコ・ヴァレラによって提唱されたのが始まりとされています。
ここでは、マトゥラーナがオートポイエーシス理論を構想したきっかけをご紹介します。
マトゥラーナはもともと生物の視覚の研究者でした。1964年にハトの色覚の神経活動を研究している時、ハトの目にいろいろな波長の光を当てて脳の視神経の興奮パターンを調べていると、いくらデータをとっても因果関係が明らかにならないことに気がつきます。
つまり、同じ波長の光を当てても、異なる反応が現れた。
もしハトが機械のように他律的な開放系システムであれば、作動の仕方が決められているため、入力(光)と出力(神経の興奮パターン)に関するはっきりとした因果関係があるはず
この瞬間、マトゥラーナはハトの反応が過去の記憶に基づきながら内部的に決まってくることに気づいたのです。
つまり、ハトの神経系システムがただ過去の反応を再現するだけの機械的なものではなく、時々刻々と世界を認知し、自分の記憶を更新し続けていく自律的かつ閉鎖的な存在であることに気づいたのです。
これがオートポイエーシス理論を構想するきっかけとなりました。こうして、自律的な閉鎖系システムとしての神経系システムがあるからこそ、生物は生命システムとして存続することができることを示されていきます。
他の学問への展開
この生物学起源のオートポイエーシス理論は、社会学者のニクラス・ルーマンによって社会科学の領域に本格的に導入されていきます。
具体的に、ルーマンは、1980年代になるとオートポイエーシス理論を導入し「機能的分化社会理論」と呼ばれる斬新な社会理論を提唱しました。
ルーマンの理論はあくまで社会が対象であるため、生命体の世界認知とは直接の関係は薄いです。しかし、ルーマンの努力によって、社会学に限らず人文社会科学をはじめとして多くの領域における人々に注目されるようになりました。
しかし、2次サイバネティクスやオートポイエーシス理論などによる生命体の世界認知は、その後は世間に受け入れられませんでした。20世紀の終わり頃から21世紀にかけて、生命体をめぐる科学理論としては、自己組織理論や複雑系科学といったものが脚光を浴びるようになりました。
しかし近年、メディア学者のマーク・ハンセンや文学者のブルース・クラークを中心に「ネオ・サイバネティクス」と呼ばれる潮流が現れてきています。オートポイエーシス理論や2次サイバネティクス、機能的分化社会理論など閉鎖系システムの議論をまとめたもので、21世紀を担う重要な知の一つと位置付けられています。
社会理論への展開
まずは、生物学起源のオートポイエーシス理論がルーマンによって機能的分化社会理論へと導入される過程を紹介します。
結論からいえば、ルーマンは、近代以降の社会を、政治・経済・教育・科学などの機能システムごとに分化した社会(機能分化社会)として捉え直した。 その際に、オートポイエーシス理論から機能的分化社会理論への影響があったといえます。
ルーマンが想定した近代国家は、一元的な原理や支配的機能といったものは存在しなく、脱中心的・多中心的な社会です。そのため、多元的なシステムはそれぞれが関係しながらも、自立し上下関係がなく、それぞれが生命体のように自己創出していくとされました。
たとえば、政治システムと経済システムを例にとってみると、互いに税によって関係づけられていますが、自律的なシステム同士が相手のシステム内部で行われる作動に干渉することはない、とルーマンは考えます。
政策の実現可能性は税収に依存するものの、政治システム内部でどのような政策がとられるかについては依然、政治システムの作動の問題であるのです。このような多元的で自律的な閉鎖系システムをルーマンは想定していました。
組織理論への展開
次に、組織理論ではオートポイエーシス理論を活用することによって、組織内の当事者にとって共有された文脈、関係性、意味合いとしての「場」をいかに構築していくかが重要であることが示されました。
提唱者の一人のヴァレラは、生命は自己に準拠して自己を創り出していく自律的なシステムであるという考え方を追求する中で、身体化された心という概念を提示しました。 これを踏まえると、組織における知識や技能といったものが、個々人の身体を通じた認知・経験・知識獲得などを通じて得られるものであり、環境(場)との関係性の中からしか生まれないことが分かります。
組織設計で重要なのは、組織の業務や職務分担ではなく、個を中心にしていかに彼らが組織内外の多様な知識にアクセスし、協業できるかといったことなのです。
シンギュラリティ仮説
最後に、近年話題のシンギュラリティ仮説を扱って、実際にどのようにオートポイエーシス理論が活用されるのか考えてみましょう。 シンギュラリティ(技術的特異点)仮説とは、カーツワイルが提唱した仮説で、2045年には機械(AI)によって人間を超える優れた知性が実現するというもの
オートポイエーシス理論から視点でいえば、シンギュラリティ仮説が人間と機械を区別する視点を持っていないことがわかります。
具体的には、以下の理由からです。
・シンギュラリティ仮説では、機械による人知の模倣が可能であり、いずれ機械(AI)が超知性や絶対的真理を実現することができるとされる
・しかし、本来人間の心とは人間主体が身体の内側から経験し、行動に伴ってダイナミックに創出するもの
ここまでを踏まえると、人間と機械を同一線上で比較し「人間VS機械」のような対立構造を立てること自体がナンセンスであることがわかります。
あえて述べるならば、これからの時代は機械(AI)を使える人間と機械(AI)を使えない人間の対立が二極化していくという図式で捉えるべきといえます。
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