タスク管理は仮固定なのか。
「なぜ文系は重要か:そのあまり言われない理由」という千葉雅也先生のnoteの記事を読んだ。有料記事なので、有料部分には触れずに、思ったことを書いてみたいと思う。
書いてみようと思うのは、タスク管理についてである。記事を読んで、「仮固定」という概念がタスク管理にも話が拡張できるのではないかと思ったからだ。
タスク管理という言葉からイメージされるのは、定義が厳密になされた科学的、理系的管理ではないだろうか。タスクとして定義されたやるべきことは一義的であって、他の解釈を許さないような。
実際、タスク管理を行う上で作成されたタスクリストは、一義的でなければ意味をなさないと思う。
買い物リストで、肉と書いてあったとしよう。肉は、鶏肉なんだろうか、豚肉なんだろうか、それとも。。。
このように、多義的であると、迷いが生じて、効率的ではない。牛肉と書いてあれば、加えて、ブロックで200gと書いてあれば、迷わず、必要な牛肉を買うことができるだろう。
しかしである。肉と書いてあるリストでも、正確に買うことが可能な場合がある。我々は、日々暮らし、仕事をしている。そうした中で、習慣を身につけ、コンテキストを意識して生活している。
肉という文字を見た時、自分の家では、カレーの日は、豚肉しか使わないし、分量は300gで間に合うし、ブロック肉を買っていることを思い出せれば、豚肉を買うことができる。
このような場合、多義的な肉という情報を習慣やコンテキストによって限定しているように思う。
この情報の限定が、千葉先生の記事の中に出てきた「仮固定」と通じるものがあるのではないかと思った。
仮固定せずに、なぜ今日はカレーなのか、なぜ人は他の動物の肉を食べるのかなどと深掘りをしたり、肉には、牛肉、豚肉、鶏肉のほか、鹿肉、熊肉もあるよねという風に広げたりしていては、買い物は終わらせることができない。
「自然言語において語と指示対象は絶対的な一対一対応関係にならない」
タスク管理において、リストの語と指示対象は絶対的な一対一対応関係にならない。
そうであれば、仮固定が必要なのではないだろうか。