数論的関数とDirichlet環
Abstract
数論的関数とは, 正整数を定義域とする複素数値関数である.
数論的関数の集合に加法と, Dirichlet畳み込みと呼ばれる演算を定義すると, これは環をなし, Dirichlet環と呼ばれる.
Explanation
Dirichlet環の定義
数論的関数
まずは, 数論的関数を定義しよう.
Definition (数論的関数)
定義域が$ \Z_{>0}であるような複素数値関数を数論的関数 (number-theoretic function) という.
数論的関数の集合を, ここでは$ \mathcal{N} := \{ f \colon \Z_{>0} \to \mathbb{C} \}と書く.
数論的関数の単純な例
例えば, (単純ではあるが) 次のような数論的関数がある:
Definition (定数関数)
$ n \in \Z_{>0}と$ c \in \mathbb{C}に対し, 次で定義される関数$ k_c \in \mathcal{N}を定数関数 (constant function) という:$ k_c(n) := c.
とくに, $ k_0は$ 0とも書く.
Definition (単位関数)
$ n \in \Z_{>0}に対し, 次で定義される関数$ \varepsilon \in \mathcal{N}を単位関数 (unit function) という:$ \varepsilon(n) := \left\lfloor \frac{1}{n} \right\rfloor.
Definition (べき乗関数)
$ n \in \Z_{>0}と$ c \in \mathbb{C}に対し, 次で定義される関数$ N^c \in \mathcal{N}をべき乗関数 (power function) という:$ N^c(n) := n^c.
加法
数論的関数の集合$ \mathcal{N}に二つの演算, すなわち, 加法とDirichlet畳み込みを定義しよう.
まず, 加法を次で定義する.
Definition (数論的関数の加法)
数論的関数の集合$ \mathcal{N}に, 加法$ + \colon \mathcal{N} \times \mathcal{N} \to \mathcal{N}を以下で定義する:
$ f, g \in \mathcal{N}に対し,$ (f + g)(n) := f(n) + g(n).
数論的関数の集合に加法を入れた$ (\mathcal{N}, +)は (明らかに) 可換群になる.
Lemma 1
数論的関数の集合に, 上で定義した加法を入れた$ (\mathcal{N}, +)は, 可換群である.
Proof
任意に$ f, g, h \in \mathcal{N}をとる.
(結合性) $ (f + g) + h = f + (g + h)であることは, 通常の加法の性質から成立する.
(可換性) $ f + g = g + fであることは, 通常の加法の性質から成立する.
(単位元の存在) 定数関数$ 0は$ f + 0 = 0 + f = fを満たし, 単位元になる.
(逆元の存在) 関数$ fに対して$ (-f)(n) := - f(n)とすると, $ (-f)は$ f + (-f) = (-f) + f = 0を満たし, $ fの逆元になる.
以上より, $ (\mathcal{N}, +)は可換群.$ \blacksquare
Dirichlet畳み込み
次に, Dirichlet畳み込みを定義する. これは, 数論的関数の集合$ \mathcal{N}における「積」である.
Definition (Dirichlet畳み込み)
数論的関数の集合$ \mathcal{N}に, 二項演算$ * \colon \mathcal{N} \times \mathcal{N} \to \mathcal{N}を以下で定義する:
$ f, g \in \mathcal{N}に対し,$ (f * g)(n) := \sum_{d \mid n} f(d)g\left( \frac{n}{d} \right).
$ (f * g)を, $ fと$ gのDirichlet畳み込み (Dirichlet convolution) という.
実は, 数論的関数の集合にDirichlet畳み込みを入れた$ (\mathcal{N}, *)は可換モノイドになる.
まず, 以下を確認しておく.
Lemma 2 (Dirichlet畳み込みの別表示)
$ f, g \in \mathcal{N}に対し,$ (f * g)(n) = \sum_{a \cdot b = n} f(a)g(b)である.
Proof
$ d \mid nのとき, $ d \cdot \frac{n}{d} = nであり, $ a = d, ~ b = \frac{n}{d}とすれば$ (f * g)(n) = \sum_{a \cdot b = n} f(a)g(b)を得る.$ \blacksquare
Lemma 3
数論的関数の集合に, 上で定義したDirichlet畳み込みを入れた$ (\mathcal{N}, *)は, 単位元を単位関数$ \varepsilonとする可換モノイドである.
Proof
任意に$ f, g, h \in \mathcal{N}をとる.
(結合性) $ (f * g) * h = f * (g * h)であることを示す. Lemma 2より, 任意の$ n \in \Z_{>0}に対して,
$ ((f * g) * h)(n) = \sum_{d \cdot c = n} (f * g)(d)h(c) = \sum_{d \cdot c = n} \left( \sum_{a \cdot b = d} f(a) g(b) \right) h(c) = \sum_{a \cdot b \cdot c = n} f(a)g(b)h(c).
同様にして,
$ (f * (g * h))(n) = \sum_{a \cdot b \cdot c = n} f(a)g(b)h(c)なので, $ *は結合的である.
(可換性) Lemma 2の表示より明らか.
(単位元の存在) 単位関数$ \varepsilonが単位元になること$ f * \varepsilon = fを示す.
まず, $ \varepsilon(1) = 1, ~ \varepsilon(n) = 0 ~ (n \neq 1)であることに注意すると, Lemma 2より,
$ (f * \varepsilon)(n) = \sum_{a \cdot b = n} f(a)\varepsilon(b) = f(n) \cdot \varepsilon(1) = f(n).
以上より, $ (\mathcal{N}, *)は可換モノイド.$ \blacksquare
Theorem 4 (Dirichlet環)
数論的関数の集合に, 上で定義した加法とDirichlet畳み込みを入れた$ (\mathcal{N}, +, *)は可換環になる. この環をDirichlet環 (Dirichlet ring) という.
Proof
Lemma 1, 3で, すでに$ +について可換群になることと$ *について可換モノイドになることは示したので, 後は
任意に$ f, g, h \in \mathcal{N}をとる.
(演算が分配的であること) $ f * (g + h) = (f * g) + (f * h)であることを示す. Lemma 2と, 加法の定義より,
$ (f * (g + h))(n) = \sum_{a \cdot b = n} f(a)(g + h)(b) = \sum_{a \cdot b = n} f(a) (g(b) + h(b))
$ = \sum_{a \cdot b = n} f(a)g(b) + \sum_{a \cdot b = n} f(a)h(b) = (f * g)(n) + (f * h)(n)
$ = ((f * g) + (f * h))(n).
以上より, $ (\mathcal{N}, +, *)は可換環.$ \blacksquare
Dirichlet逆元
Dirichlet畳み込みについては, 逆元が存在する数論的関数 ($ *に関する単元: invertible element) がある. 集合$ \mathcal{N}^{\times}は群をなし, 単元群と呼ばれる. また,$ \mathcal{N}^{\times}は可換群になっていることも容易にわかる.そのような元の集合を
$ \mathcal{N}^{\times} := \{ f \in \mathcal{N} \mid \exist g \in \mathcal{N}, f * g = \varepsilon \}
と書く. $ \mathcal{N}^{\times}に含まれる元の特徴づけを与えたい.
Theorem 5 (単元が存在するための必要条件)
数論的関数$ f \in \mathcal{N}について, 次が成り立つ:
$ fが$ *について逆元$ gを持つ, i.e., $ f * g = \varepsilonならば, $ f(1) \neq 0である.
Proof
$ f * g = \varepsilonの両辺の$ 1における値を考えると $ (f * g)(1) = 1である. 左辺は,
$ (f * g)(1) = \sum_{a \cdot b = 1} f(a)g(b) = f(1)g(1)
であるから, とくに, $ f(1) \neq 0がわかる.$ \blacksquare
Theorem 6 (単元が存在するための十分条件)Dirichlet逆元の表記は通常の逆関数と同じ表記だが, 異なるものであることに注意. (一般には, 数論的関数に逆関数が存在するとは限らない.)
数論的関数$ f \in \mathcal{N}について, 次が成り立つ:
$ f(1) \neq 0ならば, $ f * g = \varepsilonとなる元$ g \in \mathcal{N}が一意的に存在し,
$ g(1) = \frac{1}{f(1)}, \quad g(n) = - \frac{1}{f(1)}\sum_{d \mid n, ~ d < n} f\left( \frac{n}{d} \right) g(d) ~ (n > 1)
と与えられる. この一意的な元$ gを$ f^{-1}と書き, $ fのDirichlet逆元 (Dirichlet inverse) という.
Proof
$ f * g = \varepsilonが成立するように, 各$ nに対して$ g(n)の値を帰納的に決めていくことで$ gを構成する.
(ベースケース)
$ (f * g)(1) = f(1)g(1) = \varepsilon(1) = 1であり, $ f(1) \neq 0なので$ g(1) = \frac{1}{f(1)}と一意的に定まる.
(帰納ステップ)
$ k < nのときの成立を仮定する. $ (f * g)(n) = \varepsilon(n) = 0であり, 左辺は
$ (f * g)(n) = \sum_{d \mid n} f \left( \frac{n}{d} \right) g(d) = f(1) g(n) + \sum_{d \mid n, ~ d < n} f \left( \frac{n}{d} \right) g(d)
となるので,
$ g(n) = - \frac{1}{f(1)}\sum_{d \mid n, ~ d < n} f\left( \frac{n}{d} \right) g(d)
となる. $ d < nなので, 総和をとっている$ g(d)は一意的に値が定まっている. よって, $ g(n)も一意的に値が決まり, 上式の形で与えられる.
以上の$ gの構成法より, $ f * g = \varepsilonが成立することは明らかである.$ \blacksquare
以上より, 以下がわかった:
Corollary 7 (Dirichlet環の単元群の特徴づけ)
以下が成り立つ:
$ \mathcal{N}^{\times} = \{ f \in \mathcal{N} \mid f(1) \neq 0 \}.
References
T. M. Apostol, "Introduction to analytic number theory", Springer-Verlag, 1976.
中村 憲, 『数論アルゴリズム』, 朝倉書店, 2009.