AIモデルに「即時取得」は成立するか?|弁理士田中智雄
1. 最大の障壁:AIモデルは「有体物」か?(民法85条) 即時取得が成立するための第一条件は、対象が「動産(有体物)」であること。 民法の原則: 民法85条は、物は「有体物」に限るとしている。電気などのエネルギーは例外的に管理可能であれば物とみなされるが、データそのものは「形がない」ため、原則として民法上の「物」ではない。
物理的実体との切り離し:
USBに入ったモデル: USBメモリという「箱」は動産、中身のデータは情報。
クラウド上のモデル: そもそも物理的な占有が不可能。
2. 具体的な例:盗まれた「創薬支援AI」の売買
被害者 A社: 数十億円かけて開発した「新薬候補を特定する学習済みモデル」をサーバーから盗まれた。
泥棒 B: A社の元社員。データを持ち出し、ダミー会社を装って販売。
買主 C社: Bから「独自開発のモデルだ」と説明を受け、相場価格で購入。自社の創薬ラインに組み込んだ。
「即時取得」が成立すると仮定した場合
もしAIモデルを「動産」とみなすことができれば、C社が「善意・無過失」であれば、C社は即座に完全な所有権を手に入れる。
この場合、真の権利者A社はC社からモデルを返してもらうことができず、泥棒Bに対して損害賠償を請求するしかない。真の権利者は泣き寝入り。
3. 現実の法理:即時取得は「否定」される可能性が高い
データであるAIモデルに即時取得は適用されない。
情報の非独占性: 情報はコピーが可能であり、誰かが持っているからといって他人が持てないわけではない。「占有」に所有権を推認させる公信力を認めにくい。
不当利得や不法行為での解決: AIモデルが盗まれた場合、民法の所有権ではなく、不正競争防止法(営業秘密)や、不法行為(709条)による差し止め・賠償で解決を図る。
4. 即時取得できないことのデメリット
取引の安全の欠如: 即時取得がないということは、AIモデルを買う側は「この売り手が本当に真の権利者か?」を、特許原簿のような公的な裏付けがないまま、完璧に調査しなければならない(=常に権利を奪還されるリスクを負う)ことを意味する。
善意の買主の保護: C社が巨額の投資をしてモデルを組み込んだ後に、A社から「それはうちから盗まれたものだ、消去しろ」と言われた場合、C社の損害は甚大。
盗品・遺失物の特則(民法193条)の類推適用は?
AIモデルに192条を類推適用したとしても、「盗まれたもの」であれば2年間は取り戻せるという193条がセット。知財のスピード感で「2年間」も返還リスクが残るのは、ビジネスとしてはかなり重い制約。
実務上は「AIモデルの譲渡契約」において、「表明保証(権利者であることの保証)」をいかに厚く積むか