商標法違反と「詐欺罪」|弁理士田中智雄
「偽物と知って買った客」と「本物と信じて買った客」で、成立する罪はどう変わるか。
商標法(商標権侵害): 商標が持つ「自他商品識別機能」や「出所表示機能」を守り、商標権者の業務上の信用と、消費者が間違えて買わないという社会的な信頼を守る。
刑法(詐欺罪): 個人の「財産(お金や物)」を守る。 守る対象が異なるため、一つの行為で両方の罪が成立する可能性。
2. 罪の成否
「偽ブランドのバッグを10万円で売った」という同一の行為でも、買い手の状態によって結論が変わる。
① 「本物だ」と嘘をついて売った場合
買い手は「本物なら10万円出す価値がある」と信じてお金を払った。
商標法違反: 登録商標を不正に使用した商品を販売したため成立。
詐欺罪: 買い手を欺き(欺罔)、勘違いさせ(錯誤)、お金を出させた(処分行為)ため成立。
② 「これは偽物(コピー品)だ」と明示して売った場合
買い手は「偽物だけど、安くて見た目が良いから欲しい」と納得して買った。
商標法違反: 偽物と教えていても、商標権者の権利を侵害していることに変わりはないため成立。
詐欺罪: 買い手は騙されておらず、勘違いもしていないため不成立。
結論: 商標法違反のみ
3. 「観念的競合」とは?
①のように、一つの行為(販売)が複数の罪に触れる場合、刑法54条1項前段により「観念的競合」。 刑法54条1項前段:
一個の行為が二個以上の罪名に触れるときは……最も重い刑により処断する。
商標法違反と詐欺罪を別々に計算して足すのではなく、「より重い方の刑罰」の範囲内で裁かれる。一般的には、懲役刑の法定刑が重い「詐欺罪(10年以下の懲役)」をベースに判断されることが多い。
4. なぜ「詐欺罪」が重要なのか?
商標権者(被害企業)の視点からすると、詐欺罪が加わることには実務上の大きなメリット。
警察の動き: 詐欺罪は国民にとって馴染み深く、被害金額も明確なため、警察が捜査に本腰を入れやすくなる。
没収・追徴: 詐欺罪が成立すると、犯罪によって得た利益(売上金など)を没収・追徴しやすくなり、犯人の資金源を断つ効果。
情状: 単なる商標権侵害よりも、「一般消費者を騙して暴利を貪った」という詐欺の側面がある方が、判決での量刑が重くなりやすい。
知的財産権の侵害事案において、刑事ルートを選択する場合、「商標の同一性・類似性」の立証はもちろん、「どのように消費者を騙したか」という詐欺の証拠(ECサイトの偽装表示、やり取りのメールなど)を押さえることが、より強力な法的追及につながる。