不正競争防止法違反(刑事罰)と、刑法の横領罪・背任罪の使い分け|弁理士田中智雄
1. なぜ情報をコピーしても「窃盗罪」にならないのか?
刑法235条の窃盗罪が成立するためには、対象が財物である必要がある。
① 有体性の壁
財物は原則として有体物に限られる。
情報の本質: 情報は無体物。USBメモリという「器」は有体物、その中身である「データ」は有体物ではない。
電気の例外: 刑法245条で「電気は財物とみなす」という明文規定があるが、情報については同様の規定がない。
② 「占有」の移転がない
窃盗罪は、他人の占有を排除して自分の占有に移す罪。
コピーの性質: データをコピーしても、元のデータは相手の手元に残ったまま。持ち主の「占有」が失われないため、「盗んだ(占有を移した)」とはみなされにくい。
2. 刑法理論の適用:不法領得の意思の限界
窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思をデータに当てはめると、さらに矛盾。
権利者排除意思: 持ち主を追い出して、その物を使えないようにする意思。コピーしても持ち主はそのままデータを使えるため、この意思を認めるのが論理的に困難。
利用処分意思: その物の経済的価値を享受する意思。こちらは認めやすいが、排除意思が欠けるため、セットで成立させるのが難しい。
3. 実務:不競法・横領・背任の使い分け
刑法の窃盗罪が使いにくいため、実務では不正競争防止法や、他の刑法上の罪(横領・背任)を検討することになる。
不競法違反     営業秘密を不正にコピー、持ち出した場合  情報の「秘密管理性」などが要件。刑事罰の主役。
(業務上)横領罪  会社支給の「記録媒体(USBやPC)」ごと持ち出した場合 「物」を対象にする。データのみの転送には不向き。
背任罪       会社の利益を損なう目的で、ライバル企業に情報を流した場合 「事務処理者」としての任務に背いたかどうかが焦点。
4. 分かりやすい具体例
ある社員が、退職直前に会社のサーバーから顧客リストを自分のクラウドに保存した。
窃盗罪: サーバーもリストも会社に残っており、物理的な物が動いていないため、原則不成立。
横領罪: リストが書き込まれた会社所有のハードディスクを持ち出したなら成立の余地あり。
不競法違反: そのリストが「営業秘密」として厳重に管理されていたなら、コピーした時点で成立。
まとめ:
営業秘密の侵害事案では、刑法の財産罪(窃盗・横領)は「器(媒体)」を追うのに対し、不競法は「中身(情報価値)」を直接追うという違いがある。
#刑法