「発明を保護して次なる特許を生む(財産権)」ことと、「今、目の前の命を救う(生存権)」ことのどちらを優先すべきか|弁理士田中智雄
1. 憲法29条(財産権):開発インセンティブの保護
製薬企業にとって、新薬の開発には数千億円の費用と10年以上の歳月がかかる。
もし特許がなければ: 誰もリスクを取って新薬を開発しなくなり、結果として将来の患者が救われなくなる(未来の生存権の侵害)というジレンマ。
一方で、薬が「ある」だけでは不十分。それが「買える価格」でなければならない。
生存権の論理: 「健康で文化的な最低限度の生活」には、生命を維持するための適切な医療を受ける権利が含まれる。
独占の弊害: 特許による独占で価格が高騰し、救える命が失われることは、国家が生存権を保障できていない状態を意味する。
3. 具体的な例:途上国におけるHIV治療薬と南アフリカ訴訟
状況: 南アフリカでHIVが猛威を振るったが、先進国の製薬会社が持つ特許薬は極めて高額で、国民の手に届かなかった。
政府の決断: 南アフリカ政府は、特許を無視して安価なジェネリック薬を輸入・製造することを認める法律を作った。
対立: 欧米の製薬会社39社が「財産権の侵害」として提訴。しかし、世界中から「人の命より利益を優先するのか」という激しい批判を浴び、最終的に製薬会社側が訴えを取り下げた。
この対立を解消するための知財法上の制度が、強制実施権(裁定実施権)。 仕組み: 公共の利益のために特に必要がある場合、特許権者の合意がなくても、政府が第三者にその特許の使用を認める制度。
憲法的な位置づけ: 29条2項の「公共の福祉」による財産権の制限の具体化。 日本の現状: 日本の特許法にも規定はありますが、製薬企業の開発意欲を削ぐ懸念から、実際に発動された例は極めて稀。 5. まとめ:パンデミック時代の知財戦略
新型コロナウイルス(COVID-19)のワクチンを巡っても、「ワクチンの特許を一時免除すべき」という議論がWHOなどで盛んに行われた。
製薬企業(29条) 次の特許を生むための原資 ライセンス料の適正化、政府による買い上げ
患者・途上国(25条)今、生きるための薬 強制実施権の発動、特許放棄