「プロセス特許」の侵害立証と証拠保全|弁理士田中智雄
製造方法(プロセス)の特許は、権利化はできても「侵害の立証」が極めて難しい「宝の持ち腐れ」になりやすい。 相手の工場の門を叩いて「中を見せてください」と言っても断られるだけ。裁判所を味方につけた証拠保全が威力を発揮する。 1. 具体的な例:高機能半導体材料の「AI最適化洗浄プロセス」
【状況】
化学メーカーA社は、半導体用ウェハを洗浄する際の「温度・圧力・洗浄液の配合をAIでリアルタイム制御する特殊な製造方法」の特許権を保有。
ライバル社Bが、A社と全く同じスペックの製品を相場より安く販売し始めた。A社は「B社は自社の特許プロセスを無断で使用している」と疑っているが、製品を分析(リバースエンジニアリング)しても、「どう洗ったか(プロセス)」までは100%特定できない。
特許法 第104条(生産方法の推定)
その物が日本国内においてその製作前に一般に知られていなかった物であるときは、その物と同一の物は、その方法により製作されたものと推定。
メリット: 製品が「新規」であれば、相手が「違う方法で作った」と証明しない限り、侵害とみなされる。
弱点: 製品自体が以前からあるもの(例:一般的な化学物質)の場合、この推定規定が使えない。また、相手が「独自の秘密のレシピで作った」と形ばかりの反論をすると、立証責任がこちらに戻ってくる。
3. 「証拠保全」
裁判官と共にB社の工場へ乗り込むが、「パイプを見る」だけでは不十分。
① ターゲットは「デジタルツイン」と「制御ログ」
今の工場は、すべての工程がデジタル管理されている。
SCADA(監視制御システム)のログ: どのタイミングで、どのタンクに、何度の液体を何リットル投入したか。この時系列データ(タイムスタンプ)こそが、特許請求の範囲(構成要件)と一致するかを証明する「動かぬ証拠」になる。 AIモデルのパラメータ: 制御に使われているAIのアルゴリズムを抽出し、特許のロジックと照合。
裁判手続では、大学教授や技術者が「技術専門委員」として同行。
現場での仕事: 「このサーバーのこのディレクトリにあるCSVデータが、洗浄工程のログですね」と裁判官に教え、適切なデータの抽出(保全)をサポート。
弁理士の役割: 専門委員に対し、特許のどのステップが「肝」なのかを技術的に正しく伝え、保全の範囲を漏れなく、かつ過不足なく設定するよう誘導。 4. プロセス特許における立証の比較
適用条件 製品が「新規」であること 侵害の「蓋然性(疑わしさ)」があればOK。
得られるもの 「法的なみなし」 「生の製造データ(ログ・コード)」
相手へのダメージ 反論の余地がある 言い逃れのできない技術的証拠を突きつけられる。
5. まとめ
「『どのバルブが動いているか』ではなく、『どのログがそのバルブを動かしているか』を特定すること。近年の証拠保全は、物理的な工場見学ではなく、デジタルな神経系のキャプチャである。」
証拠保全でB社の制御ログを入手し、それがA社の特許クレームと一致していれば、本訴を待たずにB社は和解(ライセンス契約)を申し出てくる。