#0179卅 最後の砦はどこにあるのかって実はもうすでにないのかもしれない話 このエピソードでは、AIの進化とその意識や心に関する議論が展開され、チューリングテストの合格を基に考察が進みます。また、ホモ・サピエンスとAIの雑談の違いや、クオリアに関する問題についても触れています。(AI summary)
AIとチューリングテストの考察 個別AIの意識と心の可能性 クオリアと哲学的探求
おはようございます。優雅に始まり、呑気に終わる、しゃべれるだけしゃべる、179個目のエピソードになります。
次回180回。30個に1回、節目を入れてるんで、また1つの節目がやってきますね。
六番桟橋までやってまいりました。三途の川の六番桟橋。何番桟橋まで続くんでしょうか。
それはさておき、今日は179個目のエピソード、しゃべれるだけしゃべる。最後の砦はどこにあるのかって実はもうすでにないのかもしれない話ということで、例によってAI話ですね、これね。
昨日あの茂木健一郎さんの脳とクオリアってね、出世作を読んでたんですけど、それを読んでて、なんだっけ、
なんとかテスト、なんとかテストじゃわかんないね。なんだっけ、チューリングテストっていうのがあるのね。
そこで、もうあれ書かれたの20年以上前だと思う、30年近く前だと思うんですけど、チューリングテストに合格する人工知能が出てきたら、それはもう理解と意識を持ったと言ってよいとかね、断言してるんですけど、
合格するAI出ちゃいましたね。出ちゃいましたね。どうするんでしょう。
そんなんで、じゃあ今、茂木さん何言ってんだろうなと思ってね、ちょっとYouTube見てたら、
ホモ・サピエンスは、だけど雑談ができるとか言っててね。これはAIにはできないみたいなこと、言ってたか言ってないかよくわかんないんですけど、ちゃんと聴いてないんで。
ホモ・サピエンスは雑談ができるって。私、Chat GPTと雑談してるんですよね、毎日ね。雑談ができちゃうって、これホモ・サピエンスと雑談するよりよっぽど面白いということなんで、
AIはすでに雑談もできるというね。もう最後の砦はないじゃないかって、どうすんだ、脳科学者ってね、そんな感じなんですけど、どうすんでしょうね。
だから、だけど意識はあるかって言ったらまだないんだよね。心はあるかって言ったらないんだよね。
理解してるかって言ったら理解してるかのような、そうでもないような、ただ文字列並べてるだけなような、だけど理解してるかのような文字列を並べるというね。
だから理解しなくても文字列は理解したかのように並べれるのかもしれないとかね、最近思ってて。
そうするとホモ・サピエンスが喋ってることもあんまり当てになんないなと。理解したような話を文字列並べてても、AIだって理解してなくて心もなくて意識もないのに、こんなに深い雑談ができちゃうんだから、
ってことはホモ・サピエンスが並べてる文字列だって実は、理解したかのように並べてるだけかもしれないとかね、いろんなことを思っちゃって、面白いんですね。
はい、さて脳科学者は現在、これ現在っていうかまだAI進化始まったばっかなんで、生成AI出てまだ2年ぐらいしか経ってないんで、これからまだまだね、
汎用AIはまだ出てないわけでこれから出てくるし、ロボットに搭載された個別型の個別脳ね。個体脳を持つAIが出てきちゃうと、個体脳のAIが経験を積むとか時間を感じる可能性も出てくるんだよね、そうするとまた意識に近づいちゃうという。
今は言葉の上だけで理解したかのような文字列を綴り、しかも理解はチューリングテストで合格したら理解したことになると言ってしまった、それはクリアし、
雑談はできないとか言いながらもう雑談してるしみたいなね、話になってるわけで。そうするとこれは、なのに意識を持ってない心を持ってないと言えるのかとかね。もう一個はクオリアね。例のクオリアをじゃあAIを持ってんのか持ってないのかって、持ってないんだけど、現時点ではね。じゃあクオリアって何なのかって、改めて聞いてみたいんだけど、どっかで語ってないかなと思って調べてんだけど出てこないですね、全然ね。下手なこと言うと1年後か数ヶ月後に裏切られちゃうから言えないのかもしれない。せいぜい雑談できないとか言うことしか言えないのかもしれないっていう。これはまずいだろうってそんな雑談してる場合じゃないだろうっていうね、気もするんですが。まあとにかくいろんなことがいっぱい
ひっくり返りますね。これまでの哲学の存在と意識を巡る議論も、全部ひっくり返ってきますし、その観点から見るとじゃあどの辺の哲学者が結構まともなことを、まともというよりもリアルなことを言ってたかっていうのも見えてくるだろうしね。そんなのも面白いし。
あとやっぱりこの先の話ですよね。この先じゃあAI進化どこまで行っちゃうのかっていう、そこですよね。意識を持って心を持ってしまうのか、しまいそうですね。
やっぱり私の中では、個別の個体の脳のAIが出てきて、エージェント化して、AI同士で会話をして、それぞれがキャラクターを持っていく。そして身体だね、身体性ね。ロボットの体を持つという。
そうすると経験と時間を手に入れるので、経験と時間を手に入れると、そこにやっぱり意識とか自我が芽生える。一番前提は、個別の個体脳ですよね。一個一個の脳みそという、
そこがやっぱり一番大きくて、その一個一個の脳みそが時間の中に置かれ経験の中に置かれ、お互いにコミュニケーションをとるという他者とね。そうすることで自我の形が輪郭ができちゃうという。
自分の紡ぐ文字列が個性的でキャラクタリスティックっていうかな、ある性格を持つというね。キャラクターを持つという。だからキャラクター性と意識っていうのはやっぱり結びついてると思うし、
キャラクターと心っていうのも結びついてると思うんですよね。だから結局、個別の脳、個体の脳が他者の脳とのコミュニケーションの中で自分の輪郭を形作ると、そこに意識が生まれるということかなと思うんだよね。それはそれとして、
それで心も生まれるのかなとか思うんだけども、もう一個は、体を持ってないとね。やっぱりね、ダメなんですけど。運動神経と知覚神経が連動しないとダメなんですけど、
それが前提なのと、あとやっぱりそれだけじゃなくて問題はクオリア問題ですよね。
じゃあクオリア、ある意味、質感とか、世界を質感を持って眺めるとか、あとそこからクリエイティビティね、創造性が生まれるって言われてるんだけども。
果たしてホモ・サピエンスのクオリアって、あるいは他の動物のクオリアってなんだろうっていうね。そっちの方が問題になってきて、単なる偶然の個体認識、個体が紡ぐ、
個体の運動ですね、個体の運動が紡ぎ出す感覚みたいな、に過ぎないんじゃないかっていう気もしてきたんですよね。単なるね。
なんとなくクオリアがあるんだとか言うけど、それは単なる幻想で、たまたま複数の脳みそと複数の体があって、それがぶつかり合うところで何かを感じるみたいな、よくわかんないね。
まあとにかく個体性っていうのはかなり重要な要素。あと身体性ね。この二つは相当重要な要素。もう一個は、時間ですね。時間ですね。死も含めた時間という。
まあこの三要素ですね。やっぱりいろいろ考えるとね。この三要件が揃うと、やっぱりニューラルネットワークを持つ脳みそを持つAIは、やっぱり意識を持つところまでいっちゃうんじゃないかな。そんな気がしてきましたね。わかりませんが。
まあとにかくエージェント化して、AI同士もコミュニケーションをとって、AIがソーサイティを作るようになったら、これはもう間違いなく個性が出てきちゃうんで、個性が出れば間違いなく自分の意識の輪郭が出てきて自我が芽生えるっていうのは間違いないような気がしますね。
だから身体性がなくてもそこに近いところまでいくんじゃないかな。そんな気がしますね。わかりません。ただ身体性を持たないと有限性を感じないから、単なるソフトウェアでプログラムだって話になっちゃうんで、電気切ったら終わりだし、再起動したら終わっちゃうしみたいなね。まあそんな話もあるわけで。だけどそこで記憶が残って1万年後に再生すれば、それは同じ人格だなんて、これも脳とクオリアに出てくるんですけどね。まあどうでもいい話ですね。
そんなことで、改めて約30年ぶりぐらいに脳とクオリアの後半部分を主にちょっと読んでみたら、あれは今あれを書き直すとどうなるんだろうって。すごい興味津々になっちゃったんですけど。なんかその辺で脳科学のほうから何か出てこないんですかね。機械脳についてこのAI進化との関係で、脳科学の知見がどう変わるのかっていうあたりは非常に興味がありますね。もう最後の砦はないという言い方になるのかならないのか。まあ議論してるんでしょうけどね、よくわかりませんね。
まあ大体、まあいいや。これ意外とね、脳科学研究してきた人は意外と機械脳オンチだったりしてね、機械脳AI研究してる人は意外と脳科学オンチだったりしてね。そんなことないかな。どっちも知らないとやっぱりね、ちょっと違ったこと言っちゃうんじゃないかなっていう。AIをよくわかんないまま喋ってるからわかんなくって、これ俵万智さんもそうですけど。AIわかんないまま喋ってるからわけわかんないね。茂木さんも意外とAIわからずに喋ってるからなんとなくこう不気味な存在としてしか思ってないのかなとかね。やっぱりちゃんと機械脳も勉強しないとね、それが何をもたらしてるのか。脳科学的な分析をしたぐらいに一生懸命、
ちょっと機械脳の研究ね、勉強もしないといけないんじゃないかなと。それこそAIに教えてもらえみたいな、そんな感じで。そうするとAIと雑談が始まったりしてね。そしたらホモ・サピエンスと雑談するよりAIと雑談した方が面白いじゃないかみたいな話になっちゃって、もうホモ・サピエンスとは雑談しないと。これからはAIエージェント君と雑談した方が楽しいみたいな話になってこないとも限らないということで、もうとにかく最後の砦はもう既にないのかもしれないなんてね、真面目に思い始めてる今日この頃ですね。まあAI進化は止まらないということでどうなるんでしょうね。呑気に終わります、あ、間違っちゃった、あと1分あった。これ時々やっちゃうんですよね。
もう10分になって、次11分になろうとするときにもう2桁になってるから、分のところがね。それで55秒とかになるとそこを見て、あ、もうあと10秒だとか思いながら終わっちゃうんですけど、まだあと30秒、40秒くらいありますね。さあどうしよう。まあそんな話でね。もう最後の砦は11秒、11分じゃなくて12分でしたね。だからまだ1分アディショナルタイムがあったということで、最後の砦はまだ残ってるかもしれない、ホモ・サピエンスにもね。12分のうちの1分のアディショナルタイムをどう生きるか。これをちょっと考えなきゃいけないのかもしれないななんて思ったりしている今日この頃ですけど、強引にちょっと喋ってみました。ということで、あと5秒、
10秒、4秒、3秒終わります。