#0153卅 おそ松からまつ十姉妹こんな始末じゃ年度末より人類史末かもな話
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【しゃべれるだけしゃべる】#0153 おそ松からまつ十姉妹こんな始末じゃ年度末より人類史末かもな話 from Radiotalk
このエピソードでは、おそ松さんの影響を受けたナンセンスギャグや風刺について考察されています。特に、現代社会の閉塞感や不安定感を笑いで乗り越える重要性が強調されています。(AI summary)
おそ松さんの影響 未来への予感
はい、優雅に始まり、呑気に終わる、しゃべれるだけしゃべる、まぁちょっと時間がない中でダーッと喋ろうと思うんですけれども、153個目のエピソード。おそ松からまつ十姉妹こんな始末じゃ年度末より人類史末かもな話という、また今日もわけわかんないタイトルになっちゃいましたが。とりあえず優雅に始まっちゃったので、呑気に終わるまで、喋り続けたいと思うんですが。最近テレビでおそ松さんね。おそ松くんっていう、藤子不二雄さんですかね、のアニメが、漫画ですね、もともとはね、漫画があって、それがアニメになって、それがはい、おそ松さん。あれ、これなんでこんなになっちゃったんだろう。おそ松さん、ウィキペディア情報で。この間ちょっとやってたのを見かけたんですけど、なんか見てられなかったんで見なかったんですね。松野、松野さんね。松にひっかけて松野さん、松野さんの、おそ松、から松、ちょろ松、一松、十四松、とど松という、六つ子ですね。これのその後を描いたというね、そんな話なんですけど。私はもう漫画で、アニメで見てましたね、最初のやつをね。もう30、40年ぐらい前に、多分ね。これなかなか面白かったので、シェーとか流行ったんですけどね。オールウェイズ三丁目の夕日に、イヤミのシェーが出てきますけどね、あれ流行ったんですよ。とにかくあの時期なんですね、私はね。まさにオールウェイズ三丁目の夕日の時代に、子供時代で育ったというね、ことなんですけども。そんなまあ、おそ松さんの話はどうでもいいんですけど、いわゆるギャグですね。ナンセンスギャグってやつを、流行らせた部分があって、これはあれか、藤子不二雄さんじゃなくて、おそ松さんは藤子、あ、赤塚不二夫さんだ。今、藤子不二雄さんってどっかで言いました。赤塚不二夫さんね、赤塚不二夫さん、天才バカボンね。バカボンのパパなのだー、ニャロメーとかね、ケムンパスとかね、
昔ケムンパスの話もそう言えばしましたね。そんな感じで、赤塚不二夫さんやっぱり日本のギャグ漫画の世界を作った人だし、もうハマったわけね、ナンセンスなんだけどハマるという。意外と深いところがあるわけね、バカボンのパパなんかね。それに比べるとおそ松くんはなんとなくドタバタドタバタの、ドタバタの息子兄弟が、いろんな性格を持った兄弟が、いろんなドタバタを起こすというね。そこにいろんなサブキャラクターがいてっていう、まあそういう話なんですけど。まあやっぱり時代の産物なんで、時代の産物ね。兄弟がいっぱいいて思うようにならないと。みんなそれぞれこう
ぶつかり合うみたいなね、ことなんですけども。まあそういう時代だったなあということと、あと今日は何が喋りたいかっていうと、まあおそ松、から松、十四松、十四松は本当はこういう字じゃないんですけど、松の字なんですけど、なぜか年度末、最初はね年度末だなあと、で年度末でなんか喋ろうと、年度末より人類史末だなあと、
世紀末というより人類史末に差し掛かってきたなあということで、年度末より人類史末って書いたんだけど、あと松を何か入れようかなと思って、人類の始末、始末ね、始末するの始末ね。それ始末が思いついて。年度末、人類史末、人類始末、そしたらなんかそういえば最近おそ松さんを見たなあと。そしたらもうおそ松、から松、十四松、こんな始末じゃ年度末より人類史末かもな話で、ちょうど五十文字、きれいに整っちゃったという、まあそんだけでおそ松さんの話をしようって気はあんまりさらさらなくて、むしろ赤塚不二夫さんの話ね。やっぱりギャグとかナンセンスっていうのを、今ちょっとそういうのがまた流行る
素地があるっていうか。やっぱり世の中が世の中でちょっとどうにもならないような感じ?閉塞感含めてあるんで、そういう時ってギャグとか笑いとか風刺とかね、ナンセンスとかね、そういうのでこう、ちょっと全部
笑いに変えていくみたいなことがないとね。茶化しも含めて笑いに変えていくような部分がないとちょっと生きていけないのかなっていうね、そんな気もしていて。だから赤塚不二夫復活というね、
兆しはやっぱりあんのかなという。ナンセンスがやっぱり一つの流れとして、もう一回ナンセンスギャグってやつがね、浮上してくんのかなっていう気がちょっと実はしていて。
それぐらいもう笑い飛ばすしかないっていう。もうその風刺の先に、諧謔の先に何かを見出すしかないんじゃないかってぐらい、世の中が喜劇的かつ悲劇的になっているような気がしてね。
そういう意味では人類史末的な状況だなと、もう年度末どころの騒ぎじゃねえなと、年度始め迎える迎えないっていうより、何か新しい年度を迎えるワクワク感がなくて、むしろ年度末も、
年度末よりも人類史末みたいな感じでね、この始末どうつけてくれるんだぐらいの状況になっているような今日この頃かなと思ってて、それでタイトルがこうなったわけね。
おそ松からまつ十姉妹こんな始末じゃ年度末より人類史末かもな話ということで、まあ主なテーマはやっぱりナンセンスギャグですね、風刺諧謔、
そういった精神がもうちょっとこれから嫌でも出てくるでしょうね。もうそうするしかないという。ああもう死んじゃったらもうナンマンダブーっていうしかないみたいな。
そういうのはいっぱい赤塚不二夫さんのギャグ漫画にはいっぱい出てくるのね。もうそれでいいのだで、もう死んじゃったもんはしょうがないって、チーンとやってね。
もう全部ギャグにしちゃうっていう。もうそれぐらいやっていかないとちょっとやっていけないぐらい重たくなっちゃうっていうね、逆にね。
変な下手なフィクションね、下手なフィクションとか妄想に行っちゃうよりも、やっぱり現実に足場を持ちながら何らかの風刺なりギャグなりナンセンスさを笑い飛ばすみたいな形でやっていかないと現実との関係では、やっぱりなんだろうな、
うーん、ちょっとこう続かないっていうか。なんかいい表現ないかな。やっぱり人間ってどっかで現実感覚を持ちながらじゃないといけないので、単なる妄想フィクション物語だけでは生きていけないんですよね。
最近フィクションと物語、空想、荒唐無稽な空想がどんどん広がってんだけど、そっちに行くしかないんだけど、それが現実と完全に切れちゃってる部分もあったりして、それをやっぱり現実に繋ぎ止めるのがナンセンスギャグの世界かなと真面目に思ってて、
昔で言えば、諧謔の世界、川柳の世界、風刺の世界。まあこれはいろんな分野でいろんなジャンルでいろんな表現があるんですけど、やっぱりアイロニーですね。アイロニー。アイロニカルに現在を語るっていう。アイロニカルにね。
これはシェイクスピアの時代もそうだよね。悲劇が喜劇で、喜劇が悲劇だっていうね。もう悲劇的なものこそ喜劇的であって、喜劇的なものこそ悲劇的だという。まあそういうちょっと時代にやっぱり入ってきちゃったなと、いろんな意味でね。あの例は挙げませんけど。いろんな意味で入ってきちゃったなということなので、しばらくはちょっとシェイクスピアなり赤塚不二夫なりね、川柳なり諧謔なり、そういったものが、だから漫才とかもそういうのが出てくるんじゃないかな。毒舌漫才、ちょっと気配はありましたけどね。毒舌漫才みたいなのが出てくるとか、
毒のある、毒舌の入った、毒舌漫才、毒舌漫談みたいなジャンルがこれから結構出てくるんじゃないかな。風刺の効いたやつがね。やっぱりそれが、これまでにも過去にもいろんな形であったんだけど、やっぱりこういう暗い時代にはそういう形で庶民はね、言葉にしていく、笑いにしていく。悲劇を喜劇として描き、喜劇を悲劇として描き、そこでこう笑い飛ばしながらもね、まあ怒りをためてみたり、感情をちゃんとね、先にもう目の前のことをこなすために昇華させてみたりとかね、いろんなことをやっていくしかないのかなっていう、なんかよくわからない話ですけど。
なんかそんな時代の空気をちょっと感じますね。やっぱり閉塞感と不安定感と未来の見えなさですね。の感覚が今やっぱりかなり強いですね。すごくね。
先が見えないだけじゃなくて、非常にこう、ある意味腐ってる。既存のものはほぼ腐ってる、。新しいものが出てこない、出てこない、希望が見えない。壊すものは出てくる、壊した先に何かが見えるかっていうと見えない。
なんか作ってるようでいながら壊してる人たちもいるっていう中で、これだからもうしょうがないですね。バカボンのパパの世界ですね、赤塚不二夫の世界に
やっぱり行くしニャロメとかザマスとかね、ケムンパスでヤンスとかナンセンスギャグで笑いとばしていくしかなくなってきたのかななんてね。よくわかんない話ですね。
まあいずれにしてもそういう風潮はちょっと今年1年、この新年度ね。新年度、2025年はそういう風潮が広がると、ちょっと真面目に思ってるんですね。諧謔精神が広がるんじゃないか。
落語なんかも結構ね、やっぱり昔、笑点なんか見てるとそういう風刺の利いた落語もあったんですが、そういうのがだいぶなくなってたんですよね。
でもまたちょっと出始めてる感じがして、まあそういう時代ですね、やっぱりね。その先に何が出てくるかわかりませんけれども。
まあそんなことをやりながら、とにかくここ数年はやり過ごすしかないのかななんて気分になってる、今日この頃です。ということで、今日のタイトル
もう一回戻ると、おそ松からまつ十姉妹こんな始末じゃ年度末より人類史末かもな話ということで、一応それらしい話になりましたね.
それなりにタイトルらしい話になったかな。オソマツな話で申し訳ないですけどもね。これジューシマツって読むんですよ、わかりますかね。
カラマツはわざとマツの字じゃなくして、オソマツ、カラ、マツというね、まあいいや、かけてたりするんですけど、カラマツだけに。わけわかりませんね。
ということで、喋れるだけ喋る。もう今日はいろんなことが悪循環でマイナススパイラルに入ってるんで、もうやめちゃおうかなと思ったんだけども、とりあえず
アリバイ的に喋っていこうということで、なんとかあと30秒でミッションクリアということでね
こんな回もあっていいのかなって、最近そんな回ばっかりだろうみたいな気もしますが、皆さんラジオトーク楽しんでるんでしょうか、そろそろ飽きてきたんでしょうか。
私は諧謔路線を突っ走る気配がしてきましたね、自分的にはね。ということで、呑気に終わります。
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