重い障害者の就労支援事業所の6割が減収 国の報酬改定で | NHKニュース
障害者の就労支援を行う事業所に対し、国から支払われる報酬が今年度、改定されました。これによって重い障害ある人を多く受け入れる事業所の6割が減収となったことが施設団体の調査で分かりました。団体は「事業所が経営難に陥れば障害者が働く場や社会参加の機会を失いかねない」として、国に報酬の見直しを検討するよう求めています。
障害者の就労支援を行う事業所は、サービスの対価として国から支払われる報酬を主な財源にして運営しています。
この報酬の基準が去年4月に改定され、このうち重い障害や精神障害があり一般の就労が難しい人を多く受け入れている「就労継続支援B型事業所」については、施設側が利用者に支払う工賃の金額に応じて、国の報酬が変わる仕組みが新たに導入されました。
全国の障害者施設で作る団体「きょうされん」が、この改定による影響を調査した結果、回答した866のB型事業所のうち、およそ6割に当たる508の事業所で、改定後に国からの報酬が減ったことが分かりました。
さらに、減収した事業所の半数に当たる249か所で年間トータルの減収額が200万円以上に上る見通しだということです。
団体によりますと、重い障害や精神障害がある人を多く受け入れている事業所では、利用者が毎日働けないことなどから作業効率を上げるのが難しく、工賃を増やすことができずに国からの報酬が減ってしまったということです。
団体は「施設が経営難に陥るとサービスの縮小を余儀なくされ、障害者が働く場や社会参加の機会を失いかねない」として、国に報酬の見直しを検討するよう求めています。
厚労省影響調査へ
厚生労働省も今回の報酬改定による影響について調査を行う方針です。
厚生労働省は「改定の影響は1年間を通じて見ていく必要がある。B型事業所の収支がどのように変化しているのか、また利用者にどんな影響が出ているのか注視していきたい」としています。
B型事業所現場の実情は
さいたま市にある就労継続支援B型事業所の「エンジュ」では、およそ70人の障害者が地域のお年寄りに配達する弁当を作ったり、事務作業を行ったりしています。
今回の国の報酬改定で、事業所では今年度の収入が昨年度と比べて189万円余り、率にして3%の減収になる見通しです。利用者のほとんどは精神障害のある人で、このうち9年前から通っている門田俊彦さん(58)は、統合失調症を患っています。
門田さんは週5日、ちゅう房で食器洗いや料理の下ごしらえを行っています。門田さんは30代の頃まで会社で正社員として働いていましたが、体調不良になることが多く、周りから「怠けている」などと言われたといいます。
その後、会社を辞めてB型事業所に通い始めた門田さん。今も疲れやすいため、1日の作業時間は2時間半ほどです。週5日通い、月額で1万5000円ほどの工賃をもらっていますが、体調不良で休まざるをえないときもあります。
しかし、自分のペースで作業を行うことができるため、精神的に安定し充実した日々を過ごせているといいます。
門田さんは「疲れてくるとイライラしやすくなってしまい、毎日通うのは難しい。それでも受け入れてくれる場所があることは大変ありたがい」と話しています。
B型事業所が利用者の工賃を上げるためには、より金額の高い仕事を受注したり、仕事の量を増やしたりして収益を上げる必要があります。
しかし、門田さんが通う事業所では、ほかにも突然、作業を休まざるをえない人がいるため、受注する仕事を増やすことは簡単ではないといいます。
事業所を運営する法人の増田一世常務理事は、今回の報酬改定で事業所側がより長時間働ける障害者を優先的に受け入れるなど、利用者の選別につながらないか懸念しています。
増田さんは「重度の障害者は生産力が低く、どうしても工賃が下がってしまう。障害の重い人たちが働きづらくなるおそれがあり、今回の報酬改定には正直、驚いている」と話しています。
B型事業所の報酬見直し
障害者の就労支援などを行う事業所への国の報酬は、3年ごとに見直しが行われています。
去年4月の改定では「就労継続支援B型事業所」について、利用者に支払う「工賃」の金額に応じて報酬額が変わる仕組みが導入されました。
B型事業所は重い障害や精神障害のある人を多く受け入れ、軽作業などを通じて就労支援を行う施設で、利用者とは雇用契約を結ばず作業の対価として工賃を支払っています。
厚生労働省によりますと、去年9月の時点で、B型事業所は全国に1万2000か所余りあり、およそ25万人が利用しています。
これまでB型事業所への報酬は事業所の定員によって決まっていましたが、今回の改定ではこれに加えて利用者1人当たりに支払う工賃の平均額も反映されることになりました。
例えば、定員が20人以下の施設の場合、これまでは1日につき一律で5840円の報酬が事業所に支払われていました。
これが月額の平均工賃が5000円以上1万円未満の事業所では1日につき5710円、1万円以上2万円未満の事業所では5860円などと、工賃の額によって7つの区分に分けて報酬を見直しました。
つまり、高い工賃を支払っている事業所ほど、高い報酬を得られる仕組みに変わったのです。
厚生労働省によりますと、B型事業所の工賃は平成28年度の平均が1人当たり月1万5295円で、事業所の4割近くは1万円未満だったということです。
また、これまでは工賃を前の年より増やした場合、報酬が加算されましたが、今回の改定で廃止されました。
こうした改定を行った理由について厚生労働省は、障害者の収入が増加すればより自立につながるうえ、施設側が高い工賃を支払う場合は、それだけ設備を整え、労力も必要となってくるので、より高い報酬を得られる仕組みを導入したとしています。
一方で、毎日通えない人や難しい作業が行えない人を多く受け入れている施設もあるので、区分ごとの報酬額の差はできるだけ小さくしたとしています。
専門家「今回の改定は問題がある」
障害者の就労支援に詳しい慶應義塾大学の中島隆信教授は「B型事業所は、重いうつ病などを患って社会から離れてしまい一般就労が難しい人たちが、社会復帰や社会参加のための入り口として利用する役割を果たしている。このため、事業所が収益を上げて工賃を引き上げるという一面だけを捉えてはならない。今回の改定は、なるべく障害が軽い人を受け入れようという事業所を増やすおそれもあり、問題がある」と指摘しました。
中島教授は今回の改定のように、高い工賃を支払う事業所が高い報酬を得る優遇措置は必要だとしながらも、「工賃以外にも重度の障害者をどれくらい受け入れているのかや、一般就労にどこまでつなげられたかなどをしっかり評価して、報酬に反映させる仕組みも導入すべきだ」と話しています。