透明性と忠実性
透明性と忠実性
transparency
fidelity
本書を通してキーアイデアとなるのは、一つに、訳文のリーダビリティだ。英米では「透明性」と表現されるものだが、その対抗概念のようにみなされるのが「忠実性」であり、この二つを両立させるのは基本的に無理だという考えがある。「不実な美女か、忠実な醜女か」理論である。特に近年はマイナー言語からメジャー言語に訳す際には、いくら読みにくくなっても、起点言語の文法や文化の特徴を忠実に写し、大きな言語に“馴致”されないよう戦略的異化翻訳を行う訳者もいる。
本書の九人は各自のやり方で透明性と忠実性とのバランス(ここに日本の翻訳者の才気が結晶する)をとりながら、リーダビリティを追究する。ノルウェー語教師でもある青木は「正しさとわかりやすさ」の狭間で悩み、読者の視点に立つことで解決した。また、関係詞を巧みに駆使し「立体的な構造の文」を立ちあげるベンガル語を、「平板に進む言語」である日本語に訳す丹羽は、文の頭が重くなりすぎないように腐心する。チェコ語も関係節の訳し方に工夫が必要だ。阿部は「旧情報、新情報」の概念を頭に置き、原文の語順を重要視する。