解剖学書の目次立てには著者が人体をどう把握しているかのコンセプトが凝縮されている
解剖学書の目次立てには著者が人体をどう把握しているかのコンセプトが凝縮されている
坂井 ええ。実際に私も,ラテン語で書かれた『ファブリカ』の原典の一部を翻訳しながら読み進めました。すると,解剖学書の目次立てには著者が人体をどう把握しているかのコンセプトが凝縮されていることに,はたと気が付いたのです。さらに調べていくと『ファブリカ』よりも古い,現存する最古の解剖学書が古代ローマの医師ガレノス(129~216年)によって2世紀に書かれていたことが明らかになりました。
柳川 それは読まずにいられません。内容はいかがでしたか。
坂井 実に面白い。2世紀に行われた解剖の様子が,医師の息遣いとともに伝わってくるような記述でした。本書を実際に読んでわかったのは,ガレノスは自ら解剖した所見を正確かつ精緻に述べていて,16世紀のヴェサリウスの解剖学は99%以上がガレノスの解剖学を踏襲していたことです。
柳川 坂井先生が原典に当られたことで初めて発見できた事実ですね。
坂井 これには本当に驚きました。なぜならヴェサリウスは,古代解剖学の権威であるガレノスを否定し,新しい科学的な知見で解剖学を創り上げたヒーローのように,どの医学史の書物でも評価されていたからです。しかし実際は,ガレノスが築いた解剖学を土台に,ヴェサリウスが少し付け加えたにすぎなかった。それからです。「原典から医学の進歩を読み解かなければ,真の医学の歴史は描けない」との思いを強くしました。
原典資料から歴史のストーリーを編む 医史学研究の魅力に迫る 坂井 建雄氏(順天堂大学保健医療学部理学療法学科 特任教授)
柳川 錬平氏(防衛医科大学校病院 総合臨床部)
原典資料から医学の進歩を読み解かなければ,真の医学の歴史は描けない。日進月歩と言われる医学の発展の陰には古代以来,病を癒やしたいと願う先人たちの飽くなき探究心と研究の蓄積があった。それらの原典資料から,どのように歴史のストーリーを描くのか。
解剖学の研究・教育の傍ら解剖学の歴史を中心に医史学研究を深める坂井建雄氏が,膨大な原典資料の解読から『図説 医学の歴史』(医学書院)をまとめ上げた。その坂井氏と,「病院船史」の研究を進める臨床医の柳川錬平氏の2人が,原典資料の探究から事実を明らかにする医史学研究の醍醐味を語り合った。医史学研究から医学の歴史を解き明かす魅力,そして歴史に学ぶ意義とは。