聖地となるだけでは文化は根づかない
聖地となるだけでは文化は根づかない
本作の重要なポイントの一つは、趣味やレクリエーションの文脈での「サイクリングの聖地」となるだけでは生活自転車の文化は根づかないということだ。劇中にはマウンテンバイクの始祖の一人ジョー・ブリーズが登場し「いつかそれが当たり前になる」と語るが、地元の人々はちょっとそこまで行くのにも車を使っている。サンフランシスコ湾の対岸オークランドのXtracyclesがいち早く世に送り出したカーゴバイク化キットも、遊び道具としては売れていたものの、そもそもの開発意図だった社会変革をアメリカで起こすことはできていなかった。
趣味やレクリエーションの文脈での「サイクリングの聖地」となるだけでは生活自転車の文化は根づかない
もう一つの、さらに大事なポイントは、自由と社会参加をめぐる女性の闘いが今も続いているということだ。19世紀末から20世紀初頭にかけて、自転車は人の移動の自由を爆発的に拡大させ、女性参政権運動のシンボルにもなった。モータリゼーションの100年を経た今、アメリカの生活自転車文化再興の鍵を握っているのも女性たちである。車を使わないのはおかしい、という固定観念に基づく様々な攻撃にさらされながら、彼女たちはカーゴバイクに乗せた子供たちとともによりよい生き方を探る。
自転車は人の移動の自由を爆発的に拡大させ、女性参政権運動のシンボルにもなった
世界がうらやむママチャリ文化を持つ日本の住民にとっても、車中心の社会、ケア労働の分担の不均衡といった点で、『マザーロード』は頷かされることの多い映画だと思う。自分の身体と精神を自由にはたらかせ、周囲の世界や人々から隔絶されずに移動すること、その喜びを伝える映像も魅力的だ。