笛吹川を遡る
笛吹川を遡る
「笛吹川を遡る」は、日本登山界の黎明期に、本格的な登山を始めたばかりの英文学者・田部重治によって書かれた笛吹川東沢の登山の記録である。まだ「登山」という文化は始まったばかり。山仕事や、測量や、猟師などと違い、登山そのものを目的に山に登る「登山」は、資料も先達もいない手探りの冒険だった。1929年に第一書房から発刊された『山と渓谷』に掲載された生き生きとした文章は、渓谷遡行という新しい分野に挑戦した3人の登山者の、素晴らしい冒険の記録だ。前夜、夜行列車に乗り込み、夜明けの塩山駅から遥か彼方の奥秩父の谷を目指して笛吹川沿いの秩父往還を歩き、今はダムに大部分が沈んでしまった広瀬の集落まで歩いて笛吹川の遡行に取り掛かるのだった。
この紀行のハイライトである「ホラの貝のゴルジュ」で「見よ!笛吹川の渓谷は狭まりあって見上ぐるかぎり上流の方へ障壁をなし、その闇に湛える流れの紺藍の色は、汲めども尽きぬ深い色をもって上へ上へと続いている」とある。僕が中学生の時には国語教科書にも登場した、笛吹川との出会いと感動は、時を隔てても、せつせつと、山に向かう者の胸を打つ。
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