手続き的知識と宣言的知識
手続き的知識と宣言的知識
ひとたび自転車に乗れるようになると、それは自明であり、何も考えずにできるし、忘れることもない。ただし、自転車の乗り方は説明できない。だからこそ誰もが苦労する。しかし乗れるようになると、それまでの苦労が嘘のように思える。乗れない人にはまったく理解できないし、半分だけ乗れることもない。これは手続き的知識と呼ばれ、体得する能力だ。コツやノウハウもその範疇だ。
手続き的知識
一方、数学や法律など記号や言葉で言い表せる宣言的知識と呼ばれる。以前は宣言的知識の丸暗記が求められていたが、今や記憶は機械の仕事だ。ネット検索の評価や実社会での応用など具体的な展開こそが重要になる。
宣言的知識
つまり、宣言的知識と手続き的知識の両輪でのバランスが求められている。それはクリティカル・サイクリング宣言に他ならないし、5歳のロッタが教えてくれている。