密教
真言宗
天台宗
https://ja.wikipedia.org/wiki/密教
概説
密教は、阿字観に代表される、視覚的な瞑想を重んじ、曼荼羅や法具類、灌頂の儀式を伴う印信や三昧耶形等の象徴的な教えを旨とし、それを授かった者以外には示してはならない秘密の教えとされる。
空海(弘法大師)は『弁顕密二教論』の中で、密教が顕教と異なる点を密教の三原則として以下のように挙げている:
法身説法
法身は、自ら説法している。
果分可説
仏道の結果である覚りは、説くことができる。
即身成仏
この身このままで、仏となることができる。
※しかし密教の経典に「即身成仏」なる単語は一度も出てこない。空海の書いた『即身成仏義』だけが論拠となる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/顕教
空海は、顕教と密教を次のように区別した。
顕教
衆生を教化するために姿を示現した釈迦如来が、秘密にすることなく明らかに説き顕した教え。
密教
真理そのものの姿で容易に現れない大日如来が説いた教えで、その奥深い教えである故に容易に明らかにできない秘密の教え。
https://ja.wikipedia.org/wiki/密教#日本の密教
密教の伝来
日本で密教が公の場において初めて紹介されたのは、唐から帰国した伝教大師最澄によるものであった。当時の皇族や貴族は、最澄が本格的に修学した天台教学よりも、現世利益を重視する密教、来世での極楽浄土への生まれ変わりを約束する浄土教(念仏)に関心を寄せたが、天台教学が主であった最澄は密教を本格的に修学していたわけではなかった。
本格的に日本へ伝来されることになるのは、唐における密教の拠点であった青龍寺において密教を本格的に修学した空海(弘法大師)が806年に日本に帰国してからであった。日本に伝わったのは中期密教で、唐代には儒教の影響も強かったので後期密教はタントラ教が性道徳に反するとして唐では受け入れられなかったという説もある。
密教の宗派
日本密教の伝統的な宗派としては、空海が唐の青龍寺恵果に受法して請来し、真言密教として体系付けた真言宗(即身成仏と鎮護国家を二大テーゼとしている)と、最澄によって創始され、円仁、円珍、安然らによって完成された日本天台宗の継承する密教に分類される。真言宗が密教専修であるのに対し、天台宗は円(法華経)・密(密教)・禅(止観)・戒(大乗戒)の四宗を兼ねるとか、八宗兼学の教えと言われる。天台宗における基本的なスタンスは、密教と顕教である法華経を同等の立場に置く「顕密一致」であり、この点で真言宗とは異なる。真言宗は東密とも呼ばれ、日本天台宗の密教は台密とも呼ばれる。東密とは「東寺(教王護国寺)の密教」、台密は「天台宗の密教」の意味である。この体系的に請来されて完成された東密、台密を純密(じゅんみつ)というのに対し、純密以前に断片的に請来され信仰された奈良時代に見る密教を雑密(ぞうみつ)という。
日本の密教は、空海、最澄以前から存在した霊山を神聖視する在来の山岳信仰とも結びつき、修験道などの神仏習合の主体ともなった。各地の寺院・権現に伝わる山岳曼荼羅には、それらや浄土信仰の影響が認められる。