受肉と交わり:チャールズ・テイラーの宗教論
受肉と交わり
坪光生雄
一九九八年から九九年にかけてエディンバラ大学で行われたギフォード講義「世俗の時代に生きる(Living in a Secular Age)」を元に、テイラーは三冊の本を世に問うた。そのなかでも最後のものとして二〇〇七年に刊行された『世俗の時代』は、量にして八〇〇頁を超す大著であり、その内容も他の二作と比べもっとも包括的で意義深いものである。事実、『世俗の時代』には前著『今日の宗教の諸相』と『近代の社会的想像』の一部がほとんどそのまま含まれている。 私たちが「テイラーの宗教論」として思い浮かべるべきは、この時期の著作群である。「ギフォード講義三部作」とでも呼ぶべき『今日の宗教の諸相』(二〇〇二)、『近代の社会的想像』(二〇〇四)、『世俗の時代』(二〇〇七)がまずはそうであり、さらにはここに、部分的には『世俗の時代』の補遺ないし発展としての性格づけを与えられた論集『ジレンマとつながり』(二〇一一)を含めてもよいだろう。そして、冒頭述べたことの繰り返しになるが、これらのなかでもっとも重要なのは明らかに『世俗の時代』である。事前に刊行された二つの著作で取り扱われた主たる論点は『世俗の時代』の議論のなかに取り込まれ、むしろそこでいっそう豊かに展開された。『世俗の時代』こそ、『自我の源泉』の終わりで予告された書にして現時点におけるテイラー最大の主著であり、かつての『ヘーゲル』から続いてきた彼の哲学的歴史研究の集大成と呼ぶべき仕事である。 政治哲学者チャールズ・テイラーは神学者になったのか? 主著『世俗の時代』を縦横に読み解き、テイラーの宗教論を明らかにする。 カトリックにして多元主義の政治思想家チャールズ・テイラーは、「世俗の時代」を生きる信仰について何を語ったのか。本書は、主著『世俗の時代』の読解を軸に、広範な主題群――認識論、政治哲学、言語論――にまたがるテイラーの思想を縦横に結びつけ、近年の宗教研究におけるその重要な位置を指し示す。 目次
はじめに ― チャールズ・テイラーと宗教
1.本書の目的と主題――チャールズ・テイラーと宗教の主題
2.本書の位置づけ
3.本書の構成
第Ⅰ部 宗教
第一章 世俗化を語り直す――概念と歴史
1.減算の物語を超えて
2.改革主導の物語――排他的ヒューマニズムの成立
3.ロマン主義と今日の宗教――ノヴァ、その後
4.世俗化論の臨界
第二章 今日の信仰の条件――多元主義のポリティクス
1.内在的枠組とは何か――閉じた世界構造の脱構築
2.切断に抗して――二つのジレンマ
3.会話の擁護――政治的な多元主義の構想
4.護教論とは何か
第三章 受肉と交わり――「回心」のゆくえ
1.近代における回心の諸相
2.受肉と交わり(1)――コード・フェティシズムの克服
3.受肉と交わり(2)――歴史と永遠
4.受肉と交わり(3)――より繊細な言語
5.「宗教的な過去の未来」――何も失われない歴史
6.内在的枠組を超えること
第Ⅱ部 認識、政治、言語
第四章 認識論と宗教史――多元的で頑強な実在論
1.接触説――身体化された理解へ
2.頑強な実在論
3.脱魔術化と認識論の「脱構築」
4.多元的実在論における「身体」の位置
5.身体の復活
第五章 世俗主義の再定義――普遍性と翻訳をめぐる対話
1.世俗主義の再定義――テイラーの多元主義の宗教的源泉
2.「重なり合う合意」をめぐって――ハーバーマスとの対話
3.越境としての翻訳――バトラーとの対話
4.公共的で宗教的な語り
第六章 象りと共鳴――言語の神秘について
1.言語の構成的な力
2.象り――身体の座
3.道徳の曖昧な源泉
4.共鳴の詩学――より繊細な言語を求めて
5.翻訳不可能性の先で
第Ⅲ部 宗教学と世俗性
第七章 宗教学の倫理――アイロニーを超えて
2.解釈学的方法の基準――最善説明の原理
3.意味の実在論
4.もっと真剣な会話を
5.学の世俗性と宗教の学
第八章 「ポスト世俗」の諸相
1.多義的な言葉(1)――経験的使用の限界
2.多義的な言葉(2)――「世俗」の捉えがたさ
3.『世俗の時代』の「ポスト世俗性」
4.「ポスト世俗」の学問?
5.問いの転換
おわりに
あとがき
文献目録
索引
https://gyazo.com/096d088cc56c9531c9e6106485a6d5e1