丸を書いて、ここでこれをする、みたいに書いていく
丸を書いて、ここでこれをする、みたいに書いていく
もらった図面はよくできていて、我々が思いつきで、ここはこうなってほしい、とか言って手を入れると、必ずどこか変になる。
ものごとは依存関係にそった問題の構造にあわせてデザインするべきで、その構造を見極めずに、思いつきで変更すると制約を満たせなくなる、ということを確認できる。
可児さんって方の本を読んだら、いきなり四角いマス目の集合体で考えるんじゃなくて、丸を書いて、ここでこれをする、みたいに書いていく、と記されていた。それに沿うと、手を入れるときにもデザイン上の各パーツのつながりまで還元してから手を入れないといけないのかもしれない。
可児さんって方の本
建物のプランニングを具体的に進めるにあたり、まず前述の「法律が作り出す彫刻」を頭に叩き込む。おもむろに白い紙に測量図から敷地の形状を写し取る。図面は紙の上がほぼ北になるように描くのがセオリー。道路も、その幅を計って敷地図のどこかに書き込んでおく。
今回の敷地は所有権ではなく借地のため、地主との約束で建物の構造は非堅固なもの、つまり木造に限られていた。よほどの都市部でない限り、旧法借地権では、概ね非堅固な建築(つまり木造)に限定されている場合が多い。そこで、作図のためにモデュールを91センチとしてこの敷地いっぱいに9ミリの桝目を薄く下書きしておくと次の作業が楽になる。
半間=三尺=91cm=910mm
https://gyazo.com/820ccf21e0cdcb4cdcd72252020e0f35
木造の場合、現在でも建材のほとんどの寸法がこの尺貫法に合うように出来ている。このモデュールで設計しておくと、実際工事を進める際、合理的でしかも経済的だからだ。ここまで下準備が出来たら、これを百枚ほどコピーする。いつも私はこのためにミスしたコピー用紙を日頃から捨てないでストックしている。裏面を再利用するわけだ。
「早くせんばねえ」
「まあ、待て、待て」
さあ、ついに自邸の設計が始まった。6Bの鉛筆で、大まかにエリアを分けるゾーニングという作業に入る。今回は車を敷地内で反転させる大前提があり、必然的に一階のゾーニングから開始した。一般の住宅設計の場合は二階から始める時もあり、どちらからという決まりは無いが、途中で交互に見比べることは当然必要になる。
敷地図の縮尺は通常百分の一。ここで同じ縮尺で車の型紙を作る。色の付いた厚紙を切って車に見立て、軌道と駐車位置をあれこれ試みる。実際に指で型紙を押してみると、ほぼ実際の車の軌道が想定できる。そのうち、車の駐車位置は絞られてくるので、次に二階、三階への階段の位置を考える。
ビルの設計では、このような縦の動線(人の動き)の位置が最重要ポイントとなるのだが、住宅でも部屋の配置より優先してこの上下の動線をどこに置くかを、最初に考えておかないと後でまとまらない。このあたりが部屋の配置から考える素人さんと少し違うところだろうか。
一般に階段の位置は、建物の真中辺りが最も効率的と思われる。どの部屋へ行くにも動線が短くなるからだ。むろん、規模的に余裕があれば、わざと無駄な廊下を作って、見せ場とする設計なんか望むところなのだが、わが自邸の場合、アパートを併設することを決めた時点から、無駄を作るのは許されなかった。そこで、おのずと階段は建物のほぼ中心に居座った。
このゾーニングの時点での部屋の形は、おおまかな楕円で表しておけばよい。楕円の外郭は「この辺りでよい」と確信するにつれて濃く描かれていく。楕円の大きさは部屋の面積を表している。こうして縦長と横長の楕円の集合体で構成されたゾーニング図、つまり配置計画図は、百回以上の書き直しを経て、かなり具体的な間取り図に近づいてくる。
「できたと?」
「まあ、待て、待て」
しかし、ここで直ぐに部屋割りを急ぐようでは修業が足りない。ぐっとこらえて、配置計画図の上に、うっすら見える9ミリの桝目を頼りに、今度は構造計画にとりかかる。ここも少し素人さんと違うところか。一階、二階、三階のそれぞれのゾーニング図を重ね合わせながら、建物全体を上下左右に大きく分割出来る軸線を見つけ出す。
さらに柱の位置がどの階も出来る限り同位置になるように、また耐力壁と言って、下から上まで貫いた壁が多く形成されるように楕円(部屋)の大きさを変えたり、位置をずらしたりする作業を何度も試みる。実は、これが後になって構造設計が楽になる秘訣なのだ。よい間取りとは、しっかりした構造体に合理的に支えられているものをいう。
一階の半分は駐車場と玄関に割り当て、残った半分の敷地にアパートを配置してみた。道路は敷地の西側にあるのでアパートは自然に奥の東側になった。一階はどうしても冬場の日当りが期待できないのだが、幸い東南の隣地の建物が今どき珍しく平屋なので、何とか一階のアパートにも日照が期待できる。
二階は私のオフィスを配置した。この部分はこの自邸の顔となるので、道路に面して、すまし顔を装わなければならない。二階の残りの床面積は、すべてアパートとなった。 こうしてゾーニングを開始してから、ほんの数日の間に、三階を住居エリア、二階に自分のオフィス、一階と二階の半分にアパートを併設した私の自邸の骨格が固まった。
動線としては、一階から三階へ貫く階段が、建物のほぼ中心にあり、三階の住居部分では、階段を上がって右手が個室のつながるプライベートエリア、左手に居間やキッチンがあるパブリックエリアと明確なゾーン分けが見えてきた。
このように、はっきりした意図が具体化された間取りは、完成後もやはり使い勝手がよく、空間的にも美しくまとまる場合が多い。
「やればできるじゃない」
妻は、具体的な間取りよりも、アパートの面積が多いのに満足をした様子だ。