プリペアド・ピアノ
プリペアド・ピアノとは、ピアノの金属弦の間に、ボルトやナット、木、ゴムなどを挿入して、ガムラン・アンサンブルのような玄妙な音色を出す手法です。今年生誕100周年を迎えるアメリカの作曲家ジョン・ケージ(1912~1992)が、「バレエの伴奏を依頼されたが打楽器アンサンブルを雇う予算が無い」「舞台にピアノはある」「本番まで時間は無い」という条件下で、苦肉の策で発明しました。 適切な手順を踏めば、楽器を傷付けることはありません。プリペアド・ピアノ作品の音符自体は、サティ程度の簡単なものですので、プリパレーション作業さえやってしまえば、初心者や子供でも気軽に楽しむ事が出来ます。かつては、R.バンガー著『ウェル・プリペアド・ピアノ』という入門書の邦訳が全音から出版されていましたが、残念ながら現在廃版で、古書でも手に入りにくいようです。
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私のプリペアド・ピアノ初挑戦は、1989年ジョン・ケージが京都賞で来日した際、京大西部講堂でアメリカ実験音楽ばかり3日間演奏しまくった時です。野村誠氏と二人で藤島啓子女史のお宅へお邪魔し、具体的なやり方を色々とアドヴァイス頂きました。「Lace rubberはブラジャーの紐が使えるのよ」。《Two Pastorals》(1952)で使う珍妙なUボルトも見せてもらいました(確か弦に挟んで撥でゴーンと叩く)。そんな特殊な素材をわざわざ発注しないと弾けないなんて、と思いましたが、こないだ東急ハンズで普通に見かけました。当時、野村誠氏は重度のプリパレーションを要する《孤島の娘達 Daughters of the Lonesome Isle》(1945)を演奏し、かつそのプリパレーションに基づく自作も発表してましたので、決して専門家のみに許された秘儀ではなく、素人でも十分アプローチ可能な技法と言えます。
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プリペアド・ピアノは作曲家ジョン・ケージが1940年に「発明」したものである。舞踊家 Syvilla Fort (1917-1975) にダンスの付随音楽を委嘱されたケージは初め打楽器アンサンブルの使用を考えたが、公演場所のスペース上の制約から打楽器を大量に使用することができなかったためピアノで代替せざるを得ず、その作曲を進める中でこの楽器を考案するに至った。この時の作品は「バッカスの祭」(bacchanale)である。
さて、プリペアド・ピアノとは何か?プリペアド・ピアノとはピアノに様々な物体を挿入してピアノの音色を変化させたものである。予め様々な物体を挿入する準備が必要なので「プリペアド(prepared)」 という形容詞がつけられる。『グローブ楽器事典』によれば、それは「ボルト、スクリュー、ミュート、消しゴム、そして/あるいはその他のものを弦の間の特 定の箇所に挿入することにより、音高、音色、ダイナミクスを変化させるピアノ。」である。簡潔な記述ながらも、ケージが(最初ではないが)集中的に使用し 始めたこと、ケージ以降、ケージ以外にもこの技法を用いる作曲家(ルー・ハリソン(Lou Harrison)、黛敏郎、クリスチャン・ウルフ(Christian Wolff)など)がいること、様々な物体を挿入する箇所はスコアで指示されること等々が記されている。また「prepared piano」の項目ではなく「modification and new techniques」の項目にはもう少し詳しい記述があり、プリペアド・ピアノは楽器を改造する潮流の一部として位置づけられ、音色を変化させるためにピアノを改造しようとした作曲家たちの名前も多数挙げられている。プリペアド・ピアノ以前の試みとして、アーノルド・シェーンベルク(Arnold Schönberg)、チャールズ・アイヴス(Charles Ives)、エリック・サティ(Erik Satie)、モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel)などが2、またピアノの内部に直接手を入れて弦を演奏するいわゆる内部奏法や、ある音名から別の音名まで全ての鍵を同時に演奏する「クラスター奏法」を行ったヘンリー・カウエル(Henry Cowell)、そしてピアノのハンマーに画鋲をつけて金属的な音色を得ようとした ルー・ハリソンの名前が挙げられている。ケージと同時代、もしくはケージ以降の作曲家でプリペアド・ピアノの技法を使用した作曲家の名前も多数挙げられている。『グローブ楽器事典』ではプリペアド・ピアノはある程度認知されていると考えるべきだろう。 ケージ自身がプリペアド・ピアノに至った経緯はリチャード・バンガーがピアノをプリペアする手引書として書いた『ウェル・プリペアド・ピアノ』の序文に書いた文章に書かれている(バンガー 4-8; Cage, Empty Words 7-9)。それによれば、ケージがプリペアド・ピアノを「発明」したのは1930年代後半にシアトルのコーニッシュ・スクールでモダン・ダンスのクラスのために伴奏の仕事をしていたことがきっかけである。当時のケージの作曲技法は12音音列を使用するか打楽器アンサンブルを使用するかの二通りだった。シヴィラ・フォート(Syvilla Fort)のダンス作品「バッカスの祭 (Bacchanal)」(1940年)のための作曲を依頼された時、ケージは、舞台に打楽器アンサンブルを配置するスペースがなかったのでピアノ作品を作ることにした。しかしケージは一日かけて「アフリカ的な響きのする12音音列」(Cage, Empty Words 7)を探したが見つけられなかったので「間違えているのは私ではなくピアノだと決めた。私はピアノを変えることにした。」(ibid 7)
そこでケージは台所からパイのプ レートを持ってきてピアノの内部に置いてみた。しかしそのままでは弦が振動するたびにプレートの位置がずれていくため、スクリューやボルトでプレートを固 定することにした。そして、ピアノをプリペアするために何を弦のどこに挿入するか等を指示する表を楽譜に組み込むプリペアド・ピアノが誕生したのである。 プリペアド・ピアノの着想にヒントを与えたのはピアノの内部に直接を手を入れて弦を演奏したヘンリー・カウエルだった。しかしプリペアド・ピアノに最も集 中的に取り組み、他の作曲家も使用できるようなあり方で「一つの技法、楽器」として普及させたのはケージである。その後、すぐにではないが、1940年代に集中的にプリペアド・ピアノ作品の取り組んだケージは、「ソナタとインタールード(Sonata and Interlude)」(1946-48年)でプリペアド・ピアノの様々な技法を集大成することになる。その後も、数ある技法の一つという位置づけではあるが 、1954年までに20以上のプリペアド・ピアノ作品を作曲している。 Sonata and Interlude
アコースティックのシンセサイザー・サンプラー
プリペアドピアノは80年以上前に、作曲家John Cageによって開発された楽器です。ピアノ弦にネジ、消しゴム、コインを挟み込むなどのモディファイによって生まれたこの楽器は、通常のピアノとは異なる特別な音色を持っています。その響は弦に挟み込む素材によって異なるため、アコースティックのシンセサイザー・サンプラーとも言えます。
ネジ、消しゴム、コイン
アコースティックのシンセサイザー・サンプラー
もともとJohn Cageはピアノを打楽器アンサンブルの代替えとしてこの楽器を考案しましたが、この発明以降、この楽器は彼の作品とともに進化し、様々な音色を生み出していきました。Imaginary Landscape I(心像風景 第1番 - 1939)では、アシスタントによって弦をリアルタイムに変化させ、Second Construction in Metal(構造第2番 - 1940)では、ネジとコルクボードを挟み込んだ音色を奏でました。そして3ヶ月後、初のプリペアドピアノのソロワーク:Bacchanale(バッカナール - 1940)を発表しました。この楽器は1人の指揮者によって制御されたパーカッション楽団とイメージすることもできます。この技術革新によって、幾つかの鍵盤にプリパレーションを施すことで幅広いサウンドを生み出し、主にソロ演奏時の表現に格段に広げることになりました
Imaginary Landscape I
1939
Second Construction in Metal
1940
Bacchanale
1940