フランス組曲
フランス組曲
BWV 812-817
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概要
フランス組曲(フランスくみきょく、独: Französische Suiten)BWV 812-817は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲したクラヴィーアのための曲集。 第1番から第4番と第5番の断片は、1722年の「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳(第1集)」に含まれている。第1番はそれよりも早い時期に作曲されていた可能性がある。
第1番と第2番は、1725年の「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳(第2集)」に含まれており、少なくともこの2つの組曲については改訂が行われた。
第5番は1723年以降に、第6番は1725年よりも後に完成したと考えられている。
フランス組曲という名称の由来は明らかではない。カール・フィリップ・エマヌエル・バッハによる1754年のバッハの訃報記事においては、未出版の鍵盤楽曲のリストの12番に(11番のイギリス組曲を意味する「6つの組曲」に続いて)「同じ、いくらか短い6つ(の組曲)」として記載されており、この名称がまだ確立されていなかったことを示唆している。 その後、フリードリヒ・ヴィルヘルム・マルプルクによる言及から、1762年までには既に浸透した名称になっていたと考えられている。フォルケルは、バッハに関する伝記で、フランスの様式で作曲されたためにフランス組曲と呼ばれていると記しているが、デュルやシャイデラーといった校訂者は、これはイギリス人のために作曲されたとされるイギリス組曲からの類推であろうとしている。
校訂
フランス組曲には「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」に含まれる自筆譜のほかには、組曲集としての自筆の清書譜が現存しない。よって、弟子のアルトニコルによる初期の筆写譜を含めた、様々な筆写譜群が資料となっている。これらの筆写譜群には、組曲と楽章の順序、解釈といった部分に至るまで重要な競合が生じており、BWV 818(イ短調)やBWV 819(変ホ長調)が含まれている版も存在する。デュルは、バッハは1726年に始まったクラヴィーア練習曲集第1巻(6つのパルティータ)の出版に注力していたこともあり、フランス組曲に対する弟子による様々な改変が始まった後も、そのことに関心を向けていなかったように思われると記している。
装飾音についても、もはやオリジナルの装飾音を確実な形で再構築することはほとんど不可能とされている。ベーレンライター原典版では、装飾音がもっとも豊富な譜稿として、バッハにもっとも近い弟子であった「Anonymous 5」とハインリヒ・ニコラウス・ゲルバーによるものを挙げている。「Anonymous 5」は、後の研究によりベルンハルト・クリスティアン・カイザーであったことが判明した。ヘンレ版の校訂者シャイデラーは、カイザーとゲルバーの筆写譜を装飾音に関する主要な資料として挙げ、これらは1725年頃のバッハの作品の演奏上の課題を知るための手がかりであるとしている。デュルは、これらは単に過酷な課題を示したものとも、バッハ自身が即興的に付した装飾音を記録したものとも考えられるとしつつ、装飾音の選択については、現代の演奏家次第であることを強調している。
作品
第1番 ニ短調 BWV 812
アルマンド (Allemande)
クーラント (Courante)
サラバンド (Sarabande)
メヌエットI (Menuet I)
メヌエットII (Menuet II)
ジーグ (Gigue)
第2番 ハ短調 BWV 813
アルマンド (Allemande)
クーラント (Courante)
B稿では後半に小節を付加しており、A稿とは雰囲気が異なるものになっている。ウィーン原典版の校訂報告によれば、4段階の譜稿のうち、4段階目においてこの変更が加えられた。
サラバンド (Sarabande)
エール (Air)
メヌエットI (Menuet I)
メヌエットII (Menuet II)
メヌエットIIは初期稿になく、後に追加された。
ジーグ (Gigue)
第3番 ロ短調 BWV 814
アルマンド (Allemande)
クーラント (Courante)
サラバンド (Sarabande)
アングレーズ (Anglaise)
バッハは初稿ではこの楽章を「ガヴォット」としていた。
メヌエットI (Menuet I)
メヌエットII トリオ (Menuet II - Trio)
ジーグの後に置いている筆写譜が多い。メヌエットIは任天堂のゲームボーイ版テトリスのBGM(C-TYPE)に使われた。
ジーグ (Gigue)
第4番 変ホ長調 BWV 815
アルマンド (Allemande)
クーラント (Courante)
サラバンド (Sarabande)
ガヴォット (Gavotte)
エール (Air)
メヌエット (Menuett)
初期稿にはなく、後に追加された。エールの前に置いている筆写譜もある。
ジーグ (Gigue)
第5番 ト長調 BWV 816
全曲中最も有名なものであり、この中でも「ガヴォット」は演奏会でもよく取り上げられている。そして第5番のうち、数曲は1722年に作曲されたが、完成したのは1723年になってからである。
アルマンド (Allemande)
クーラント (Courante)
サラバンド (Sarabande)
ガヴォット (Gavotte)
ブーレ (Bourrée)
ルール (Loure)
初期稿ではブレーIIとされていた。
ジーグ (Gigue)
第6番 ホ長調 BWV 817
曲集の中では最も規模が大きく、明朗な曲。ポロネーズを入れている点が注目される。4曲のガラントリーが含まれることはバッハの古典組曲としては異例であるが、フランスのオルドルとしては普通である。
アルマンド (Allemande)
クーラント (Courante)
サラバンド (Sarabande)
ガヴォット (Gavotte)
ポロネーズ (Polonaise)
ブーレ (Bourrée)
メヌエット (Menuet)
初期稿ではジーグの後に置かれていた。
ジーグ (Gigue)
解説
全体
バッハは6曲の「フランス組曲」を書いている。バッハ自身は「クラヴィーアのための組曲」と名付けており、「フランス組曲」なる命名者は判っていない。おそらく、この組曲が優雅で親しみやすく洗練された音楽になっており、フランス的な感覚が盛りこまれているためにこう呼ばれるようになったものだろう。作曲年代についてもはっきりしていないが、1722年頃と推定されている。それは、バッハが最初の妻と死別後、2度目の妻アンナ・マグダレーナと1721年に結婚し、彼女に最初に贈った曲集「クラヴィーア小曲集」(1722年)に、このフランス組曲の第1~5番の5曲が含まれているという理由からである。
いずれも数曲の舞曲より構成され、アルマンド、クーラント、サラバンドと続き、最後はジーグで締めくくる。これら4つの舞曲は、17世紀後半に確立された鍵盤組曲の古典的定型を成す。バッハは当時の慣習に従い、これらの舞曲がすぐにそれと判るような典型的な音型や語法を曲の冒頭から用いている。
アルマンドはフランス語でドイツという意味の語で、4分の4拍子、上拍に始まる。落ち着きを保ちつつ淡々と途切れることなく進む舞曲。
クーラントはやや速いテンポの活発な舞曲で、フランス式では2分の3拍子もしくは4分の6拍子、イタリア式では4分の3拍子もしくは8分の3拍子である。
サラバンドはスペイン由来の3拍子の舞曲で、連続する2小節をひとまとまりとする。荘重で重々しく進む。
ジーグはイギリスを発祥とする軽快で速い舞曲。本来の拍子は8分の3、6、12のいずれかだが、バッハは4分の4で1拍を3連符に分割して記譜することもあった。
舞曲の配列は、バッハの時代にはA-C-S-Gが定型となっていたが、サラバンドとジーグの間にさまざまな「当世風の舞曲」を挿入することが許された。代表的なものに、エール、メヌエット、ガヴォット、ブーレなどがある。エールは、イタリア語で言うアリアのことで、歌謡風の音楽。従って、エールは本来より舞曲ではなく、舞曲による組曲の中にしばしば挿入された器楽曲である。メヌエットは、フランスに生まれ上流社会で流行した優雅で気品漂う舞曲。落ち着いた4分の3拍子で、後にハイドンが交響曲に採用している。なお、通常は見かけの上で二部に分かれ、反復を含めるとメヌエット-トリオ-メヌエット・ダ・カーポの形式になる。(中間がトリオと呼ばれるのは、宮廷舞踊において中間部分にオブリガート楽器を用いてトリオ編成にし、響きに変化をつけたことに由来する。鍵盤組曲では必ずしも3声部で書かれているとは限らない。)ガヴォットは、やはりフランスに生まれ上流社会で流行した明るく快活な舞曲。通常4分の4拍子で、第3拍目から始まる。第5番に現れるブ-レはフランス起源、2拍子の軽快な舞曲で、宮廷でとりわけ好んで踊られた。
フランス組曲6曲中、前半3曲が短調、後半3曲が長調で、ひとつの組曲は調的に統一されている。
楽曲
第1番において、アルマンド、クーラント、ジーグの主旋律には明確な関連が見られる。メヌエットは二部に分かれてはいるが、第II部が長大で、標準的なトリオの形にはまっていない。ジーグは珍しい完全な4分の4拍子で、それだけに付点リズムがいっそう鋭く際立つ。厳格なフーガではないが、3声の模倣によるシンフォニアである。後半は、冒頭主題の反行形が加わる。
第2番において、クーラントはイタリア・スタイル。エールは2分の2拍子で、両声部の掛け合いが遠近感を生む。メヌエットには、トリオのついたバージョンが存在する(新全集B稿)。ジーグは8分の3拍子だが、4小節ひとまとまりで進む。2声の模倣で、後半には反行主題が現れる。
第3番のアルマンドは模倣的に始まる。二つの声部を流れるように旋律が受け渡され、あるいは合わさり、最後は長三和音の変終止で締めくくられる。挿入舞曲のアングレーズは「イギリス風」の意。2分の2拍子である。ジーグは模倣的に始まるが維持されず、両の手の6度平行が多用される。全体に、きわめて洒脱、流麗な筆致の作品といえよう。
第4番のクーラントは4分の3拍子だが実質は8分の9拍子と考える。すなわち、右の声部が三連音符、左の声部が付点音符で書かれているが、右の声部にリズムを統一する。ガヴォットの後のメヌエットはバッハの作かどうか疑わしいものではあるが、多くの筆者譜に伝えられているため、新全集ではB稿として収載している。さらに、新全集BWV815aでは、アルマンドの前にプレリュード、ガヴォットの後に第IIガヴォットを置き、ジーグを省いてエールで組曲が閉じられる。
ジーグもまた組曲終楽章の典型である。休むことなく動き続ける中で、独特のリズムを持つ模倣主題は決して見失われることがない。3声フーガとしては比較的簡明な作りで、全編ほとんど2声テクスチュアを保つが、終結部でにわかに3声部に戻り、最終和音は5つの音が同時に響く。この長大にして優雅な組曲の終わりにふさわしく、壮麗かつ潔い終止である。
第6番はアンナ・マグダレーナのための音楽帖に含まれないため、最後に別個に成立したと考えられる。新全集がA稿として採用した最重要資料であるゲルバーの筆写筆では、ジーグがメヌエットの前に置かれている。(さらに、ゲルバーは《平均律クラヴィーア曲集》第I巻ホ長調プレリュードをアルマンドに先行して書き込んでいる。)が、このほかに、通常どおりジーグで終わるバージョンやメヌエットをポロネーズのトリオとして扱うバージョンなどいろいろな筆写譜が存在する。作曲家が果たしてどの配列を意図したのかは明らかになっていない。
最後に成立したせいか円熟味を増し、均整の取れた形式と明澄な書法でありながら、豊かな音楽内容を持つ。とりわけジーグは、鍵盤の幅いっぱいに広がる流麗な旋律に雄大さが感じられる。
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