パンデミックの倫理学
パンデミックの倫理学
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このワーキンググループを経験した後、いくつかの感染症のパンデミックを見てきた。しかし二〇二〇年に始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、前例のないスケールとインパクトで私たちに襲いかかってきた。ロックダウン真只中のモントリオールで二〇〇六年に私自身が執筆に関わったワーキングペーパーを読んで正直に驚いたのは、二〇二〇年に盛んに議論されているトピックの多くが、もうすでにこのワーキンググループで話し合われていたということである。そこで、ワーキングペーパーで提示した倫理的議論を紹介し、二〇〇六年時点では想定していなかった論点を追加して分析することが有益ではないかと考えた。これが本書を執筆した動機である。
本書は次のような構成をとっている。第一章から第三章では、「治療及び予防への公平なアクセス」についての議論を私自身の観点から紹介する。具体的には、第一章と第二章において倫理学の考え方とパンデミック対応策における基本的な倫理原則を示し、第三章でそれが実際の文脈で適用される際の留意点を示す。第四章では、「隔離、検疫、国境管理、ソーシャル・ディスタンシング」についてのワーキンググループの議論を私自身の理解に基づいて紹介し、パンデミック全般の文脈において考察する。最後の第五章では、二〇二〇年の新型コロナウイルス感染症のパンデミックにおいて特に注目すべきトピックを、現代哲学の観点から分析する。
目次
第一章 パンデミック対策は何を目的とすべきか?
1 競合する倫理理論と常識的判断
2 どうしてパンデミック対策に倫理指針が必要なのか?
3 救命数最大化と帰結主義
4 帰結主義を批判するとはどういうことか?
5 非帰結主義は救命数最大化を擁護できるか?
6 くじによる抽選
7 個人的属性と間接的便益
第二章 公平性と透明性
1 公平性の原則
2 本当に救命数を最大化するべきか?
3 救命数最大化は公平か?
4 救命数最大化と生存年数最大化の関係
5 透明性の原理
6 結 論
補論 「命の選別」について
第三章 パンデミック下の医療資源の分配
1 パンデミック対応策の倫理指針は誰を対象にしているか?
2 誰に人工呼吸器を優先するか?
3 他の重症者を救うために人工呼吸器を外すべきか?
4 誰にワクチン接種を優先するか?
5 誰に抗ウイルス薬を優先するか?
6 ワクチンの国際的分配
第四章 基本的な権利と自由はどこまで制限されるべきか?
1 人権とシラクサ原則
2 自由の制限についての五つの基準
3 三種類の「隔離」
第五章 COVID-19パンデミックの哲学分析
1 二〇二〇年の新型コロナウイルス感染症の経験
2 PCR検査と条件付き確率による推論
3 反事実的条件法による思考(1)─何が効果的か?
4 反事実的条件法による思考(2)─超過死亡
5 数理モデル予測の批判の仕方