テストステロン、ヒエラルキー、新奇探索性、ドーパミン、下頭頂小葉、空間認知、時間認知
テストステロン、ヒエラルキー、新奇探索性、ドーパミン、下頭頂小葉、空間認知、時間認知
ほかに有名なものだと、大衆車と高級車を、それぞれ被験者の方に運転していただき、その時に出ている神経伝達物質の違いを測るという実験があります。この実験で判明したのは、大衆車に乗っているときと、高級車に乗っているときでは、テストステロンというホルモンの出方が違うということでした。テストステロンというのは、いわゆる男性ホルモンです。名前は男性ホルモンですが、もちろん、女性でも分泌されます。
テストステロンの役割として、モチヴェイションを上げるとか、攻撃心を高めるといったことが挙げられます。あまりいい例ではないかもしれませんが、高級車に乗っている人ほど煽り運転をする、という研究結果もあります。これは、テストステロンが分泌されすぎている状態かもしれません。
クルマに乗るということは、ただデヴァイスを使っているというわけではなく、自分の能力+αをまとっているという認知が、おそらくあるのだろうと思われます。 人間というのは、単体では動くスピードが非常に遅いわけです。どんなに全速力で走っても、例えば馬のように速く走れる生物には敵いません。また、外装の強さという面からみても脆弱で、例えばヒグマと戦って勝てるような個体ではありません。でもクルマに乗っていると、どちらも達成できてしまうわけです。速く走ることもできるし、外骨格をまとったような状態、要は非常に強い状態になるわけです。 つまりクルマに乗ると、脳は「戦闘力が高い」という状態を無意識に認知して、「自分は強い」という感覚を得られるわけです。しかも、ヒエラルキーの高さを実感できる高級車となると、なおさら自分の戦闘力に自信がもてるような状態になるわけです。 すると、自然にその状態からフィードバックを受けて、脳が変化を起こし、テストステロンの濃度が上がるのではないかという考え方です。
「人はなぜ移動するのか」という問いをいただきましたが、ものすごく大きなところから話をしますと、人類発祥の地は、アフリカだといわれていますよね。アフリカから世界中に人間がスプレッドしていったことを、わたしたちは当たり前だと捉えて人類史を振り返りますが、もし自分がその場にいたらと仮定して考えると、いま、そこそこエサもあり、まわりの仲間ともそんなにコンフリクトがないなかで過ごしていたとしたら、果たしてほかの場所に移行しようと思うでしょうか。ほかの動物なら、現状維持が普通のはずなんです。でも、人類のちょっと特殊なところは、それでも新しいものを求めて、ほかの環境へ行ってしまうところなんです。
脳科学ではこれを「新奇探索性」といいます。この新奇探索性が高いことが、われわれの特徴なんです。「違う場所へ行ってみたい」「もっと遠くへ行ってみたい」という気持ちの現れが、何万年か経って、世界中にわたしたちが住んでいるという状況として結実しているわけですが、新奇探索性が高いという特徴の、生理的な基盤というのがドーパミンなんです。
ドーパミンは、テストステロンと一緒で、スリルのある時とか、ちょっと危機的な状態とか、「普通とは違うよ」というときに高揚感をもたらす物質ですが、まさにクルマに乗っているときというのは、速さの面からも新奇探索性の面からも、普通の状態よりドーパミンが多く出ている状態になるわけです。そう考えると、クルマが、これほど多くの人に使われるデヴァイスとなったことには非常に納得がいきます。 特に新奇探索性は、人間の根源的な欲求としか言いようがありません。ほかの生物は、そういうことをしなかったわけですから。森の中にいれば食べ物もたくさんあったし、なんなら木の上にいれば、外敵から身を守ることもできたのに、なぜ、わざわざ木から降り、森を出て、海をわたって寒冷な土地へ行ったのか、不思議ですよね。でもその結果、新しいスキルを身に着けたり、新しい道具を開発したりしているわけなんです。
道具の使用というのは、人間の大きな特徴の一つといわれています。もちろんほかの動物も使いますが、こんなに高度な道具を使うのは人間くらいしかいません。
道具を使用するときは、側頭頭頂接合部という場所を使ってます。そのなかに下頭頂小葉という場所があるのですが、そこは道具の使用以外に、空間認知もしています。よく、地図を回さないと読めない人っていると思うのですが、地図を回さずに、頭のなかで回して認知をするということをしているのが、下頭頂小葉なんです。
この下頭頂小葉がもつ役割は人間の大きな特徴のひとつなのですが、最近は使えない人が増えている印象です。それこそナヴィゲーションシステムがすごく発達していますが、そのせいで、地図を自分で頭の中につくらない人、もしかするとつくれない人が増えているのではないでしょうか。
下頭頂小葉のお話の続きですが、あそこは、道具の使用や空間認知に加えて、長い時間を処理するということもするんです。例えばチンパンジーに「3年後に試験があるから準備をしてね」と指示しても、わからないわけです。道具の使用だと、バナナを取るのに「ここにこういう道具があるから」と置いておくと、自分で工夫してそのバナナを取ったりできるのですが、長い期間のことは、わからないわけです。
そういう長い時間のことを考えられるのは、人間の特権というか大きな特徴なのですが、例えば「100年後の気候変動があまりにも大きくて、わたしたちの生活を脅かすようになるかもしれないから、いまEVをがんばってつくりましょう」ということができるのは、人間だけなんです。
前頭葉が喜ぶものは、ある程度類型があります。「新しい刺激」です。例えば行ったことのない場所。これは、自動車会社が体現できる大きな価値のひとつですよね。あとは会ったことのない人、食べたことのない食べ物。そのほか、新しいもの。これらに出会いたいという欲求が、前頭葉の報酬になりうるものなんです。
おもしろいことに、新しいところへ行ったらドーパミンが出て、報酬を感じるのかというと、もちろんその時も感じますが、実は行ったときよりも、いく直前、「もうすぐそこにたどり着くことができる」というときに、前頭葉は大きな報酬を感じるとされています。つまり、「もうすぐなになにができそうだ」という期待感を煽るのが重要なんです。