ショートスリーパー遺伝子
困ったことに、ショートスリーパーと判定する絶対的な基準は設けられていない。つまり「睡眠時間が何時間未満ならショートスリーパー」という具体的な数値がない。というのも、脳波計測など信頼のおける方法で実質的な睡眠時間を長期間にわたり測定した「真のショートスリーパー」がどれくらいの頻度で存在するのか多人数で調べた疫学研究がないためである 一応の目安として成人の場合、典型的には「睡眠時間が5時間未満」とされている。 このような真のショートスリーパーは人口の1%以下であることはまず間違いないだろう。
さて、そのような極めてレアなショートスリーパーが多発する家系が米国で見つかり、カリフォルニア大学を中心としたグループが高度なテクニックを駆使して原因遺伝子までたどり着いた。第10染色体上にあるβ1アドレナリン受容体遺伝子(β1-adrenergic receptor gene; ADRB1)と呼ばれる遺伝子のある塩基に突然変異が生じると睡眠時間に変化が生じることが明らかにされた。 たった一つの家系から原因遺伝子を見つけることができたのは、短時間睡眠という特徴が常染色体優性遺伝形式で現れたからである。つまりADRB1は、男女関係なく2組ある遺伝子のうちの片方に突然変異が生じると高確率で短時間睡眠となる影響力の強い遺伝子であることを意味している。 この研究グループはさらに、この突然変異によって、ADRB1から作られるタンパク質を構成するアミノ酸の一部がアラニンからバリンに置換されることでタンパク質機能が変化する結果、睡眠時間が短縮することを動物実験で証明している。ADRB1は睡眠や覚醒を調整する神経が集中する「橋(Pons)」と呼ばれる部位で多く存在し、脳を覚醒しやすい状態にしているらしい 少し横道にそれるが、今回公開された研究データを見て私がある意味一番驚いたのは、研究対象となったショートスリーパーの定義が「曖昧」であるにもかかわらず結果が得られている点だ。この家系でADRB1の突然変異を保有していたのは7名。年齢は29歳から84歳(平均年齢57.7歳)、睡眠時間は4.5時間〜7.5時間(平均5.7時間、短い順に4.5、4.8、5.5、5.5、 6.0、6.1、7.5時間)。7.5時間睡眠の被験者は79歳、最も若い29歳の被験者は6.0時間睡眠。 この程度の家系、どこにでもありそうではないか。しかも睡眠時間は「問診」で聴き取っており、デバイスを用いた客観的な判定は行っていない。よくぞ、この家系でここまで調べる気になったものだと感心した。この研究グループは遺伝子探しが得意で、これまでにも睡眠時間帯が非常に早くなる(極端な早寝早起きになる)遺伝子や、別のショートスリーパー遺伝子を見つけている。まずは「それらしき家系」を見つけて物量作戦で遺伝子変異を探し、仮説が正しいかは動物実験で証明する、という研究スタイルを一貫してとり続けている。「外れ」も膨大に多いのだろうが、実に米国らしいと言えば米国らしい。