キャピタロセン(資本新世)とアントロポセン(人新世)
キャピタロセン(資本新世)とアントロポセン(人新世)
ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の環境史学者、ジェイソン・ムーア
「キャピタロセン(資本新世)」には、「アントロポセン(人新世)」の語感に対する一種の挑発的な思いが込められています。「アントロポセン」という言葉からは、わたしたち人類の敵はわたしたち自身だ、というニュアンスが感じられます。人間が環境に与えた影響は自分たちで埋め合わせしなければならない、もっと環境に優しい消費者にならなければならない、人口増加に気を配らなければならない、といった具合です。しかし、力と富が極端に不平等な世の中の仕組みによって、そう思い込まされているにすぎません
anthropocene
capitalocene
生産現場から消費の場へと、社会の視線がシフトしているということもあります。世界中を飛び回っている人たちが大量の二酸化炭素を発生させているわけではありません。もちろん、飛行機に乗ることで二酸化炭素の発生に大いに加担してはいますが。
この問題の元をたどれば、飛行機の製造に行き着きます。若い人たちは相反するふたつの気持ちをもっているようです。彼らは「そうだ、自分たちに責任がある」と考えると同時に、「自分たちの責任ではないはずだ」とも思っているのです。
「キャピタロセン」には、「資本主義とは単に経済の仕組みを指している」という考えに対する、わたしなりの批判が込められています。資本主義はひとつの権力システムであり、文化のあり方でもあるのですから。
資本主義の形
資本主義とは単に経済の仕組みを指しているのではなく、ひとつの権力システムであり、文化のあり方でもある
資本主義とは