できないことを受け入れるようにしたんです
できないことを受け入れるようにしたんです
誰もやったことがないことや、誰にもできないことをやる、ということに憧れたころがありましたね。水前寺清子さんの歌に「どんとやれ男なら/人のやれないことをやれ」(「いっぽんどっこの唄」、1966年のミリオンセラー)という、昭和の人ならみんな知っているような歌詞がありますが、ああいった曲を聴いて育ったんです。
読んでいた漫画や観ていたアニメは、『巨人の星』とか『あしたのジョー』。逆境をはねのけて未来の理想像へ向かうという、要は原作者・梶原一騎のヴィジョンなんですが、こうしたものが当時の日本社会にもフィットしていたんですね。
ところが自分が成長すると、そうはいかなかったんです。成長するにつれて、誰もできないことをやるどころか、みんなができるからといって自分ができるとは限らない、ということばかり増えていった。大人になってからですかね。もう、それを受け入れることにしたんです。
とはいえ、受け入れるのも不安なんですけれど……。あるとき、ひとりの女の子がすごく強い口調で「自分は月曜から金曜まで働くことができない」と話すのを聞いたことが大きかったですね。「わたしには体力がない。満員電車に月曜から金曜まで乗って、会社に行けるのが当然だと思わないでほしい」と。ぼくの心に強く響きました。それで、認めるのは怖いけど、できないことを受け入れるようにしたんです。