TJAR2020参加選手の腸内細菌叢の変化
本研究では、日本アルプスを日本海から太平洋まで縦走するトランスジャパンアルプスレース2020に参加した選手のレース前後での腸内細菌叢の変化を調査しました。レースは富山湾(標高0m)からスタートし選手は北アルプスの剱岳(標高2999m)、薬師峠(標高2294m)を越えて進んでいましたが、スタートから31時間後に荒天のため中止となり、それぞれ最寄りのルートで下山し自力で帰路につくことになりました。そこでスタートから38〜44時間以内にスタートから96.1km(上り 8062m、下り 6983m)の新穂高温泉に到着した9名の選手を対象に調査を行いました。
各選手の便検体より、腸内細菌叢としてそれぞれ10,000個の細菌を同定し、全体で380種の細菌の存在比を分析することができました。腸内細菌叢のパターンを調べてみると、腸内細菌叢には個人ごとに特定のパターンがあることと、今回のレースではパターンに影響するほどの変化は生じなかったことがわかりました。次に、個々の細菌のレース前後の変化を調べてみると、様々な病気の患者で減少が観察されている酪酸産生菌のフィーカリバクテリウム・プラウスニッツィ(F. prausnitzii)が減少していることがわかりました。F. prausnitzii がレース前の4.75%から、レース後に0.68% (− 85.7%)と最も減少した選手(I)は、レース後に、だるさや浅い眠りがあったと報告しました(図1) 。また、380種の細菌のうち有意な減少が観察されたF. prausnitzii を含む4種類の細菌はすべて酪酸産生菌でした。腸内細菌叢が産生する酪酸は免疫機能などに重要であることが明らかになっています。ウルトラマラソンによる酪酸産生菌の減少が体調に悪影響を及ぼした可能性があります
一方、今回対象とした日本人ランナーのレース後のVeillonellaの腸内細菌叢に対する構成比は1人を除いて0.1%未満で、レース前後で有意な変化は観察されませんでした。この結果は、フルマラソンを完走したランナーでVeillonellaが増加していたという2019年に話題になった海外論文とは異なる結果でした。
https://gyazo.com/e1d6f45af26a25e52ab9573eb6004214
本研究で対象としたウルトラマラソンはレース途中で中止になったため、9名の選手のみという制限のある調査となりました。しかし、これまで海外において長距離レースにより増加すると報告されていた腸内細菌Veillonellaには変化は認めず、 本研究の対象となった日本人ランナーでは、免疫機能に関与するF. prausnitzii などの酪酸産生菌が減少していることが新たに明らかになりました。この結果は、フルマラソンによる腸内細菌の変化とは異なるもので、ウルトラマラソンに特徴的な変化と考えられます。ウルトラマラソンはフルマラソンよりも身体活動量が多く過酷な競技です。中止になったとはいえ本研究で調査した選手は睡眠・食事をとりながらもフルマラソンを完走した場合の4倍以上のエネルギー(カロリー)を消費していました。身体活動量が非常に高く疲労した状態で体調が悪くなるのには、腸内の酪酸産生菌の減少が関与している可能性があります。酪酸産生菌の減少を防ぐための食品・医薬品などを作ることで、肉体疲労時の体調不良を予防できるかもしれません。 また、これは日本人に多いB型腸内細菌に特徴的な結果である可能性があり、今後検証を続けます。
タイトル: Alterations in intestinal microbiota in ultramarathon runners.
タイトル(日本語訳): ウルトラマラソンランナーの腸内細菌叢の変化
著者:Mika Sato, Yoshio Suzuki
著者(日本語表記): 佐藤美花、鈴木良雄
著者所属: 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科
DOI: 10.1038/s41598-022-10791-y