2017/10/26
とくに書くことなくても、ひとまずページを作る感じになった
場合によっては「記すべきことなし」でも良い
で、最初の一文はリストでなくてもいいじゃないか、と思う。なぜかというと、なにか考える時はしゃべるのと同じように言葉を連ねるから。書きながら考えることは箇条書きとは相容れないと思う。アウトラインから文章を積み上げる人もいるだろうけど、自分は散文から要点が浮かび上がってくる感じ
アウトライン(リスト)→文章
散文→要点(リスト)
情報(じょうほう、英語: information、ラテン語: informatio インフォルマーティオー)とは、
1. あるものごとの内容や事情についての知らせのこと
2. 文字・数字などの記号やシンボルの媒体によって伝達され、受け手において、状況に対する知識をもたらしたり、適切な判断を助けたりするもののこと。
3. 生体が働くために用いられている指令や信号のこと。
4. (情報理論(通信理論)での用法)価値判断を除いて、量的な存在としてとらえたそれ
それ?
https://gyazo.com/b0912332ba9094fa1faf577ac9905fc0
"a history, a theory, a flood" って書いてある
歴史、理論、洪水?
ウィリアム・パワーズのつながらない生活、グリックの インフォメーション―情報技術の人類史 、そしてニコラス・カーのthe shallows(ネット・バカ:この邦題はどうしても納得いかないんだけど)を読んできて、人間の認知能力とか思考方法というのが書き言葉だったり書物だったりそういうのから誘発されて発達してきたということを理解すると、実は文学っていうのは、つまるところ文章を書くというテクノロジーの最先端の分野であるわけで。言うなれば書き言葉というか脳の構造自体を書き換えるためのツール、デザインパターン、というか、プログラミング言語を発明していつつ、さらにそれを世界中の人々に感染させているという、そういう役割を担っている訳なんですね。そう考えるとちょっと違う景色が見えてくることになる訳です http://hakkka.g.hatena.ne.jp/taizooo/20130820#1376968259 https://gyazo.com/9326fcde8cbeb1d97070bdb37fdb2d7a
「情報」って言っているときに、それは、情報の話をしているのか、文学(文章、文字)の話をしているのか
ユルユルと走るとか具体的にいうとLTペースになるような心拍で身体を動かすとランニング・ハイに入りやすくなる。で、階段ダッシュ10段を20往復みたいな短い時間に高い負荷をかけると身体のキレが明らかに良くなる。
ランニングハイ、ようは脳内麻薬なんだけど、LTより低いとスイッチ入らないし、LTより高いと(つまりハアハアいう感じ)やっぱりスイッチ入らない(入らないというか入っているかどうかわからない)。身体がキツイ動きをした後の気持ちの良さはまた違う感覚だとおもう
身体のキレが良くなるの、昔から感覚としてはあって。坂道を上ったり下ったりするような運動とか、階段往復とか、なんと踏み台昇降とか、上から下、下から上へ身体を移動させる運動をするとそう。
筋トレ(フリーウェイトもマシンも自重も)はあまり身体のキレが良くなる感覚がない。ストレッチも床に座ってやるようなヤツはあまり体質に合わないらしい
立ち姿勢のまま身体を捻ったり曲げたりするような動き(つまりラジオ体操的な)はキレが良くなる感覚がある。ブラジル体操的なヤツもそう