未来形がない日本語
from 2021/11
未来形がない日本語
未来形がない日本語、そして英語について|葉っぱの坑夫|note
Happa-no-Kofu
葉っぱの坑夫
過去=いま現在から前に存在するすべての時間。茫洋とした時のかたまり。すでに起きたこと。すでに起きたことで周知のこと。
過去以外=それ以外の時間。現在を起点にその先に広がる未来の総和。
こういう時間軸の中で日本語と日本人は生きているのでしょうか。過去という時制はあるので、過去について日本語で語ることは可能です。が、それは現在を起点にそれ以前に広がるひとかたまりの、区切りのない過去の総和とも言えます。その意味で、未来と同じように茫洋としたものに見えます。
日本語にも「歴史」という概念はありますが、それは英語のhistoryと同じものなのか。historyという言葉は、たとえばウェブの閲覧履歴を指すときにも使えます。どのような順番で過去から現在に至るまで、サイトを閲覧してきたかの具体的なリストです。その積み重なりや時間の流れをhistoryと言います。それと比べると日本語の歴史という言葉は、もう少し茫洋とした感じ、過去の総和のようなイメージがあります。
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あっ、ここで思いついたことがあります。
日本語の時間の捉え方が茫洋としていて、日本語でいう「歴史」が何かひとかたまりのものに感じられる、、、そのわけは、ひょっとして年号の存在じゃないでしょうか?! 
....明治、大正、昭和、平成、令和.... 日本の時間軸は年号によっている。日本人の時間感覚は年号という区切りで仕切られている。どうでしょう。時間を細かく区切りたがるヨーロッパ系の言語を話す人々の多くは、キリスト誕生後という、たった一つの時間軸で生きています。
【連載】『世界の辺境とハードボイルド室町時代』第2回:「バック・トゥ・ザ・フューチャー」 未来が後ろにあった頃 - HONZ
日本語に「サキ」と「アト」という言葉があるでしょう。これらはもともと空間概念を説明する言葉で、「前」のことを「サキ」、「後ろ」のことを「アト」と言ったんですが、時間概念を説明する言葉として使う場合、「過去」のことを「サキ」、「未来」のことを「アト」と言ったりしますよね。「先日」とか「後回し」という言葉がそうです。
でも、その逆に「未来」のことを「サキ」、「過去」のことを「アト」という場合もありますよね。「先々のことを考えて……」とか、「後をたどる」なんて、そうです。「サキ」と「アト」という言葉には、ともに未来と過去を指す正反対の意味があるんです。
ところが、そもそも中世までの日本語は「アト」には「未来」の意味しかなくて、「サキ」には「過去」の意味しかなかったようなんです。
現代人に「未来の方向を指してみてください」と言うと、たいていは「前」を指さしますよね。でも、そもそも古代や中世の人たちは違ったんです。未来は「アト」であり「後ろ」、背中側だったんです。
これは、勝俣鎮夫さんという日本中世史の先生が論文に書かれていることなんですが、戦国時代ぐらいまでの日本人にとっては、未来は「未だ来らず」ですから、見えないものだったんです。過去は過ぎ去った景色として、目の前に見えるんです。当然、「サキ=前」の過去は手に取って見ることができるけど、「アト=後ろ」の未来は予測できない。
つまり、中世までの人たちは、背中から後ろ向きに未来に突っ込んでいく、未来に向かって後ろ向きのジェットコースターに乗って進んでいくような感覚で生きていたんじゃないかと思います。勝俣さんの論文によると、過去が前にあって未来は後ろにあるという認識は、世界各地の多くの民族がかつて共通してもっていたみたいなんです。
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