岩波文庫版 カント 主要著作の新訳刊行スタート
岩波文庫版 カント 主要著作の新訳刊行スタート
関東大震災の翌年で、昭和金融恐慌のほぼ前々年にあたる1924年(大正13年)4月、カント生誕200年にあたって、岩波書店は『思想』第30号を「カント記念号」として発売し、また大震災で中断していた『カント著作集』(旧版『岩波版カント全集』)の刊行をあらためて告知した。安倍能成と藤原正の共訳改訂版になる『道徳哲学原論』の紹介文には、「カント道徳哲学原論が実践理性批判と共にカントの倫理学説を覗うに欠くべからざる書であることはいうまでもない。この書は実にカントが彼の道徳の精神を宣明した第一の書であって、同時にカント道徳学の入門書である」、とある。日本の時代精神がその後たどった途はけっしておだやかなものではなく、カント哲学およびカントの影響下にあった文化主義や価値主義の思想も、その10年ほどのあいだに翻弄され、やがては禁止思想にすら数えられていった。その歴史の事実を思うとき、今日でもこうした出版にはある種の緊張感を感じないわけにはいかない。 あれから100年後の今年、生誕300年記念事業として、半世紀をゆうにへだてて岩波文庫版カント主要著作の新訳刊行がスタートした。その事業のはじめに、熊野純彦訳『人倫の形而上学 第一部 法論の形而上学的原理』、宮村悠介訳『人倫の形而上学 第二部 徳論の形而上学的原理』とともに拙訳『道徳形而上学の基礎づけ』が出版できたことは、それだけでもうれしいことだが、それ以上に、さきに述べてきたような時代精神の移り変わりのなかで、今後に刊行されてくる岩波文庫のカント新訳とともに、よい意味での古典思想として人々に長く記憶され、読み継がれていくことをこころから願うものである。
2024年、イマヌエル・カント生誕300年記念事業として、岩波文庫版 カント 主要著作の新訳刊行スタート 熊野純彦 訳『人倫の形而上学 第一部 法論の形而上学的原理』 宮村悠介 訳『人倫の形而上学 第二部 徳論の形而上学的原理』