フリーということの意味
ポキポキの話
フリーという概念の話
ここでいうフリーとは当然「タダ」ではなくて「自由」の話
Freedom
freedom
liberty
the freedom and the right to do whatever you want without asking permission or being afraid of authority
シェーン・マッコンキーもそのひとりだ。一九九〇年代、マッコンキーはスノーボードの「フリーライディング」から「フリー」という言葉を借りてきて、スキーに応用した。彼はその意味を広げてもいる。「シェーンは広く使われている『エクストリーム』という言葉からなんとか離れたがっていた」と5章に登場したスキー・ムービー制作者のスコット・ガフニーは言う。「あちこちで使われすぎていて、シェーンがいちばん楽しいと感じていたスキーのスタイルとは違う意味になっていたから。それで『フリースキー』という言葉を作りだした。それが始まりだよ。今じゃ、『フリー』という接頭辞はあらゆる種類のアクションスポーツで使われてる――フリーサーフィン、フリーライド[マウンテンバイクに乗ること]という具合に、競技としてやるわけじゃないって意味だ さらに重要なのは、フリーライディングやフリースキーがエクストリームスポーツにおける価値観のあり方を変えたことだ。エクストリームスポーツでは、自分を表現することを非常に大切にして、勝つことは重視されなくなった。特に重視されなくなったのは、「勝者はただひとり」というイメージだ。フリーライディングでは、面白いラインを見つけて、それを面白い方法で滑っていれば、勝者になる。斜面を最速タイムで滑り降りて来た人がいちばん優れたアスリートだというのは過去の話だ。本当の意味で勝者になるには、創造性に富んでいなければならない。 2019/9/3
と、こんなふうに一行にダーっと、全然推敲せずにそのときに思いついたままになにかを書き連ねて、考えとは関係なくなにか結論のようなものや決定的な一打を手が勝手に入力するまで書き続けるというのが、箇条書きじゃなくて散文の凄いところだと思うのだ。scrapbox way には反するかもしれない
フリースキーの場合、斜面の上から下まで、フォールラインに沿って(またはクロスして)ラインを描く感じっていうのがあって、散文の場合に、初見の斜面にその先の斜面を想像しながら恐る恐るラインを描くのに似ている。この場合、ほとんどの場合はリカバリーの連続になる。今のターンは思い描く方向に進むというよりは、さっきのターンの結果といま描きたいターンとの妥協点を探るような感じ。ずーっとリカバリーし続ける感じ。失敗は転倒や滑落を意味する。リクリエーション・スキーヤーの場合、最悪の場合はケガを、ハードコア・スキーヤーの場合、最悪の場合は死を 文章の場合、リカバリーに失敗しても死なないからイイ