イギリス産業革命史
イギリス産業革命史
アーノルド・トインビー(Arnold Toynbee、1852年8月23日 - 1883年3月9日)は、イギリスの経済学者である。「産業革命」を学術用語として広めた歴史家であり、世界最初のセツルメント「トインビー・ホール」を興したセツルメント運動の発起人の1人。時に「セツルメントの父」とも呼ばれる。
アーノルドの死後、1908年に『イギリス産業革命史』(Lectures on the Industry Revolution)という題の遺稿集が出版されている。これは1760年~1840年のイギリス経済史をあつかった連続講義の覚書とアーノルドの手になる新聞記事などをあわせたものであった。イギリス資本主義形成のための歴史現象を指す「産業革命」という言葉を広く知らしめたのは、この著書によってである。
アーノルドは中世の社会経済が産業革命によって失われ二度と逆戻りができないことをふまえ、ラスキンやモリス、カーライルの倫理と資本主義批判を経済学のなかに持ちこみ社会改良の手だてを模索した。彼は、チャーティズムから厚生経済学へと至る過渡期の人であった。
当時のイギリスでは人口増大、農業技術の進歩と農業革命、工場制手工業への移行を可能とする工業におけるハーグリウズやアークライト、クロムプトンによる技術革新、そして工場制度の確立が進んでいた。このような経済状況の変化は社会の構造にも影響を与え、政治勢力の均衡と階級の地位の変動をもたらした。
トインビーは産業革命を1760年を境として起こった経済的、社会的な革命であり、中世的な社会と近代社会の歴史的な転換点となったと考えている。