なにかを書く時間のけっこうな部分が「どうでもいい細部」の辻褄合わせに費される
なにかを書く時間のけっこうな部分が「どうでもいい細部」の辻褄合わせに費される
たとえば……そうだな、小説でいいか、「小説」をものしてみようとしたことのある人(おれもその中に数えてくれ、頼む!)ならわかってもらえることと思うんですが、まじでどうでもいい細部を書かなきゃそこでなにが起こっているのかがわからなかったり、全体がつながらなかったりする。あるいは逆に、いくらどうでもよくたっていちどなにかを書いてしまったなら、ほぼまちがいなくどこかほかの細部との辻褄あわせに苦労することになる。……あるあるじゃないでしょうか。ないのかな。おれだけかもしれない。なんか自信なくなってきた。でも、なんかを書く時間のうちけっこうな部分が「どうでもいい細部」つまり「本質的」ではなさそうな辻褄合わせに費されるのって、ふつうによくあることだと、ぼくは思ってるんですよね。
なにかを書く時間のけっこうな部分が「どうでもいい細部」の辻褄合わせに費される
そこでなにが起こっているのかがわからないので、どうでもいい細部を書かなきゃいけなかったり
いちど「どうでもいい細部」を書いてしまったら、どこかほかの細部との辻褄あわせに苦労することになったり
断片を書き残すことのメリットは、こういう文章を書くときにまとわりつくあれやこれやを、ぶっちぎるという意味があるかも、ないかも いちいち説明すると、スピードが落ちる