フリードリヒ大王
18世紀 フリードリヒ大王
30年戦争
1818年から
ルターと同じ時代
ドイツあたりが戦場だった
人口の1/3が失われ,国富の2/3が失われた
江戸時代の徳川家の権力がめっちゃ低い感じに似ている
諸侯の権力が強い
宗教戦争
悲惨な状況
動物のように追い立てられる
隣のフランスはブルボン朝,結構安定している.
ドイツは分裂し,諸侯に分かれていった
ハプスブルク家とホーエンツォレルン家がデカくなった
キリスト教,信仰のOS
アンチテーゼとして,理性に準拠し,論理的に考えることを重視した
合理的に,批判的な考え方を重視する
キリスト教とは異なる考え方
光を照らす,という意味
日の当たらない暗い場所を光で照らすという感覚
パンクスぽい
暗黒中世
無知の状態が暗黒
デカルト,スピノザ,ホッブズ,ジョン・ロック,ルソー,ニュートン,ガリレオなど
フリードリヒ
伝統的な制度の上に存在するが,啓蒙主義に傾倒している
君主であることを説明しないといけない
それまでは,王権神授説だったため,説明しやすかった
現代っぽい.行き方が変わる移行期間の悩み
現行制度と考え方の相克
時代や生まれと自分とのズレ
2代目の大変さがある
継ぐ大変さ,継がない大変さ
王様,政治的才能もないが,哲学の才能がある
哲学の才能を極めてから,政治に適用する
義務感で頑張る
ライバル
エカチェリーナ2世,マリア・テレジア 女帝
優秀な女性の台頭,ボコボコにされる
啓蒙
合理的,理性的であろうとした
君主制→ポスト君主制 のあり方をさぐろうとした
官房学
ポリツァイ学,科学的な根拠に基づく国家運営
富国強兵論
安全保障→軍事力→国富→君主の強権 につながる
フランスは王権神授説だった
プロイセンの誕生
ローマ帝国
東西に分裂
西ローマが消滅,ゲルマン系の民族が当地
フランク王国,カール大帝の死後,3つに分割
神聖ローマ帝国→ドイツ
フランス
イタリア
気候の温暖化+農業の改善→人口増加→東ヨーロッパ(ロシア方面)へ進出
12世紀,13世紀あたりに,東ヨーロッパに植民していった
キリスト教ではない,東スラブ系の人を征服
プロイセンは,征服された人
騎士修道会だった
ドイツ北部からポーランドあたりがプロイセンになった
騎士修道会は,修道士だったので子供を持てない
官僚組織的な集団になった
共和制,民主政っぽい感じになった
世襲制ではなく,出世する必要がある
統治は貴族が行っていた.政府的な立場が修道会だった.王や貴族が治めている国もある.
複合君主制
複数の国を一人で治められること
複数の国の代表
複数の企業の取締役を兼任しているような感覚かも
カール5世,複数の国の王様であり,ランクの違う身分でもある
カール、神の恩寵によるローマ皇帝、永遠の尊厳者、ローマ王、イタリア王、全スペインの王およびカスティーリャ王、アラゴン王、レオン王、ナバラ王、グラナダ王、トレド王、バレンシア王、ガリシア王、マヨルカ王、セビーリャ王、コルドバ王、ムルシア王、ハエン王、アルガルヴェ王、アルヘシラス王、ジブラルタル王、カナリア諸島の王、両シチリアおよびサルデーニャ王、コルシカ王、エルサレム王、東インド、西インドの王、大洋と島々の君主、オーストリア大公、ブルゴーニュ公、ブラバント公、ロレーヌ公、シュタイアーマルク公、ケルンテン公、カルニオラ公、リンブルク公、ルクセンブルク公、ヘルダーラント公、アテネ公、ネオパトラス公、ヴュルテンベルク公、アルザス辺境伯、シュヴァーベン公、アストゥリアス公、カタルーニャ公(prince)、フランドル伯、ハプスブルク伯、チロル伯、ゴリツィア伯、バルセロナ伯、アルトワ伯、ブルゴーニュ自由伯、エノー伯、ホラント伯、ゼーラント伯、フェレット伯、キーブルク伯、ナミュール伯、ルシヨン伯、サルダーニャ伯、ズトフェン伯、神聖ローマ帝国の辺境伯、ブルガウ辺境伯、オリスターノ辺境伯、ゴチアーノ辺境伯、フリジア・ヴェンド・ポルデノーネ・バスク・モリン・サラン・トリポリ・メヘレンの領主。
統一権力がないから,細かい国が多い
ホーエンツォレルン家,領土を拡大しながら北上していく
騎士修道会最後の総長がホーエンツォレルン家だった
最後の総長,修道会を解散し,ホーエンツォレルン家の所属になった
ポーランドの家臣でもあった
ブランデンブルクの領地をとった
プロイセンの領地が飛び地だった.
領地を一つにまとめたい.
ハプスブルク家に継ぐ,2番手の勢力になった
曽祖父 大選帝侯
大国のように振る舞った.アフリカに植民地を作るなど
常備軍の創設
6000人→28000人に拡大
お金がかかるため,ユンカーという貴族らから税金をとる
国家運営モデルとしてオランダに注目,
小さい国ながら,オランダは世界の覇権国家になっていた
国家統治の家訓
国王と二分性を維持する
開発独裁政治
感情を抑えて,理性に基づいて判断する
新ストア主義
人間に感情があるから,必ずしもそうはならないので,実現はムズい
当時は,これを守ろうとした
ストイックさがある
プロイセン できかけ
プロイセン公国,
ブランデンブルク伯領
世界地図がまだ塗りつぶされていない
集落群の領地は決まっているような状態,リーダーが他の場所のリーダーも兼ねたり,上下関係がある
祖父の代 フリードリヒ1世
猫背フリッツ,豪奢王
プロイセンを王国にした
ライバル国は王だったので,プロイセンの王となることをローマ皇帝に進言し,承認された
ルイ14世のように,豪華な生活をしていた
お菓子で1億円とか
外交の場で,他の国と同等に立つ
→破産寸前まで行く
芸術や学問にお金が回り,発展した一面もある
猫背フリッツの妻はとても教養があった
ライプニッツと普通に会話できる
フランス語など外国語をネイティブレベルでしゃべれる
37才で亡くなる
文化を大事にする傾向がある
息子(フリードリヒ大王の親) フリードリヒ・ヴィルヘルム
軍人王
粗野で無知に育った
倹約家,ケチな感覚
250万人のうち8万人が軍人
高身長の人にお金を与えたりする
財政赤字は出さない
父と真逆で文化,芸術系の才能があった
父親,カルバン派だった
予定説 仕事に打ち込んでいた
母親,
姉ヴィルヘルミーネと仲が良く,母親の宮殿に隠れて芸術を楽しんでいた
父親から,分刻みでのスケジュールが組まれていた
教育係の3人,一人は隠れ文化人だった
フリードリヒ大王,隠れて文化を学んでいた
父親が暴力的な虐待をして,フリードリヒをコントロールしようとした
父親が病気で不機嫌になった
直接的な暴力による虐待
自慰行為をしないように監視させられるなど,殺される寸前
逃亡を企てたが,失敗する
ヤンヤンさん丸メガネ
フリードリヒ 18才でイギリスに亡命しようとする
イギリスにメリットはないため、ぼかして返答される
友人カッテに依頼し、マリア・テレジアに向かう旅の途中で逃亡をするが
カッテ フリードリヒの7つ上、軍人、フルートや思索など、趣味があった
カイト 1つ上
カイトの弟ロベルト、馬を用意した
逃亡計画段階で計画が漏れていた
ロベルト、良心の呵責に耐えきれず、軍人王に伝えてしまう
カイトがイングランドに亡命してしまい、軍人王がそれを知る
軍人王が、被害妄想的に、イングランドの手引きがあったのでは、という疑いが起こる
そのような情勢があった
カッテ、カイト 3人共死刑になる
査問委員会 神聖ローマ帝国派閥
フリードリヒ、自己弁護がうまかった
軍人王から、厳しい問いを与えられる
他の派閥への牽制という意味もあったのでは?
フリードリヒの周囲への罰が実施される
軍人王、裁判にはでない
裁判では、国家の問題であり、社会的な制裁の判決が下った
軍人王が判決を覆し、3人死刑にしたが、フリードリヒの嘆願により、カッテのみ死刑になった
カッテの死刑を見せられた
左遷され、地方政治を任せられた。娯楽、面会なども制限された。
フリードリヒは熱心に勉強した。行政の戦略を軍人王に提出するなど、恭順の姿勢を見せた。
次回、父親と和解する
最初は形式的和解
姉の結婚式への参加が認められる
自身も結婚する。監禁中に決められた政略結婚。本心では嫌だった。
軍隊も任せられるようになる。
22歳頃、戦争に参加し、戦術的な面を学ぶ
父親が病床に、フリードリヒを認めるが、病状を回復した
ラインスベルク城に移り住む
本を多く読み、芸術や議論などをした
仲の良い4人の側近がいた
アンチマキャベリズム
君主論、君主の自由を制限
ホップズ 万人に対する闘争 社会契約論
政府の必要性、
嘘をつかない、戦争をしない
戦争は、防衛する際には必要あり
嘘をつかない、嘘のつきどころはある
父、再び病床につく
父から認められる
国王に即位
王は国家第一のしもべ
即位後、啓蒙主義的な政策を実行する
4人の側近、能力不足と判断し重要な役職をあてなかった
王としてベストな動き方をとった
巨人部隊は解体したが、国の収入の7割が軍事費だったものをさらに増強した
理念国家を作った、近代的な国家運営
中国ではかなり昔にやっていた。春秋戦国時代の法家思想 オーストリア
カール6世
当時は領地の大きい大国だった
統治はそこまで強くなかった
ハプスブルク家、汝は結婚せよ
政略結婚で勢力を拡大した
マリア・テレジア
ウイーンで生まれた
母,北ドイツ
父 カール6世 32才
男系の子孫が絶えそうになる
フリードリヒと対象的に,非常に幸せに育った
頭も良かった
プラグマティックサンクション
マリア・テレジアにすべてを任せることを約束させる契約
婿として,英雄ロードリンゲン侯の孫
フランツ・シュテファン イケメンで明るい
恋愛的にもいい感じ,マリア・テレジアと相思相愛
将軍としての才能はなかったが,統治の才能はあった
4人目の子供が妊娠中(23才),カール6世が体調を崩し,亡くなった
父親の治世を引き継ぐ
誰もマリア・テレジアに期待していないが,ハプスブルク家最高の王になる
諸侯が揉める.即位した瞬間に危機的状況
フリードリヒ大王の軍隊が攻めてくる
プロイセンもチャンスと捉え,宣戦布告なしで侵攻した
シュレージエン戦争に突入
カール6世が倒れたとき,フリードリヒ大王はマラリアにかかっていた
冷静に,シュレージエンを侵攻することを決意する
自分の著書とは反するが,国家として適切な判断だった
名誉とのランデブー
4万の軍で侵攻する
シュレージエンを制圧してから,オーストリアに対して譲歩の交渉をした
マリア・テレジアの側近,6人の大臣は高齢で保守的だった
マリア・テレジア,シュレージエンを渡さないという鉄の意志を見せる
自分以外,全員シュレージエンを渡そうとする雰囲気だった
雰囲気に流されず,意志を通した
23歳,妊娠6ヶ月だった.
シュレージエン自体も宗教的自由を求めていた
フリードリヒ大王,逃げている間に海戦で負ける
それ以降逃げない.
プロイセンがオーストリアに戦争で勝ったことで,他の国から認められ始めた
神聖ローマ皇帝,ハプスブルク家からではなく,バイエルン家から選ばれた
マリア・テレジア,乗馬を練習する
周辺国から協力を得る
多くの国を味方につける
プロイセンとフランス以外,他の国は味方に
プロイセンが危機感を感じるようになる
第二次シュレージエン戦争へ
戦果を挙げた功績から,フリードリヒ大王の評価が上がる
プロイセンも国際的に認められる
7年戦争
世界的に行われた
ロシアが台頭してきた
ロシアは17世紀以降、影響力が大きくなってきた
ピョートル1世、ロシア建国の偉人
女性がクーデターで皇位につくことが多かった
ピョートル1世、皇位につくことに性別の制限を設けなかった
エリザベータ、ピョートル1世の娘、皇位につく
フリードリヒ、女性蔑視的発言がありエリザベータから敵意あり
アーヘンの和約、シュレージエン戦争後の和約があるが、対立は続いていた
マリア・テレジアから嫌われ、エリザベータからも嫌われたことで、プロイセン対ヨーロッパ全土の状況になった
フランスはルイ16世が政治に興味を持っていなかったため、コンパドール婦人が政治を行う
口は災いのもと。
フリードリヒ、政治が嫌いだったのでは?
ある程度危機と課題が解決したら、メンタルリソースが割かれていない
オールドタイプのおっさんっぽい悪口
攻めてくる各国、いずれもプロイセンより国力がある
イギリスとは同盟を結ぶ
イギリスは、アメリカ大陸でフランスと戦っている
フリードリヒ、先手で奇襲をした
オーストリア軍が強くなっていた。
プラハの開戦、プロイセン軍、1万失うがぎりぎり勝利する
オーストリア、ダウン元帥が優秀
コリンの開戦
プロイセン軍が大敗、1万
フリードリヒ大王の母親が死ぬ
精神的にも追い込まれる
最初の作戦が失敗
四面楚歌、ベルリンが陥落
詩を多く書いている
ロスバッハの開戦
プロイセン軍が勝つ
行軍中の敵を襲撃 ザイドリッツ将軍が優秀
それ以降、連勝する
ロイテンの開戦
斜行戦法、局地的に優位に立つ
砲兵も活躍する
優秀な将校が育っている
軍人王の優秀さを理解した
各個個別撃破をしていく
ホッホキルヒの開戦
敗戦が続いていた。
姉ヴィルヘルミーネも亡くなる
このときの冬、文学にのめり込む
壊滅的な敗戦
自殺寸前だったが、ぎりぎり持ち直す
オーストリア,ロシアがプロイセンを滅亡させることにメリットがない
ロシアのピョートル3世、フリードリヒ大王のファンで,プロイセンに有利な講和条約を結ぶ
7年戦争後,領土1.6倍,支出なども増加した
啓蒙君主として,ある種独裁的な統治を行っていた
飛び地の支配などもあり,法整備を行った
神聖ローマ帝国からの独立も行っていった
近代国家の礎を作った
(その後,遅れていたフランスでフランス革命が起こり,その影響でマルクス,エンゲルスの概念が出てきた)
裁判
冤罪を起こさないようにした
最終的には王がなんとかできる
水車粉屋アルノルト 裁判に介入し,理性的な判決を下す
甥の次男(ハインリヒ)に君主としての教育を行った
19歳で天然痘で亡くなってしまう
結局ポンコツな兄が王になる
ポーランド分割
プロイセン,ロシア,オーストリアで分割
マリア・テレジアが先に亡くなる
ジャガイモの栽培を進める
晩年,犬と暮らす
死後,犬と一緒の墓地に入ることを望み,東西ドイツ統合後にその願いが叶う
フリードリヒ大王は何だったのか
多民族、他宗教の国だったため、啓蒙君主として統治した 軍備を増強せざるを得なかった
宗教的に寛容だった 魔女狩りなども少なかった
単一の法律があった
7年戦争、イギリスがメリットを得ていた
マリア・テレジアの娘がマリー・アントワネット
フランス革命前、のちのドイツの前
ドイツナショナリズムから世界大戦の流れ
宿命と本質
フリードリヒ大王、本質と宿命のねじれ
神によるべきところがない
合理的な考え方を突き詰めていた
理性が拠り所だったのかも
理性に対する囚われがある?一種の信仰
国という枠組みを保つために、自分の身を犠牲にしている人も多いのでは
逃れられない人同士の軋轢
どう対応すればいいか
詩を詠むしかない?
軍人的な視点、観点の豊富さ 両方併せ持つ
父親の軍人王的な視点