スピノル代数
(2019/7/10 公開)
グラスマン父のアイデア
グラスマン父のアイデアは現代風に書くと
点を平行移動すると線になる,というのは点にスカラーにベクトルをかけるとベクトルになることに対応する。(下図 I )
ベクトルの大きさは移動の長さ。
線を平行移動させると面になるというのは,ベクトルにさらにベクトルをかけることに対応し,結果は2ベクトル(bivector)になる。(下図 II )
2ベクトルの大きさは面積。
さらに面を平行移動させると,立体になる。これは2ベクトルにベクトルをかけると3ベクトル(trivector)になることに対応。(下図 III )
3ベクトルの大きさは体積。
3次元では3ベクトルで終わりだが,4次元以上ではもっと存在する。
世間でつかわれるベクトル解析では,ベクトルとベクトルの積はベクトルになるが,これは3次元でしかなりたたない。
グラスマン息子はこのアイデアに基づき,ベクトルをあらわす数学概念としてグラスマン数をあみだした。 これは4次元以上でも使える。
$ \ https://gyazo.com/88927657ea1829478822da5f37447cbf
回転版外積代数
ということは,外積代数でのベクトルは平行移動を代数的にあらわした数学概念だと考えられる。
ところで,世の中には平行移動の他に回転移動というものもある。グラスマン父のアイデアを回転移動に適用したらどうなるであろうか?
平行移動をあらわすベクトルと同様に,回転をあらわす数学概念をスピノルと呼ぼう。
ベクトルは平行移動の距離と方向をあらわす→ スピノルは回転の角度と方向をあらわす。(下図 I )
ベクトルと同じように,スピノルの各成分の比が方向を決め,絶対値(各成分の自乗和の平方)が角度になる。
ベクトルにベクトルをかけると2ベクトルになり,向きつきの面積をあらわす→ スピノルにスピノルをかけると2スピノルになり,向きつきの立体角をあらわす。(下図 I I )
3次元では2スピノルで終わりだが,4次元以上ではもっと存在する。
ベクトルが線分の長さだけでは なく,運動量などもあらわすように,スピノルは回転角だけでなく,角運動量などの回転の関係した物理量もあらわす。
https://gyazo.com/338ee19214f7a515143337777ac91e55
前述の History of Vector Analysis によると,19世紀終盤から 20世紀はじめにかけて,物理量をあらわすのに Hamilton の四元数と Gibbs/Heaviside のベクトル解析(われわれが普通に使うベクトル解析)のどちらが優れているかという論争があった。
実は四元数は回転を,ベクトル解析は平行移動をあらわすのに適しているのではなかろうか?
ベクトル解析より四元数がすぐれているのは,回転が簡単にあつかえる点。
四元数に対する批判に,ベクトル部分(虚数部分)の自乗がマイナスになるというのがあったが,回転をあらわすと考えるとそっちが自然。たとえば 2 次元ベクトルを複素数であらわすと,$ i^2 = -1 というのは 90 度回転を二回繰り返すと 180 度になることに対応する。
ということは,回転版外積代数は四元数的なものであらわされることが期待される。
連続回転は掛け算? 足し算?
普通,連続する回転は行列の掛け算などで表現される。
しかし,同一平面内の回転は単純に角度を足し算できる。
たとえば角運動量の足し算などは普通の可換な足し算でよいが,それとは別に,連続する回転をあらわす足し算的な演算はないだろうか?
そもそも,掛け算は一般に,掛ける二つの数とその結果の3つのうち,少なくとも二つは別種のものである。
単価(金額) × 個数 = 支払い(金額),電流 × 電圧 = 電力,長さ × 長さ = 面積,など。
上でみたようなスピノルの外積代数を考えると,スピノルどうしの掛け算は2スピノルになる方が自然。たて(長さ) × よこ(長さ) = 面積,に対応する。
それに対して,連続する平行移動をベクトルの足し算であらわすように,連続する回転の結果がひとつの回転になるような演算があるといい。
でも,3次元以上の回転は非可換なので,これを足し算であらわすと非可換足し算を導入する必要あり。
いや,「掛け算か足し算か」という問いはあまり意味がなくて,その演算の分配法則とか結合法則とかがちゃんとしてれば,なんて呼んでもよかろう。(でも,筆者は環とか群とかはよく知らないから,ひょっとしたら間違ってるかも。)
非可換加法
ということで,回転に対する足し算的なものを作ってみよう。
この演算は二つのスピノルの間で定義されるが,まず,スピノルをどう表現するか考える。
回転は回転面とその面内で回転する角度をあたえれば決まる。
3次元の場合は面を決めればそれに垂直な方向はひとつなので,回転面を決めることと,回転軸を決めることは同じであるが,4次元以上だと面を決めなければならない。
3次元の場合を考えよう。いま,$ xy ,$ yz ,$ zx の各面内での単位角度の回転を単位基底スピノルと考え,$ \breve\sigma_{xy} ,$ \breve\sigma_{yz} ,$ \breve\sigma_{zx} と書く。短音記号($ \breve \ )はスピノルをあらわす。
この単位スピノルは$ \breve\sigma_{xy}\breve\sigma_{yz}=-i\breve\sigma_{zx} など,パウリ行列と同じ交換関係をみたす。
一般の回転$ \breve\theta はこの単位スピノルの以下のように実数係数の線型結合であらわす。
$ \breve \theta = \theta_{xy}\breve\sigma_{xy}+\theta_{yz}\breve\sigma_{yz}+\theta_{zx}\breve\sigma_{zx}
ただしここでの足し算「$ + 」は普通の加法で,つづけて回転するという意味はない。たとえば$ (\breve \sigma_{xy}+\breve \sigma_{yz}) は$ xy 面と$ yz 面の双方と45度の角度で交わる面内での,角度$ \sqrt{2}\pi の回転をあらわす。$ xy 面で回転したあとに$ yz 面で回転するのではない。
$ \breve\sigma_{xy} ,$ \breve\sigma_{yz} ,$ \breve\sigma_{zx} を各成分として決まる平面が回転面を決める。
絶対値 $ \phi = \sqrt{\theta_{xy}^2+\theta_{yz}^2+\theta_{zx}^2} が回転角をあらわす(スピンだから1/2 の係数がつく?)。一般には角度ではなく,たとえば角運動量などでも,これが大きさになる。
単位スピノルの演算は普通のパウリ行列と同じだと思うと,回転の指数表現は
$ \exp(\breve \theta) = 1 + \breve \theta + \frac{1}{2} \breve \theta^2 + \cdots
$ \ で表される。
これの逆演算を$ \log と書く。
$ \log(\exp(\breve\theta))=\breve \theta
これらを使って回転の加法「$ \breve + 」及び減法「$ \breve - 」を以下のように定義すると,回転の非可換性を備えた加減法になる。
$ \breve \theta_1 \breve \pm \breve \theta_2 \equiv \log(\exp(\breve \theta_1)\exp(\pm\breve \theta_2))
中嶋さんの指摘により,これはリー代数 spin(3) であるとのこと。リー代数とかはよく知らないが,1スピノルが回転群と同型(用語の使い方あってる?)であるのは自明であろう。2スピノルがどうなるかが興味あるところ。(7/10 午後追記)