グラスマン数を使わない経路積分: Introduction
量子論の教科書では,グラスマン数を使ってフェルミオンの経路積分を定義している。しかし,これに納得しない人も多いのではなかろうか? 本稿の著者はプラズマ物理が専門で経路積分については素人だが,勉強してみて以下の疑問をもった。
グラスマン数というのがよくわからない。
ふたつのグラスマン数をかけると,$ c数になるのか,それともグラスマン偶の別の数学的実体になるのか? 理屈からいうと別のものになりそうだが,気にせずに$ c数としてあつかってる場合もみかける。
グラスマン数は値をもたないといわれるが,グラスマン数関数の空間微分などをするときに収束条件とかはどうなるの?
値をもたないグラスマン数が演算子の固有値となるなら,その演算子から構成したハミルトニアンは$ c数であるエネルギーとしての固有値をもつのか?
経路積分ではグラスマン数による微分とか積分をあらたに「定義」するけど,その定義って必然性がない気がする。
グラスマン数による経路積分について,納得のいく説明がみつからない。
ほとんどすべての解説で,リファレンスは Berezin (1) の教科書のみで,それ以前も以降もグラスマン数による積分の論文はみかけない。ちなみにこの本は著者名が Berazin になっているバージョンもあるみたい。 何人かの量子論に詳しいひとに尋ねてみたが,明快な説明は得られなかった。多くの物理学者は「なんだか気持ち悪けど,うまく計算できるからいいことにしよう」と思ってるのではなかろうか?
たとえば Wen はその著書の中でフェルミオンの経路積分について「Unlike the path integral for bosons, the physical meaning of the fermion path integral is unclear」「...the reader may ask, what do you mean by "use Grassmann numbers to represent the fermion operators?" Well, I have to say I do not know」などと書いている。 フェルミオンの経路積分にグラスマン数をつかうべし,と言い出したのは Candlin (2) あたりらしい。
その動機は,フェルミオンの生成・消滅演算子が正則ではなく,べきゼロ(自乗するとゼロになる)であるため,経路積分につかう変数もべきゼロ性が必要になるということだと思う。
しかし,生成・消滅演算子そのものではなく,その線型結合でつくった正則な演算子を使えば,普通の$ c 数で経路積分ができるのではないか?
ボゾン的経路積分の場合は,ハミルトニアンの固有状態は無限個あるので,経路積分は連続変数による積分になるが,フェルミオンの場合は状態数は2であるので,積分ではなく,ふたつの固有値に関する和になる。
実は同じような計算は経路積分の黎明期に Tobocman (3) によってやられていいたみたい(Candlin (2) によると,この論文がハミルトン形式の経路積分の元祖らしい)。
生成・消滅演算子は,正則ではないので,そのままでは使えない。そこで,生成・消滅演算子の線型結合で線形独立な正則演算子を使う。
これで,普通の演算子を使った時間発展と同じ結果が得られるが,ちょっと見にはファインマンのオリジナルの経路積分と全く違った形になる。
なので,Candlin → Berezin とグラスマン数を使って形式的には同じ形になる路線が定着したのではなかろうか?
しかし,それぞれの演算子の固有値をつかって計算してみると,ボゾンの経路積分と結構パラレルな形になる。
(1) Berezin, The Method of Second Quantization, Academic Press, (1966).